獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
44 / 186
第五章 運命の再会

嫉妬 ★

しおりを挟む
「桜、今の人誰?」

 背後からものすごく低くて冷たい声が聞こえてきた。
 恐る恐る振りかえると、眉間にシワを寄せてコハクが端正な顔を歪めている。

「あ、コハク……さっきの人、カナちゃんっていって私の幼馴染みなんだ。彼は小三の終わり頃引っ越して離れ離れだったんだけど、偶然今再会したの」

 今まで見たことない程、コハクは不機嫌そうなオーラを醸し出している。

「そうなんだ……じゃあ、行こうか」
「うん……」

 コハクは踵を返すと、公園から足早に出ていく。
 いつものように優しく手を差し出してくれる事はなく、私は彼の後を必死に追いかけ、後ろから付いていくので精一杯だった。
 だから、彼がどこに向かっているのか分からなかった。

 十五分程歩いて、コハクが立ち止まり入って行ったのは、見知らぬ高級マンション。
 エレベーターに乗り込み、彼は迷いなく最上階のボタンを押した。

「あの……何処へ向かってるの?」

 ビクビクしながら私が尋ねると「僕の家」と、コハクは一言短く言った。
 エレベーターから降り、重厚そうな扉の前で立ち止まり、彼は鍵を開けて家の中へと入って行く。

 玄関の前で立ち止まったままの私を見て「どうしたの? 入らないの?」とコハクは抑揚のない声で問いかけてくる。

 どうやら不機嫌ではすまされない程、彼は怒っているようだ。

「あ、ごめん」

 これ以上怒らせてはいけないと、私は慌てて中へ入る。
 廊下を抜け、一番奥の部屋へ案内された。

 広々したその部屋は白を基調として、所々にモカのアクセントがあり、ほんわりと温かな印象を受ける。
 そんなに物がなくシンプルだけど、一つ一つ置かれている家具がお洒落で部屋の主のセンスの良さがうかがえる。

 初めて来たコハクの部屋に、以前の私ならドキドキと幸福感で満たされていたに違いない。
 でも今は、彼を怒らせてしまった悪い意味のドキドキと不安で押し潰されそうだった。

 俯いたままふかふかのクッションに腰を下ろし、ただ彼が来るのを待っていた。
 少しして、コハクはアイスコーヒーと美味しそうなクッキーを携え戻ってきた。
 彼はそれをガラスのテーブルに並べ、私の横に座る。

「いつまで俯いてるの? 課題、早くやろうよ」
「あ、うん、ごめんなさい」

 コハクの言葉に、私は慌てて鞄から課題のプリントを取り出した。

「とりあえず、解いてみて」
「うん」
「待って、そこ間違ってる。そこはこっちの公式に当てはめるんだ」
「なるほど……」
「違う、計算間違ってるよ」
「はい……」
「また間違ってる」
「ごめん」

 昨日の電話とは打って変わって、全然内容が頭に入ってこない。
 指摘される度にコハクの事が気になってビクビクしてしまい、単純な計算ミスを連発した。

 申し訳無さと焦りから、頭が真っ白になり何の公式を使えばいいのか分からなくなる。
 そしてまた計算ミスをしてしまい、どんどん負のスパイラルに陥っていく。

 時折聞こえてくる彼のため息が、私の心に重くのしかかる。
 このまま嫌われてしまったらどうしようという不安で、胸が一杯になった。

「ねぇ、桜。さっき……とても楽しそうだったね?」

 その時、コハクが低い声で呟くように尋ねてきた。

「え……あ、うん。久しぶりだったから嬉しくて」

 彼の言葉に、私の身体は驚きで一瞬大きくビクリと震える。

「じゃあ、何で今はそんなに怯えてるの?」

 怒気が色濃く見えるコハクの眼差しが、私に針のように鋭く突き刺さる。

「ごめんなさい、ミスしてばかりでコハクに申し訳なくて」

 彼の怒りを静めようと、私はコハクの目を見て謝ったものの、感じた事のない恐怖心から耐えきれずに視線を逸らしてしまった。

「彼とはとても楽しそうだったのに、僕の前ではとても苦しそうだね」

 そう言って、コハクは端正な顔を歪めて自嘲気味に笑った。

「そんな事ない。コハクと一緒に居れて私は楽しいよ」

 今度は視線を逸らさずに、必死に否定するが、

「……そうやって平気で嘘つくんだ?」

 そう問いかけてくるコハクの瞳には私が映っているようで、映っていない。

「嘘じゃないよ」

 そう言いつつも、どこか虚ろな瞳をしている彼から、私は無意識のうちに距離をとっていた。

「じゃあ何で逃げるの?」
「それは……今のコハクがおかしいから……」

 ジリジリと座ったまま後ろへ下がると、背中が程よく弾力のある布地にぶつかる。

「生憎、僕には君の記憶がないから、昔どういう風に接していたかなんて分からないんだ」

 コハクはそう言って虚ろな瞳のまま、私の方へ近付いてくる。
 底知れぬ恐怖がわき上がり、それ以上後ろには下がれないと頭では分かっているのに、身体が逃げるために下がろうともがくせいで押し付けられた背中が痛い。

「それでも、今のコハクはコハクじゃない」
「昔の僕はもう居ないんだよ。分からないなら、教えてあげようか?」

 逃げ場を失った私は彼の心に必死に訴えかけるけど、虚ろな瞳のコハクに私の言葉は届かなかった。
 立って逃げようとした私を、コハクは無理矢理ベッドに押し倒した。
 病み上がりだから身体を大事にしてと言って、私を労ってくれた優しい彼はもうどこにも居ない。

 コハクは私の両手を屈辱的な形で己の左手で上に固定すると、貪るように何度も深く唇を重ねてきた。
 振りほどこうとしても彼の強靭な手枷はピクリともせず、大好きな人からされるその行為が、こんなに悲しいと感じたのは初めてだった。

 コハクが私の事を愛してくれているのならば、全然そんな事は思わなかっただろう。
 しかし、こんな形で彼と初めて結ばれようとしている現実が苦しくて、悔しくて仕方がなかった。
 頬をつたう涙が止まること無く流れ続けてゆく。
 それでもコハクの動きは止まらない。

 空いた右手でシャツを上まで捲り上げ、下着の上から私の胸を揉みしだく。
 次第に彼の手はゆっくり下りていき、私の太股をなぞるように撫でた後、スカートの中へと侵入してきた。

 しかし、私は足を固く閉じてそれ以上の彼の手の侵入を拒んだ。
 一旦唇を離した彼は、私の顔を見て悲しそうに眉間にシワを寄せ瞳を揺らす。

 その時コハクは油断したのか、私の両手を押さえつける左手の力が弱くなっていた。

 それを私は見逃さなかった。
 渾身の力でその手を振りほどき、私は自由になった右手でおもいっきりコハクの頬を叩いた。

「どうして……どうしてこんな事するの?」
「桜……」

 コハクは驚いたように目を丸くして私を見ている。

「コハクの事、大好きだったのに……無理矢理こんな事しなくても、私は貴方の事、愛してたのに……コハクの馬鹿!」

 私は彼を思いっきり突き飛ばしてベッドから脱出した。
 そして机にひろげたままの課題のプリントを無理矢理鞄に押し込み、逃げるように部屋を去った。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...