獣耳男子と恋人契約

花宵

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第六章 波乱の幕開け

偉人の顔に落書きはしません

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 いくら待てども数学の先生が来ない。慌てて教科係が職員室へ確認に行くと、どうやら先生は急用で出かけたらしく自習用のプリントが用意されていたようだ。
 苦手な数学のプリントが机の上を支配し、私は頭を悩ませる。
 その時ツンツンと後ろからペンで背中をつつかれた。

「一緒にせぇへん? 桜こういう系、ダメやろ?」

 振り返ると後ろの席には、「どうや?」と慈悲深い笑みを浮かべた天使様が座っていらっしゃった。

 ありがたい天使様の申し出だが、むやみに最初から人を頼るのはよくない。
 泣く泣くその申し出を断り、分からない所を教えて欲しいと言って私はまたプリントに向かい合った。

 最初の方の計算問題は、この前課題を見てもらった時に、美香にコツを習って以外とサクサク解けた。
 しかし、問題はつらつらと長文で書かれた厄介な応用問題だ。
 一度全文読んでみるが、全く頭に入ってこない。

 これは本当に日本語なのか?
 もう一度読んでみるが……これは本当に現代の言葉なのか?

 聞き慣れない言葉が多すぎて、もはや思考回路はショート寸前。
 気が付くと、無駄に句読点の丸を全部黒く塗りつぶし、円のような文字の四角の部分にまで同じ様に手をつけており、問題文が非常に読みにくくなっていた。

 その時、後ろから「クッ、ククク」と必死に笑いを噛み殺すような声が聞こえてきた。
 声の主の方へ振り返ったら、「あかん、お前……それあかんわ……ッ」と腹を抱えて天使様が必死に笑いを堪えていらっしゃった。

「桜、お前ほんと変わってへんなぁ……ククッ」

 恥ずかしくなってその部分を隠すも、ばれてしまっている以上無意味だった。

 よく小学生が教科書の偉人に落書きしたりするが、私はそんな事は決してしない。
 ただ、どうしても問題が分からない時、ついつい手が無意識のうちに穴と言う穴を片っ端から塗りつぶしてしまう癖があった。
 そして気が付くと出来上がっている怪文書。
 その癖は昔から変わらず、よくカナちゃんにそれを見られては爆笑されていた。

 笑いすぎて生理的に出てきた涙を拭いながらカナちゃんは声をかけてくる。

「桜、そこ分からへんのやろ? 俺が教えたるわ」
「……うん、ありがとう」

 私がいそいそと彼の机にプリントを置いたら、「……ププ、あかん。問題読めへん……ッ」とカナちゃんは私のプリントを見てまた笑いだした。

 怪文書を普通の問題文に戻すべく、私は急いで消ゴムで綺麗に消した。
 微妙に跡が残っている気もするが、そこは気にしてはいけない。
 その後、やっと笑いの収まったカナちゃんに無事問題を教えてもらう事が出来た。

「ここはまず最初に、問題を絵に描いてみるんや……」

 カナちゃんの言う通り問題文が示す複数の点をグラフに描いて、それを直線で結んだ。
 そこに指定された円をフリーハンドで頑張って綺麗に描いて求める面積がどの部分かはっきりさせた。

「それでまず円の面積を求めてやな……次に余分なこことそこの部分の面積を求める」

 私の描いた絵をシャーペンで指しながら、彼は丁寧に教えてくれた。
 それに忠実に従い、一つずつ必用な部分の面積を公式を駆使して求める。

「後は円からさっき求めた面積引いたら、答えの完成やで」

 計算式を書いて、間違わないように気を付けて引き算をすると、見事に問題が解けた。
 答えの記入欄へ自信たっぷりに導きだした数字をでかでかと書く。

「カナちゃん、出来たよ!」

 難解な問題が解けた私は、嬉しくて顔をパッと机から上げてカナちゃんに報告した。

「よしよし頑張ったな、正解やで」

 すると、ニッコリと柔らかな笑みを浮かべたカナちゃんは、偉い偉いと私の頭を撫でてくれた。
 昔からよくこうやって分からない問題教えてもらってたんだよな。
 褒められて、おだてられて、気を良くした私は嫌いな勉強も楽しくできた。
 勉強への苦手意識を和らげてくれたカナちゃんが転校した後、私の成績は悲惨なものだった。

「どないしたん? ひとり百面相して」
「いや改めて思ったけど、カナちゃん勉強教えるの上手いよね」
「そりゃーな。気を抜けば赤点もらって怒られてるどっかの誰かさん見てたら、可哀そうになってな」
「同情でかい!」
「おばさんの雷、落ちたらかなりひどいやん? 声響いてきてテレビもよう聞こえんくなるし、楽しみにしとったアニメのクライマックスが台無しになって俺も悲しなってな」
「ほんとすいませんでした」
「泣くしかないやろって感動シーンで、逆にめちゃめちゃ笑かしてもろうたわ。次の日、クラスの連中が感動したねーって話とる時、俺一人だけ笑いこらえんの大変やったんやで?」
「重ね重ね、ほんとすみませんでした」
「まぁ、録画しとったし。後でちゃんと見直して普通の感動も味わえたから、それはそれでええんやけど」
「なんか謝って損した!」
「いや、損って事はあらへんやろ」
「他の人が味わえなかったおいしい思いして、逆に得したんだよカナちゃんは」
「せやったんか! あん時は怒られてくれてありがとう?」
「どういたしまして?」

 喋りながら笑い出したカナちゃんにつられ、思わず私も笑ってしまった。笑いが伝染して堪えられなくなって、腹筋が崩壊しそうになった。

「不思議やな。またこうして、馬鹿できる日が来るとは思わんかったわ」
「そうだね。なんかすごく懐かしい」

 少しだけ感慨にふけった後、「ほな、次の問題いこか」というカナちゃんに、「お願いします。先生」と私は頭を下げた。
 その後も分からない問題を教えてもらい、なんとか五限目の授業が終了するまでにプリントを終えることが出来た。
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