士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二部 第二章「エスパダ動乱」(2)

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 それからしばらくして。
 エスパダに着いて以降、これ以上ないというぐらいひどい目に遭った僕は、ようやくみんなと合流することができた。
 
「お兄様、どこ行ってらしたのですか……? わっ、汗びっしょりの泥まみれじゃないですか!!」
「ちょっと、色々あってね……」

 テレサが僕の身体をごしごしと拭いてくれた。

「それより、あれ、何?」

 僕はエル・ブランコの中央市街を見渡した。 
 ブランコはエスパダの言葉で「白」を意味する。
 その名の通り、白い石畳と建物に囲まれた美しい街並みを、物々しい雰囲気が包んでいた。

「現政権は速やかに議会を解散せよ!!!」
「女王陛下ばんざーい!!」
「腐敗と汚職まみれの首相に制裁を!!」

 音声拡張魔法の出力を最大にして、大声でエスパダの政権批判をしている代表格の男と、その男の言葉に合わせて、大声でシュプレヒコールを叫ぶ集団。
 
 そんな集団の影響を受けて、市民たちも白熱し始めている。

「首相が腐敗と汚職まみれって、そんな話聞いたことないわよ!!」
「そうだそうだ!! 何か証拠があって言ってんのか?!」
「真面目を絵に描いたような人だぞ!!」
「いや、違う!! 女王陛下の治世に戻すべきなんだ!!」
「お前はアホか! その女王陛下が今の社会体制をお決めになられたんだろうが!!」

 その集団だけでなく、市民の中でもそれぞれの意見が錯綜し、集団に同調する市民たちと、反発する市民たちで市中は大混乱状態になっていた。

「市場でお買い物……って雰囲気じゃないよね。なにこれ」
「どうやら、我々は大規模なデモ行進に居合わせてしまったらしい」
「デモ行進?」

 はぐれないように僕の袖を掴んでぴたっとくっついているヴェンツェルが、うなずきながら言葉を続ける。

「現政権に対する抗議活動だ。どうやら腐敗した政治体制を改善し、女王陛下の統治に戻すように主張しているらしい」
「それをこんなとこで騒いで、何か意味があるの?」
「エスパダは民主国家だからな。市民の声が大きければ大きいほど、政権を揺るがしかねない」
「うーん……、本当にそうかな……」
「……ベル?」

 僕は少し疑問に思った。
 正直行って、デモをしている代表の男も、その取り巻きの態度も、とても好意的には見れない。
 服装こそスーツを着ているけれど、ネクタイを締めず、前を開け、足を広げて歩いている姿は、チンピラ集団にしか見えなかった。

 こんな連中が本当に……。

(ん?)

 僕がそんなことを考えていると、さっきの婆さんが立っているのを見つけた。
 一日に三回、この広いエスパダの首都で、同じ婆さんを見かけたのだ。
 婆さんはものすごい形相で、代表の男を睨みつけている。
 
 ……暗殺でもするつもりなんじゃないだろうか。
 一瞬で僕の背後に回った時のことを思い出して、僕はゾクゾクと身を震わせた。

 そんなことを考えてふと見ると、さっきまでいたはずの婆さんの姿が、またいなくなった。
 たった今考えていたことを思い出して、僕は思わず後ろを振り返る。

 ……いた。

 ただし、今度は僕の背中を刺そうとするのではなく、すぐ後ろにある厩舎きゅうしゃの馬の下で、両手を広げている。

 ……すると、馬のお尻から巨大な煉瓦れんがほどのふんがボトボトと落ちて、老婆の手のひらに馬のうんこがもりもりと山盛りになった。

(うっわ、きったねぇ……、なにやってるんだこの婆さん……)

 きったねぇ婆さんのあまりにものきったねぇ行いに僕がドン引きしながら見ていると、婆さんが糞を両手に抱えたまま僕の顔を見てニヤリと笑い、なんと大きく振りかぶってその大量の馬の糞をこちらに向かってぶん投げてきた。

「うわあああああっ!!!」

 僕は思わず左手を上げて、水晶龍の盾を出そうとする。
 だが、なぜか盾がいつまで経っても出現しない。
 
 ……それもそのはずで、婆さんがすくい上げた大量の糞は僕の頭上を通り越して、演説をしていた代表の顔面に思いっきり命中したのである。

「ぶほっ!!! う、うわぁぁっ、くせぇぇぇっ!!! な、なんだ!!??」
「だ、代表っ!? う、うわっ、クソだ!!」
「誰だ!! こんなことしやがった奴は?! 議会派か!!!」

 デモを行っていた連中が一斉に、糞が飛んできた方向を向いた。
 そう、僕が立っている場所に。
 
 ……そして当然ながら、婆さんの姿はもうどこにも見えなかった。

(文字通りのクソババアじゃないか……)

 そんなことを考えている僕に、デモ隊の隊列がゆっくりと近付いてきた。

「お前か……お前がやったんだな……」
「い、いや、違います!! まったく違います!! ね? ほら、みんなも何か言ってやってよ……えっ?」

 僕が周囲を見渡すと、仲間のみんなまで、驚いた顔で僕を見ていた。

「ちょ、ちょっと!! なんでみんなまで僕がやったと思ってるの!? 花京院、なんで笑ってるの?!」
「だってよ……ベルゲンくんは2ページに1回は同じようなことやってるしなぁ」
「どうやら、お前で間違いないようだな……」

 花京院の言葉に、デモ隊の連中がそう言った。

「花京院ンンンっ!! そこはフォローするとこだろぉ!!!」
「お、おい、いたぞ!! アイツだ!!」

 その時、デモ隊を鎮圧しようとしていた警官の一人が、僕を指差した。
 ん、あの警官、見覚えが……。
 あっ、やばい、アレハンドロ宮殿にいた奴だ……。

「見つけたぞ!! 大怪盗マテラッツィ・マッツォーネ!!!」
「な、なんだって?!」

 それぞれに対立しあっていた市民とデモ隊がこちらを見て、大きくどよめき始めた。

「あの伝説の大怪盗マテラッツィ・マッツォーネがデモ隊に馬のクソを投げたのか? わっはっは!!! そりゃ傑作だ!!」
「こりゃエスパダの歴史に残るぜ!!!」
「ふざけんじゃねぇ!!! これは民主主義に対する冒涜ぼうとくだ!!!」
「冒涜してるのはお前らのほうだろ!!」
「もういい、お前らあいつをやっちまえ!!!!」

(あああああもう、めちゃくちゃだー!!!!)

 ……そして、現在に至る。
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