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第十三章 激化する呪い
今すべき事は、防寒対策
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「そんな乱暴にこすったらあかんで。瞳に傷がつく」
袖口でゴシゴシと濡れた顔を拭っていると、カナちゃんにその手を掴まれた。
「でもそれだけ涙でてたらゴミとれてそうやな。まだ違和感あるか?」
私の顔を心配そうにカナちゃんが覗き込んで尋ねてきた。じっと瞳を見つめられ、心臓が大きくトクンと跳ねる。
「ううん、もう大丈夫! 涙もじきに止まるから!」
「ほんならええけど……」
カナちゃんは言いかけた言葉を飲み込むと、少し眉間に皺を寄せてそっと両手をこちらへ伸ばしてくる。その手は徐々に上へ移動し、私の顔付近の高さまできて優しく頬を包み込んだ。
「冷たっ! 桜、お前このままやとあかんわ。これで涙ふいて風があたらん隅っこに居んなさい」
急にお母さんみたいな口調になったカナちゃんは、慌ててポケットからハンカチを取り出してそれを私に握らせると、隅へと誘導した。
涙が冷気にさらされ冷たくなった頬には、人肌で暖められたハンカチがとても心地よい。
最近の男の子は皆ハンカチ常備してるんだ。コハクとカナちゃんが持ってるのは何となく想像つくけど、シロが持ってたのが一番意外だったよな。
私だって鞄にならハンドタオルくらい持ってるし、と何故か変な対抗意識が芽生えてきて、自然と涙が止まった。
その間カナちゃんは、私が中に冷凍食品を詰めた発泡スチロールで踏み台を作っている。
余計な事を考えるのは止めよう。部屋の温度もかなり下がって吐く息が白くなってきた。
今はどうやって寒さをしのいでここから出るかを最優先に考えないと、本当に命にかかわる問題だ。
「カナちゃん、私も手伝う。一人じゃ貼りにくいだろうから、真ん中でダンボール押さえてるよ」
「大丈夫か? 桜の身長やと四つくらい重ねんと届かへんで?」
とりあえず二段重ねの発泡スチロールを軽く踏んでみて潰れない事を確認し、頷いてオッケーのサインを出す。
一旦そこから下りてさらに二つ重ねて、カナちゃんに踏み台を支えてもらいながら何とか上る。
中々の高さがあり、油断するとバランスを崩して落下しそうだ。
それに冷気に近くなった分、冷凍庫に頭だけつっこんだみたいに寒い。
カナちゃんに蓋として作ったダンボールを取ってもらい天井を塞ぐと、じかに冷風が来ない分かなりマシになった。
「こんな感じでいい?」
「あ……えっと、も、もうちょい右にずらせる?」
「こう?」
「あ、ああ。ええ感じやで……」
やけに挙動不審なカナちゃんの反応に「どうかした?」と尋ねながら下を向くと、彼は焦ったように顔を赤くして視線を泳がせている。
「いや、その……顔を上げると見たらあかんもんが視界に入って……すまん」
そう言ってカナちゃんは慌ててその場から移動すると、ダンボールの四方を固定し始めた。
その反応でこの高さで立ち上がると、下からスカートの中が丸見えだったんだと気づく。
胸の奥底から羞恥心が湧きあがるも手を離すわけにはいかず、下手に動けばバランスを崩して倒れる可能性がある以上、どうすることも出来ない。
ここで変に意識して気まずい空気が流れるのを避けたかった私は、あえて茶化してみた。
「昔は一緒にお風呂入ってたんだし、カナちゃん見慣れてるでしょ?」
「あ、あの頃と今じゃ全然……ていうか昔から俺はなるべく桜の方見らんようにしとったのに……逆にお前が俺の服脱がせてくるから焦ったわ」
「そ、そうだっけ?」
「ほんま無邪気な顔して『早く入ろうよ』って容赦なかったよ、お前」
手では作業を進めながら、そう言ってカナちゃんが軽くため息をつく。
昔は学校でも道場でも、着替えは男女一緒だったからそれが当たり前だと思っていた。
加えてカナちゃんは見た目完璧に女の子だったから、尚更そういう風に意識したことがなかった。
