士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二部 第二章「エスパダ動乱」(3)

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「ミヤザワくん、大丈夫?」
「う、うん、なんとか……」
「もはや暴動じゃありませんの! エスパダはもっと紳士的な国だと思っておりましたのに……」
「前に来た時はこんなんじゃなかったんだけど……」

 ミスティ先輩がアーデルハイドに答える。

「もう押さえきれねぇぞ!! そろそろ判断頼む!!」

 再び飛んできた火炎瓶を盾で弾き返しながら、キムが僕に向かって叫んだ。

 ……火炎瓶に投石か。

 石は、まだわかる。
 その辺に落ちているものだ。
 僕はそんなことはしないけど、頭に来て、拾って投げる、サルのような知能の奴も世の中にはいるだろう。

 ……でも、火炎瓶はどうだろうか?
 
「まっちゃん、もうアレ使っちゃえば?」
「アレ?」
「強制的にひざまずかせたりする、ハラスメント的なアレ」

 ひどい言われようだ。
 たしかに、群衆に言うことを聞かせるには最適だけど……それって、この国の理念を真っ向から否定する行為な気がして、できる限り避けたいんだよね。

 でも、そうも言ってられないか。
 僕が決意を固めて、意識を集中して深呼吸をした、その時。

 怒号が飛び交う喧騒の中にそぐわない、美しいリュートの音色が響いた。

「麗しきエスパダの民よ、怒りを収め、その男の言葉に耳を傾けよ」

 バルトロメウのよく通る声が、エル・ブランコの市街に響き渡る。
 決して大声でもなく、音声拡張魔法も使っていないはずなのに、これだけ大騒ぎしている市民の声を、全ての音域で凌駕している。

「その男は我が国のために、仲間たちと命を賭して海賊団を討伐し、はるかヴァイリスよりこの地を訪れし英雄」

 歌っているわけではないのに、まるで心地よい歌のような響きに、互いにいがみ合っていた群衆たちの表情から険しさがすっと収まり、あっという間に市街がバルトロメウの声だけになった。
 
(すげぇ……。メアリーがいたら、彼女だけ悶絶して騒ぐんだろうけど……)

 なんとなく、市街のどこかで「おえええぇぇっ」って声が聞こえた気がして、僕は何も考えないことにした。

「お、おい、海賊を討伐って……まさか」
「しっ、静かにして……、あの方の声が聞こえないでしょ?!」

 つい声を出した男を、複数の女性陣がキッとにらむ。
 
「どうか賢明なエスパダの民よ。我らが英雄、ベルゲングリューン伯に石を投げ、誇り高き我が国の歴史に泥を塗るようなことはやめてほしい」
「べ、ベルゲングリューン伯……」
「どういうことだ? ベルゲングリューン伯が大怪盗マテラッツィ・マッツォーネだってことか?!」

 頼むから大怪盗マテラッツィ・マッツォーネのことは忘れてくれ……。

 バルトロメウから合図をされて、僕はエスパダの市民に向かって魔法伝達テレパシーを送った。

『あー、市民の皆さん、こんにちは。 そこの超絶イケメンからご紹介に上がりました、まつおさん・フォン・ベルゲングリューンです』

 突然頭の中に響いた声に驚きつつ、エスパダ市民たちがようやく、僕の話に耳を傾けてくれた。

『まず、最初に言っておきたいのは、そこで大声で演説していた人の顔に馬の糞を投げつけたのは、僕ではないということです』

 僕はまず、そう釈明した上で、あえてこう補足した。

『ですが、投げつけた人の気持ちも正直わかるし、僕も投げつけてやりたいと思っていました』

 そう言った途端、演説をしていた代表とデモ隊が激昂して何か言いかけるが、周囲の市民がそれを無言の圧力で封殺する。

『その理由はいくつかありますが……、まず、僕が疑問に思ったことがあります。それは、この人たちは本当に女王陛下の信奉者たちなのか、ということです』

 僕は代表を指差した。
 拭き取りきれていない糞が残っていても、そこそこの男前だということはわかる、三十代ぐらいの男。
 鋭い眼光と、それを覆い隠す人懐っこそうな微笑みは、市民というよりは、冒険者にいそうな顔つきだ。

『こんなゴロツキみたいな連中が、あんな必要以上の大声で市街を闊歩かっぽしてお店の営業や市民の生活を妨害して過激に現政権を糾弾きゅうだんしていたら、周りの市民はどう思うでしょうか。むしろ、反発を覚える人が多いんじゃないでしょうか』

 賛成、反対、さまざまな表情を浮かべる市民一人一人にうなずきながら、僕は言葉を続ける。

『その一方で、彼らは現政権を糾弾と言いながら、具体的なことを何も言っていません。いったい何を指して腐敗と言っているのか、何を指して首相が汚職まみれだと言っているのかがまったくわからない。本当に告発する気があるのでしょうか』

