獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
42 / 186
第四章 仲直りの代償

変わらない人

しおりを挟む
 あれから五日が経ち、コハクは明日退院の日を迎えようとしていた。

 私が病室を訪ねると、彼はいつもベッドに腰かけて窓から外を眺めている。
 何か物思いにふけるようにある一点を見つめたまま微動だにしないかと思うと、ため息をこぼして足をブラブラさせたりしていた。
 どこかもの寂しそうなその背中に、私はなるべく明るく声をかける。

「コハク、こんにちは」
「桜、今日も来てくれたんだ! 嬉しいな」

 私を見るなりコハクは花が咲いたようにぱーっと満面の笑みを浮かべた。その笑顔にすごく癒やされる。

「うん、コハクが入院しているのは私のせいだからね……」

 しかし私の言葉を聞いて、コハクは一気に寂しそうな表情へ早変わり。

「僕の所に来てくれるのは、責任から?」

 言葉選びを間違えたと思い私が急いで訂正すると、コハクは少し不機嫌そうにジト目で私の方を見ながら尋ねてきた。

「じゃあどうして?」
「それは……」

 馬鹿正直にコハクに会いたいから……なんて、今の状態で言えるはずがない。
 私が言いよどんでいたら、コハクは俯いて自分の手を見つめながら静かに呟いた。

「ねぇ、桜。何があったのか、教えてくれないかな? どうして僕が入院してるのか、何故君と偽物の恋人を演じてたのか。君に関わることだけすっぽり記憶が抜けちゃってて全然分からないんだ」
「コハクが知りたいなら……少し長くなるけど、いい?」
「うん、教えて」

 それから私はコハクと偽の恋人になった経緯と理由、私が無茶をして屋上から飛び降りたのを助けるために大怪我して入院している事を話した。
 途中気持ちが通じあって本物の恋人になった事は言っていない。

「そうだったんだ……聞いても全然実感ないけど、君が言うなら本当の事なんだろうね」

 そう言って、コハクは哀しそうに笑った。

「私の問題はコハクのおかげで解決したから、今度は私が貴方の力になりたい。だから責任だけでここに来ているわけじゃない。出来る事なら何でも協力したいっていう私の意志で、今ここに居るんだよ」

 彼の不安を取り除きたくて、私が今伝える事が出来る精一杯の理由を述べた。すると、コハクの表情が少しだけ和らいだ。

「じゃあさ、僕が退院したらどこか遊びに付き合ってくれない?」
「いいけど……まだあまり無理しない方がよくないかな? 体力も筋力も衰えてるだろうし」
「それなら心配ご無用」

 そう言ってコハクはこちらへ近付き、「ごめんね?」とイタズラな笑みを浮かべて私を横向きに抱き上げた。

「え、ちょっと、コハク?!」
「湿っぽい話はこれでおしまい。散歩に付き合って」

 突然の事にあたふたしている私にそう言って、コハクは普通に歩き始めてしまった。
 廊下を出て数人の患者さんや看護士さんとすれ違うと、皆驚いたようにこっちを見ている。

 入院中の患者にお姫様抱っこされて院内を歩くなんて……。

「自分で歩けるから降ろして」
「嫌だ、僕をおじいちゃん扱いした罰だよ」

 じたばたしながら必死に抗議しても、コハクはプイッと顔を横に向けて聞く気がないようだ。
 こういう時、コハクは決して折れてくれない。結局、彼が満足するまで為す術がないのが現状だ。しかしそれでもこの状況は耐えられない。

「恥ずかしいから止めて! 皆見てるよ……」

 と羞恥心に耐えきれず抗議するも

「僕達、恋人なんだからいいでしょ?」

 そう言って無邪気な笑顔を浮かべられたら、私はコハクに逆らえない。

「うー……」

 惚れた弱味とはこの事だろうか。心臓が早鐘のように鳴ってうるさく感じた。

「桜の頬、林檎みたいに真っ赤だよ?」
「誰のせいだと思ってるの!」
「僕のせいだったら嬉しいな」

 コハクの言葉に驚き、私は思わず彼の顔をじっと見つめる。
 一緒に遊園地に行った時のように、ニコニコと悪びれもなくコハクは笑っていた。

「僕の顔に何かついてる?」
「ううん、何でもない」

 記憶を失ってもコハクは前と変わらない。その事が何だか少しだけ嬉しかった。


 その後、彼に連れられやって来たのは緑豊かな病院の中庭だった。
 きちんと整備されて植えられた落葉樹が生い茂り、歩道は煉瓦通りになっていて、所々にお洒落なベンチがある。
 残暑厳しい季節だけど、日差しを木々が遮り煉瓦道にはキラキラと木漏れ日が差し込む程度で、そこまで暑さを感じさせない。
 程よい風に揺られてざわめく木々の音が、ここが病院だという事を忘れさせてくれる癒し空間だ。

「のどかだね、まるで公園の中にいるみたい」
「そうだね、確か中央には噴水もあるんだよ。行ってみよう」

 そう言ってコハクは手を差し出してきて、私は驚きから思わず彼の手と顔を交互に見た。

「どうしたの? 行こう」
「うん」

 恐る恐る自分の手を彼のそれに重ねると、コハクはギュッと握り返してくれた。
 少しゴツゴツして硬い大きなコハクの手。懐かしい手の感触に私は幸福感で満たされていた。

 たとえ記憶が戻らなくても、こうやって少しずつ距離を縮めていけたら、いつかはこの恋も実る日が来るかもしれない。
 今は偽の恋人だけど、いつかは本当の恋人になれるように頑張ろう。
 これからは、少し積極的に行ってみようかな。彼の横顔を見ながら、私は決意を新たにした。

「桜、何だか嬉しそうだね」
「うん、コハクが傍に居てくれるから私は嬉しいんだ」
「どうしたの急に?」

 目を丸くして尋ねるコハクに「そのままの意味だよ」と私は笑って答えた。

「変な桜」

 今はまだ、私の気持ちの本位は伝わらなくてもいい。
 でもいつか、私の言葉で貴方を満開の笑顔に変えて見せるよ。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...