「ごめん、別に悪気があったわけじゃないんだよ」
「知ってる。せやから尚更たち悪いんや、無防備すぎて。何故かお前、昔からそういうの疎かったからな。かわええ顔した小悪魔みたいやったわ」
「時々思うんだけど──カナちゃんって私の事、美化しすぎてない? 私、昔はどちらかと言えば男っぽかったと思うんだけど」
女の子らしさの欠片もなかったのに、なぜ女の子として意識されていたのか理由が分からない。
「まぁ、昔の桜はどちらかと言えばかっこよかったな。空手してる時とか、動く度にポニーテールがなびいて戦場に咲く花みたいに凛としたオーラがあった。でも口開くと普通にかわええ少しおつむが緩い女の子やったけどな」
「それは、私がバカだったと言いたいのかな? か・な・で君」
「よく俺の部屋に赤点のテスト隠しに来てたの誰やったかな? 泣きそうな顔して『こんなのばれたらお母さんに叱られる』言うて」
「あの時はどうもお世話になりました」
くっ、それを言われてしまったら私に反論の余地がない。
自分の部屋だとすぐにバレるから、ない頭を振り絞って考えた苦肉の策。それをこんな所で引き合いに出されるとは──やはり、カナちゃんに協力をあおいだのは間違いだったのかもしれない。
「ちなみにそれ、未だに俺の実家にあるけど今度返したろか? おばさんに」
「そ、それだけは止めて!」
何とも清々しい笑顔で恐ろしい事を言われ、慌てて否定する。そんな私を見て、カナちゃんがおかしそうに吹き出した。
「冗談やて、よし完了。桜もう手放してええで、冷たかったやろ?」
冷気を受け止めるダンボールを押さえていたため、手が氷のように冷たい。
かじかんだ手は感覚があまりない。ハァと息を吹き掛けて暖めながら、余計な心配をかけたくなくて「大丈夫だよ」と返しておいた。
「そこから飛び降りるのは危ないな。ちょい待っとき」
カナちゃんは自分が使っていた踏み台を移動させて、階段を作ってくれてやっとあの高さから解放された。
冷風が来なくなった分、寒さはかなり和らぎしばらくはこのままでも耐えれそうだが、ダンボールの蓋がどこまで持つか分からない。
完璧に冷気が遮断されているわけではないため、部屋の温度は少しずつさがっていくだろう。
とりあえず余ったダンボールや発泡スチロールを積み重ね、床と屋根には広げたダンボールを使って小さな隠れ家を作った。
部屋の角を利用しているため背面と側面の一つは壁。高さ約一メートルのそれは座らないと中には入れないが、気持ち的に外よりも暖かく感じる。
二人で座っても少し余裕がある広さだ。
後どれくらいここに居なければならないのか検討がつかない。
一番気付いてくれる可能性が高いのはシロだけど、あの不良を相手にしていて安否が分からない。
念じたらシロの元に私の思念が届くはずだから、動ける状態ならすぐに来てくれるはずだ。
考えたくはないが中々来れないのは苦戦しているか、追いかける事が出来ない状態に陥っているかのどちらかだろう。
『シロ……お願い、無事でいて』
祈るように思いを伝えるも、そんな都合よくシロが現れる事はなかった。
発信器のボタンを押したものの、GPSが観測出来ていなければウィルさんは気付いてくれないだろう。
家に帰ってこない私を心配した家族が探してくれる可能性もあるが、まずこんな所に居るなんてすぐに分かるわけがない。
人通りのないこの再開発地区のアーケード街では通行人に頼る事も出来ないだろう。
電波が立つところがないか、部屋中にスマホをかざして調べるも圏外の文字が消えることはない。
重厚な扉は道具なく壊すのは不可能で、薄そうな壁がないか叩いて確かめるが素手でどうにかなるものじゃなかった。
自力での脱出は無理だと悟った私達は、今持っているものでどれだけしのげるか確認することにした。
ダンボールの床に食料を並べていく。お菓子のラスク二袋、板チョコ一枚、飴玉六個、水筒とペットボトルに飲みかけのお茶がそれぞれ半分くらい。
