獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十四章 最終決戦

果たされた約束

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「懐かしいね。何度こうやって君の散髪をしてあげたことか」
「嫌味か。今度は俺がやってやるよ」

 両者とも刀を構えながら不敵に笑い合う。

「動けるのはこのリング内のみ。この真剣で先に髪を斬られた方が負けだ」
「ルールはそれだけでいいの? 昔みたいにハンデは要らない?」
「要らねぇよ。いつまでもガキ扱いしてんじゃねぇ」
「そう。なら、始めようか」
「ああ」

 次の瞬間、二人の纏う空気が変わった。
 先に攻撃を仕掛けたのはシロの方で、それをクレハは難なくかわして打ち返す。その攻撃をすかさずシロは刀の棟で受け止め、視線が交錯すること数秒。互いに距離を取った彼等は再び刀を交え始める。

 刀を振るう度に、シロの綺麗な銀髪とクレハの艶やかな黒髪が優雅に風になびく。時代劇でみる殺陣ショーより、何倍も臨場感のある二人の勝負は見ていてただ美しかった。
 だけど、金属音のぶつかり合う激しい剣戟の音が、それが真剣であることを色濃く教えてくれる。もしあの攻撃をまともに受ければ、お互い致命傷は避けられない。

「シロ、相変わらず踏み込みが甘いね。そんな事じゃ、僕は倒せないよ」
「お前こそ、余裕ぶってると足下すくわれるぞ」

 緊迫した空気の中で、彼等は時折その口元を緩ませ笑っている。久方ぶりにやるその試合が、楽しくて仕方ないかのように。

 見ているこっちは刀の切先が頰や目先を掠める度、ハラハラして心臓に物凄く悪いけれど、当人達はそれを楽しんでいる。
 ああ、だからシロは剣道の授業が好きだったのか。こうして昔、きっとクレハとよく稽古をしていたのだろう。

 固唾をのんで勝負の行方を見守っていると、シロの動きが一瞬止まった。
 その隙をクレハが見逃すわけもなく、刃先がシロの肩を斬りつける。

「あれ、もう終わり?」
「まだだ。ほら、無駄口叩いてないでかかってこいよ」

 明らかに先程までとシロの動きが違う。
 クレハの攻撃を何とか避けはするものの、徐々にその動きも鈍っていく。
 ポタポタと尋常じゃない程の汗がしたたり落ちていくその様子を見て、私はあることを思い出す。

 (まさか、秘薬の副作用が……)

 順応してきたと、道中はかなり具合の良さそうなシロだったけど、副作用は十八時間耐えなければならないと言っていた。

 お昼休みにクレハの試練が始まってそれから約三時間が経った。今が午後三時半ぐらいだとしたら、後二時間半はその副作用に耐えなければならないのだ。

「くっ、まだだ!」
「甘いよ」

 シロが大きく刀を振り上げた所へ、クレハが容赦なく攻撃をしかける。もう、そこからの勝負は見ていられなかった。

「シロ、お願い。もうそれ以上、無理しないで!」

 このままじゃ、シロの身体が持たないよ。衣服には血が滲み、全体を真っ赤に染めようとしている。

「桜、目逸らしたらあかん。最後までしっかり見てるんや。シロは絶対、負けたりせぇへんから」
「カナちゃん……うん、そうだよね」

 そうだ、シロはあの階段を私を抱えて上りきった。不可能を可能に出来ることを身体を張って教えてくれた。私が目を逸らしていては駄目だ。最後まで信じよう。シロのことを。

「まだだ! まだ、勝負はついてねぇ!」

 シロは決して、その手を止めようとしない。その瞳には強い覚悟が宿っていて、クレハを真っ直ぐに捉えている。
 そこへ勝負の行方を静かに見守っていたカナちゃんが声を張り上げて叫んだ。

「シロ、よう思い出しや! お前なら知ってるはずやで! 一発逆転できる──あの、究極の奥義を!」

 (あの究極の奥義?)

 いきなり意味不明なことを言い出すカナちゃんに、シロは「ああ、そうだな」と喉で笑って答えた。
 どうやら、二人の間でだけ通じる究極の奥義というものがあるらしい。
 その様子を見ていたクレハが、興醒めだと言わんばかりにため息をついて口を開く。

「そろそろ終わりにしようか」
「それはこっちの台詞だ、クレハ。ほら、来いよ」

 剣を構えなおしたクレハは、大きく振りかぶった刀を斜めに切り落とした。
 その攻撃を真半身でかわしたシロは、クレハの眼帯で覆われた左目の死角からそのまま身体を素早く回転させて背後に回り込む。
 そして露わになったクレハの背後から刀を横に一閃し、クレハの結われた髪を綺麗に削いだ。

「油断したお前の負けだ、クレハ。どうだ、少しは見直したか?」
「驚いた。どこでそんな技覚えたの?」

 目を丸くして尋ねるクレハに、リングの外側からカナちゃんが声をかける。

「素晴らしき日本文化が生み出した、少年の憧れが詰まった匠の結晶。漫画からやで」
「漫画?」

 どうやら聞き慣れない単語のようで、クレハはそう言って首を傾げる。

「コハクは漫画、読んでなかったからお前は知らないだろうが、文学書より絵付きで分かりやすい書物のことだよ。最近、西園寺の家で読んだものに出てきた技だ」
「ていうかシロ、何であそこで技名叫ばへんの? 期待して見よったんに」
「誰が叫ぶか!」

