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第十一章「ベルゲングリューン伯爵」(2)
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「……その席をどきたまえ」
「あん?」
士官学校のカフェテラスでひと悶着があった。
廃屋敷の冒険でアリサが忘れていったハンカチを届けるのにカフェテラスに寄ったんだけど、つい二人で話し込んでしまっていると、同行していたキムがしびれを切らして食事をはじめた。
その場所が不幸にも、さる貴族様の特等席だったらしい。
「そもそも、ここは君のような薄汚い平民の来るところではない。おとなしく食堂の残飯でも食っていたまえ」
キムにそう言い放ったのはひょろっとした色白で神経質そうな生徒だった。
いかにも貴族然とした茶髪のオカッパ頭に見覚えがある。Aクラスの生徒だ。
「席なら他にもあるだろ」
「その席は私の席だ。もう一度だけ言う、そこをどきたまえ」
「おいおい、高貴なお貴族様は薄汚い平民が使った席にそんなに座りたいのかよ」
「なっ……」
「それともお貴族様は、このお席に座らないと不安で不安で、メシひとつまともに食えないのでございますか?」
「き、貴様……」
「なんでしたらお貴族様、このわたくしめが食わせて差し上げますよ。ほら、あーん……」
「ぶ、無礼者!!!」
やれやれ。
僕はアリサに目配せしてから席を立った。
「あーはいはい、すいませんねぇ」
逆上して腰から細剣を抜こうとする貴族の手をがっちり押さえて、僕はにこにこ笑いながら頭を下げた。
「なんだ貴様は! 名を名乗れ!」
「いえいえ、名乗るほどのものではございません。ほら、キム、行こう」
「へいへい、伯爵様」
「なっ、伯爵?!」
僕はこちらを見て笑いをこらえているアリサに軽く手を振って、その場を退場した。
「はぁー……、めんどくせ」
食べかけのホットドッグにかじりつきながら、キムが悪態を吐いた。
「……まぁ、僕は相手の方にちょっと同情するけどね」
「なんでだよー」
「キムはさ、見た目アホそうじゃん」
「おまえにだけは言われたくないよ……」
キムがげんなりとした顔で僕を見る。
失礼な。僕のどこがアホっぽいっていうんだ。
「いやほら、身体がゴツい大盾持ちキャラって脳筋で成長率低くて歩くのおっそいイメージあるだろ?」
「……すげぇ偏見だな。世の壁役たちに殺されるぞ」
「なのにキムは妙に小賢しいというか、弁も立つからさ。相手がアホだと思ってケンカ売ったら100倍になって返ってきちゃったから、あの貴族のぼっちゃんは顔真っ赤になっちゃったんだよ」
食堂に向かう途中で、カフェテラスに移動する何人かの生徒に挨拶されて、僕もそれに応える。
生徒たちはホットドッグを頬張るキムには見向きもしない。
ベルゲングリューン伯爵になった僕に挨拶をしているのだ。
「ガキ共のためとはいえ、お前もめんどくせぇもん背負わされたもんだな」
「……まったくだよ」
自他共に名ばかりの貴族とはいえ、余計な挨拶が1つ必要になっただけでも僕にとっては大変なストレスだ。
「気をつけろよ。さっきの貴族様みてぇな奴は、どうやったってお前とはソリが合わないだろうな」
「だったら『伯爵様』とか言って火種を残さないでくれよ……」
「わはは、スマン。ちょっとひと泡吹かせてやりたくてな」
伯爵っていう単語であそこまで反応したんだから、きっとあの貴族はもっと下の爵位の貴族家なのだろう。男爵か子爵か……。
「僕の救いは、Cのみんなが変わらずに接してくれてることかな」
「まぁ、あれだけアホなことを無茶苦茶やっておいて、今更ベルゲングリューン伯爵って言われてもなぁ」
「そうだよね」
「まぁ、ある意味、お前はもとから貴族っぽいところがあったしな」
「え、隠しきれない気品があふれ出てた?」
「いや、むしろ下品すぎるだろ。鳩のフンとかなんだとか、お前のエピソードはうんこばっかりじゃないか」
……あ、なにも反論できない。
「そうじゃなくて、自由奔放すぎるだろ。何の後ろ盾もないくせに、暴れん坊なんちゃらみたいな雰囲気があるんだよ」
「暴れん坊なんちゃら……」
「まぁ、なんにせよ……」
ホットドッグを食べ終わったキムが、真剣な眼差しで僕を見た。
「気をつけろよ。貴族の連中ってのは妬みや嫉みの塊なんだ。そんな連中に対してお前に嫉妬するなっていうのは、たとえ国王陛下にだって無理な話だろうよ。権謀術数渦巻く王宮育ちの連中のことだ、大人も子供も、どんな陰湿な手を使ってくるかわからんぞ」
「キム……あのさ」
「うん」