これでどこまで耐えれるか分からないが、何もないよりはマシだろう。
後は教科書や筆箱など勉強に必要なものがあるくらいで、これといって使えそうなものはない。
体育があれば防寒着として使える体操服でも持ち帰っていたのだろうが、生憎今日は持ち合わせていなかった。
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「でもそれだけ涙でてたらゴミとれてそうやな。まだ違和感あるか?」
私の顔を心配そうにカナちゃんが覗き込んで尋ねてきた。じっと瞳を見つめられ、心臓が大きくトクンと跳ねる。
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「冷たっ! 桜、お前このままやとあかんわ。これで涙ふいて風があたらん隅っこに居んなさい」
急にお母さんみたいな口調になったカナちゃんは、慌ててポケットからハンカチを取り出してそれを私に握らせると、隅へと誘導した。
涙が冷気にさらされ冷たくなった頬には、人肌で暖められたハンカチがとても心地よい。
最近の男の子は皆ハンカチ常備してるんだ。コハクとカナちゃんが持ってるのは何となく想像つくけど、シロが持ってたのが一番意外だったよな。
私だって鞄にならハンドタオルくらい持ってるし、と何故か変な対抗意識が芽生えてきて、自然と涙が止まった。
その間カナちゃんは、私が中に冷凍食品を詰めた発泡スチロールで踏み台を作っている。
余計な事を考えるのは止めよう。部屋の温度もかなり下がって吐く息が白くなってきた。
今はどうやって寒さをしのいでここから出るかを最優先に考えないと、本当に命にかかわる問題だ。
「カナちゃん、私も手伝う。一人じゃ貼りにくいだろうから、真ん中でダンボール押さえてるよ」
「大丈夫か? 桜の身長やと四つくらい重ねんと届かへんで?」
とりあえず二段重ねの発泡スチロールを軽く踏んでみて潰れない事を確認し、頷いてオッケーのサインを出す。
一旦そこから下りてさらに二つ重ねて、カナちゃんに踏み台を支えてもらいながら何とか上る。
中々の高さがあり、油断するとバランスを崩して落下しそうだ。
それに冷気に近くなった分、冷凍庫に頭だけつっこんだみたいに寒い。
カナちゃんに蓋として作ったダンボールを取ってもらい天井を塞ぐと、じかに冷風が来ない分かなりマシになった。
「こんな感じでいい?」
「あ……えっと、も、もうちょい右にずらせる?」
「こう?」
「あ、ああ。ええ感じやで……」
やけに挙動不審なカナちゃんの反応に「どうかした?」と尋ねながら下を向くと、彼は焦ったように顔を赤くして視線を泳がせている。
「いや、その……顔を上げると見たらあかんもんが視界に入って……すまん」
そう言ってカナちゃんは慌ててその場から移動すると、ダンボールの四方を固定し始めた。
その反応でこの高さで立ち上がると、下からスカートの中が丸見えだったんだと気づく。
胸の奥底から羞恥心が湧きあがるも手を離すわけにはいかず、下手に動けばバランスを崩して倒れる可能性がある以上、どうすることも出来ない。
ここで変に意識して気まずい空気が流れるのを避けたかった私は、あえて茶化してみた。
「昔は一緒にお風呂入ってたんだし、カナちゃん見慣れてるでしょ?」
「あ、あの頃と今じゃ全然……ていうか昔から俺はなるべく桜の方見らんようにしとったのに……逆にお前が俺の服脱がせてくるから焦ったわ」
「そ、そうだっけ?」
「ほんま無邪気な顔して『早く入ろうよ』って容赦なかったよ、お前」
手では作業を進めながら、そう言ってカナちゃんが軽くため息をつく。
昔は学校でも道場でも、着替えは男女一緒だったからそれが当たり前だと思っていた。
加えてカナちゃんは見た目完璧に女の子だったから、尚更そういう風に意識したことがなかった。
「ごめん、別に悪気があったわけじゃないんだよ」
「知ってる。せやから尚更たち悪いんや、無防備すぎて。何故かお前、昔からそういうの疎かったからな。かわええ顔した小悪魔みたいやったわ」