 知らなかった。シロがカナちゃんの家に出入りしていたなんて。そしてそこで漫画を読んでいたなんて。ああ、だからさっき究極の必殺技って言葉で通じあっていたのか。

「約束だ。俺が勝ったんだから、桜に掛けた呪いを……解……け……」

 その言葉を最後に、シロは突如その場に倒れ込んだ。

「シロ!」

 慌てて駆け寄ると、シロは気を失っているようでピクリとも動かない。その様子を見て、クレハはすかさずシロの治療をし始めた。外傷はそれで綺麗になったものの、シロが目を覚ます気配はない。

「これは一体、どういうこと?」

 治療を施しても目覚めないことで、初めてシロの異変に気付いたようで、クレハはすごい剣幕で尋ねてきた。

「秘薬の副作用が……多分、そのせいでシロは……」
「秘薬? まさか、シロはあの劇薬を飲んだの?!」

 驚きを隠しきれないほど、クレハはその大きな深紅の瞳を長い睫毛の奥で揺らしている。

「霊門を塞ぐ秘薬をコサメさんから貰って飲んだってシロは言ってた」
「その昔、多くの妖怪が夢を見てその秘薬に手を出した。でもそれを飲んで成功した者は、片手の指で数えられる程しかいないんだよ。だから別名、劇薬と言われているんだ。そんな古代の遺産を、あの人はまだ持っていたのか……」
「そんな……」

 やはりあの秘薬は危険なものだっんだ……時折、シロの背中が遠くへ行ってしまいそうな感じがしたのはその暗示だったんだ。

「何時頃、それ飲んだの?」
「ちょうど日付が変わる頃だって聞いたけど……」
「そんなに、耐えたんだ……ああ、道理でアクラ相手にあんな技を使えたわけか。でも、このままだと……シロは助からない」
「どうにか出来ないの?!」
「正直、ここまで耐えれていた方が奇跡だよ。身体の順応はほぼもう終わっている。後は心の問題さ。この身体はシロだけのものじゃない。時間内にコハクを目覚めさせる事が出来れば、可能性はゼロじゃないかもしれない」

 コハクを目覚めさせる事が出来れば……そうだ、前にシロは言っていた。コハクの居る幻術空間に他の意識をねじ込む術があると。あの時はシロの力では及ばないとカナちゃんに告げていた。
 純血の妖怪であるクレハなら、それが可能なんじゃないだろうか。
 気がつくと、私は深々とクレハに頭を下げていた。

「お願いします……私を、コハクの居る幻術空間に連れて行って下さい。貴方が私を嫌っているのは重々承知している。虫の良い話だって言うのも分かってる。シロとコハクに近付くなって言うなら、もう金輪際近寄らない。だからどうか、今だけは……コハクの傍に行かせて下さい」

 たとえ近くに居られなくとも、元気に生きていてくれるならそれでいい。それだけでいい。

「顔を上げなよ。分かってるの? 猶予はあまりない。失敗したら君も、その幻術空間の中で死ぬことになるんだよ」
「シロとコハクは命を張って私を助けてくれた。今しか、その恩を返す機会はないの。だから、お願い……お願いします。私に、行かせて下さい」

 このまま何もしないで居るなんて出来るわけがなかった。今度こそ、私がシロとコハクを助ける番なんだ。だからどうか……

「クレハ、俺に行かせてくれ」
「いや私が! 桜にそんな危険な所には行かせられないわ!」
「残念だけど、君達は無理だ。皮肉だけど、きっとコハクはこの子じゃないと目覚めさせられない」

 カナちゃん、美香……ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。

「必ず私がコハクを目覚めさせるから、信じて待ってて。皆でタコ焼きパーティーする約束したでしょ? 必ず守るから」

 私の瞳を見て、カナちゃんは私は絶対に折れないと悟ったのか軽く息を吐いて口を開く。

「……分かった。絶対、コハッ君連れてくるんやで」
「西園寺君、あなた……本当にそれでいいの?!」
「桜は一度言い出したら聞かへんからな。シロもコハッ君も、目覚めたら二人揃ってお説教や」
「私には、そこまで割り切れないわ。桜が危ないと分かっていて、行かせることなんて……」

 行かせないと言わんばかりに、美香は私の手を両手でぎゅっと握りしめて離さない。
 だから私は美香の手に、もう片方の自分の手を重ねて話しかける。しっかりと彼女の目を見て。この思いを伝えるために。

「美香……信じて待ってて。必ず戻ってくるから。美希の願いを、絶対無下になんてしないから」
「……全く、そんな顔されたら行かせないわけいかないじゃないのよ……いい? 帰ってきたらコンテストに向けてラストスパートかけるわよ? だから、必ず戻ってきなさい」
「うん、分かった」

 私の帰りを心配して待っててくれる大切な友達が居る。戻ってこれる場所があるから、きっと大丈夫だ。絶対に。

 それからクレハの指示に従ってシロの傍らに寄り添い、白雪のように白いその手を両手で握りしめた。
 そっと目を閉じて、その時を待つ。
 クレハが何か呪文のようなものを唱えた後、どこか別の場所へと吸い込まれていく感覚がして私は意識を手放した。
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