僕は自分の口元を指差して、言った。
「ここに赤茄子調味料がついてる」
「……その席をどきたまえ」
「あん?」
士官学校のカフェテラスでひと悶着があった。
廃屋敷の冒険でアリサが忘れていったハンカチを届けるのにカフェテラスに寄ったんだけど、つい二人で話し込んでしまっていると、同行していたキムがしびれを切らして食事をはじめた。
その場所が不幸にも、さる貴族様の特等席だったらしい。
「そもそも、ここは君のような薄汚い平民の来るところではない。おとなしく食堂の残飯でも食っていたまえ」
キムにそう言い放ったのはひょろっとした色白で神経質そうな生徒だった。
いかにも貴族然とした茶髪のオカッパ頭に見覚えがある。Aクラスの生徒だ。
「席なら他にもあるだろ」
「その席は私の席だ。もう一度だけ言う、そこをどきたまえ」
「おいおい、高貴なお貴族様は薄汚い平民が使った席にそんなに座りたいのかよ」
「なっ……」
「それともお貴族様は、このお席に座らないと不安で不安で、メシひとつまともに食えないのでございますか?」
「き、貴様……」
「なんでしたらお貴族様、このわたくしめが食わせて差し上げますよ。ほら、あーん……」
「ぶ、無礼者!!!」
やれやれ。
僕はアリサに目配せしてから席を立った。
「あーはいはい、すいませんねぇ」
逆上して腰から細剣を抜こうとする貴族の手をがっちり押さえて、僕はにこにこ笑いながら頭を下げた。
「なんだ貴様は! 名を名乗れ!」
「いえいえ、名乗るほどのものではございません。ほら、キム、行こう」
「へいへい、伯爵様」
「なっ、伯爵?!」
僕はこちらを見て笑いをこらえているアリサに軽く手を振って、その場を退場した。
「はぁー……、めんどくせ」
食べかけのホットドッグにかじりつきながら、キムが悪態を吐いた。
「……まぁ、僕は相手の方にちょっと同情するけどね」
「なんでだよー」
「キムはさ、見た目アホそうじゃん」
「おまえにだけは言われたくないよ……」
キムがげんなりとした顔で僕を見る。
失礼な。僕のどこがアホっぽいっていうんだ。
「いやほら、身体がゴツい大盾持ちキャラって脳筋で成長率低くて歩くのおっそいイメージあるだろ?」
「……すげぇ偏見だな。世の壁役たちに殺されるぞ」
「なのにキムは妙に小賢しいというか、弁も立つからさ。相手がアホだと思ってケンカ売ったら100倍になって返ってきちゃったから、あの貴族のぼっちゃんは顔真っ赤になっちゃったんだよ」
食堂に向かう途中で、カフェテラスに移動する何人かの生徒に挨拶されて、僕もそれに応える。
生徒たちはホットドッグを頬張るキムには見向きもしない。
ベルゲングリューン伯爵になった僕に挨拶をしているのだ。
「ガキ共のためとはいえ、お前もめんどくせぇもん背負わされたもんだな」
「……まったくだよ」
自他共に名ばかりの貴族とはいえ、余計な挨拶が1つ必要になっただけでも僕にとっては大変なストレスだ。
「気をつけろよ。さっきの貴族様みてぇな奴は、どうやったってお前とはソリが合わないだろうな」
「だったら『伯爵様』とか言って火種を残さないでくれよ……」
「わはは、スマン。ちょっとひと泡吹かせてやりたくてな」
伯爵っていう単語であそこまで反応したんだから、きっとあの貴族はもっと下の爵位の貴族家なのだろう。男爵か子爵か……。
「僕の救いは、Cのみんなが変わらずに接してくれてることかな」
「まぁ、あれだけアホなことを無茶苦茶やっておいて、今更ベルゲングリューン伯爵って言われてもなぁ」
「そうだよね」
「まぁ、ある意味、お前はもとから貴族っぽいところがあったしな」
「え、隠しきれない気品があふれ出てた?」
「いや、むしろ下品すぎるだろ。鳩のフンとかなんだとか、お前のエピソードはうんこばっかりじゃないか」
……あ、なにも反論できない。
「そうじゃなくて、自由奔放すぎるだろ。何の後ろ盾もないくせに、暴れん坊なんちゃらみたいな雰囲気があるんだよ」
「暴れん坊なんちゃら……」
「まぁ、なんにせよ……」
ホットドッグを食べ終わったキムが、真剣な眼差しで僕を見た。
「気をつけろよ。貴族の連中ってのは妬みや嫉みの塊なんだ。そんな連中に対してお前に嫉妬するなっていうのは、たとえ国王陛下にだって無理な話だろうよ。権謀術数渦巻く王宮育ちの連中のことだ、大人も子供も、どんな陰湿な手を使ってくるかわからんぞ」
「キム……あのさ」
「うん」
僕は自分の口元を指差して、言った。
「ここに赤茄子調味料がついてる」
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