「時々思うんだけど──カナちゃんって私の事、美化しすぎてない? 私、昔はどちらかと言えば男っぽかったと思うんだけど」
女の子らしさの欠片もなかったのに、なぜ女の子として意識されていたのか理由が分からない。
「まぁ、昔の桜はどちらかと言えばかっこよかったな。空手してる時とか、動く度にポニーテールがなびいて戦場に咲く花みたいに凛としたオーラがあった。でも口開くと普通にかわええ少しおつむが緩い女の子やったけどな」
「それは、私がバカだったと言いたいのかな? か・な・で君」
「よく俺の部屋に赤点のテスト隠しに来てたの誰やったかな? 泣きそうな顔して『こんなのばれたらお母さんに叱られる』言うて」
「あの時はどうもお世話になりました」
くっ、それを言われてしまったら私に反論の余地がない。
自分の部屋だとすぐにバレるから、ない頭を振り絞って考えた苦肉の策。それをこんな所で引き合いに出されるとは──やはり、カナちゃんに協力をあおいだのは間違いだったのかもしれない。
「ちなみにそれ、未だに俺の実家にあるけど今度返したろか? おばさんに」
「そ、それだけは止めて!」
何とも清々しい笑顔で恐ろしい事を言われ、慌てて否定する。そんな私を見て、カナちゃんがおかしそうに吹き出した。
「冗談やて、よし完了。桜もう手放してええで、冷たかったやろ?」
冷気を受け止めるダンボールを押さえていたため、手が氷のように冷たい。
かじかんだ手は感覚があまりない。ハァと息を吹き掛けて暖めながら、余計な心配をかけたくなくて「大丈夫だよ」と返しておいた。
「そこから飛び降りるのは危ないな。ちょい待っとき」
カナちゃんは自分が使っていた踏み台を移動させて、階段を作ってくれてやっとあの高さから解放された。
冷風が来なくなった分、寒さはかなり和らぎしばらくはこのままでも耐えれそうだが、ダンボールの蓋がどこまで持つか分からない。
完璧に冷気が遮断されているわけではないため、部屋の温度は少しずつさがっていくだろう。
とりあえず余ったダンボールや発泡スチロールを積み重ね、床と屋根には広げたダンボールを使って小さな隠れ家を作った。
部屋の角を利用しているため背面と側面の一つは壁。高さ約一メートルのそれは座らないと中には入れないが、気持ち的に外よりも暖かく感じる。
二人で座っても少し余裕がある広さだ。
後どれくらいここに居なければならないのか検討がつかない。
一番気付いてくれる可能性が高いのはシロだけど、あの不良を相手にしていて安否が分からない。
念じたらシロの元に私の思念が届くはずだから、動ける状態ならすぐに来てくれるはずだ。
考えたくはないが中々来れないのは苦戦しているか、追いかける事が出来ない状態に陥っているかのどちらかだろう。
『シロ……お願い、無事でいて』
祈るように思いを伝えるも、そんな都合よくシロが現れる事はなかった。
発信器のボタンを押したものの、GPSが観測出来ていなければウィルさんは気付いてくれないだろう。
家に帰ってこない私を心配した家族が探してくれる可能性もあるが、まずこんな所に居るなんてすぐに分かるわけがない。
人通りのないこの再開発地区のアーケード街では通行人に頼る事も出来ないだろう。
電波が立つところがないか、部屋中にスマホをかざして調べるも圏外の文字が消えることはない。
重厚な扉は道具なく壊すのは不可能で、薄そうな壁がないか叩いて確かめるが素手でどうにかなるものじゃなかった。
自力での脱出は無理だと悟った私達は、今持っているものでどれだけしのげるか確認することにした。
ダンボールの床に食料を並べていく。お菓子のラスク二袋、板チョコ一枚、飴玉六個、水筒とペットボトルに飲みかけのお茶がそれぞれ半分くらい。
これでどこまで耐えれるか分からないが、何もないよりはマシだろう。
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