 僕が次に何を言い出すのかがわからないのか、さまざまな立場の人間が、次の僕の言葉を待っている。
 僕はあえて、たっぷり間を作ってから、言葉を続けた。

『だから、僕は彼の話を聞いていて思ったんです。『こいつらは本当に女王陛下の信奉者なのか』と。むしろ逆で、信奉者のフリをしてエスパダの市民からわざと嫌われ、女王陛下の名前を地におとしめようとしている、反抗勢力なのではないかと』

 僕がそう言った途端、大きなどよめきが起こった。

「お、おまえ……、せっかく沈静しかかった民衆を扇動してどうすんだよ……」
「私、知らない……、もう絶対知らないからね……」

 キムとユキが僕にささやいた。

「キム、それより、さっきキムが受け止めてた火炎瓶、割れてないのがあったら僕に渡してくれる?」
「い、いいけどよ……、まだ熱いから、気をつけろよ」

 火が消えて瓶が無傷の状態の火炎瓶を受け取って、僕はそれを群衆に掲げて見せた。

『これは、先程僕たちに向かって投げられてきた火炎瓶です。もしまともに食らったら大変なことになるところでした。……さて、一つ質問ですが、エスパダ市民って、火炎瓶を常に持ち歩くのが当たり前だったりしますか?』

 僕がそう言うと、市民皆が一斉に首を振った。

『そうだ! 普通の人は火炎瓶を持ち歩いたりなんかしない!!』

 僕は声を大きくして、エスパダ市民に語りかけた。

『なのにこれがこいつらから飛んできた!! それはなぜか!! こいつらは最初から暴動を起こすのが目的だったんだ!!』

 僕は演説をしていた男を指差した。

『こいつらはデモ隊なんかじゃない! 女王陛下の名をかたることで女王陛下の権威を失墜させて、工作と暴力、こんな卑劣な手で国家転覆を目論んでいる過激派集団だ!! そんなクソ野郎共にクソを投げつけて何が悪い!! 投げたのは僕じゃないけど、今から投げてやってもいいぞ!!!』

 僕がそう叫ぶと、うおおおおおお、と市民達から声が上がった。

「そんな他所者よそものの妄言に耳を貸すな!!! 我らは女王陛下と、陛下がお作りになった民主主義の信奉者だ!!」 

 演説していた代表が焦って、音声拡張魔法の大音量でそう叫ぶのを、僕は鼻で笑って、再び火炎瓶を掲げた。

『賢明なるエスパダの市民よ! これを見ろ!! これが民主主義か?! これが自由な言論の象徴と言えるのか?!』

 話している内容でも勝っている。
 ましてや、音声拡張魔法で不快なまでに音量をつり上げた声と、僕が魔法講師から「魔法の才能はないが、魔法伝達テレパシーの才能だけは傑出」と言われた音声では、市民の受ける印象はまるで違っている。

『僕はエスパダ市民ではないが、この国と、文化を、心から愛している!! 見てくれ、僕のこの超カッコいい財布を!! この名刺入れを見てくれ!! エスパダの革製品は最高だ!! 着てる服もスーツも仕立てがいいものばかりだ!! しかもワインまで美味い!! ハッキリ言って、あんたらのセンスは世界最高だ!!』

「おおおおお、アイツ、ちゃんとわかってるじゃねぇか!!」
「ヴァイリスの貴族にしておくのはもったいないわね!!」

 市民たちの反応を見て、僕はさらにボルテージを上げた。

『僕がエスパダに来た目的は2つだ。1つは大切な友達とそのご家族に会って、海賊に奪われていたこの指輪を返しにいくことだ。僕のクラン『水晶の龍』のメンバーの証であるクランリングだ』

 僕はそう言って、自分がはめている指輪を市民たちに見せた。

『エスパダの海域を荒らし回っていた海賊は、この指輪を盗んだせいで僕に壊滅させられた。僕に火炎瓶や石を投げたこいつらは、どうしてやろうかと今考えているところだ』

 僕がそう言うと、市民たちは爆笑し、デモ隊たちは青ざめた。

『もう1つの目的は、食事と買い物だ!! そこの食いしん坊たちは早朝にエスパダに着くなりメシを食ってたが、僕はどうしてもエスパダ独自の料理が食べたくて、ずっと腹を空かせてきたのに、まだ一口も食えてない!! こいつらのくだらんデモのせいだ!!』

 僕は基本的に穏やかな気質だと思うんだけど、おなかがすいている時は機嫌が悪くなる。
 おまけに、今日は早朝からさんざんな目に遭っているのだ。

『買い物もそうだ!! 市場で買い物をめいっぱい楽しむつもりで来たのに、財布を婆さんにスリ盗られかけただけで、1ペセタも使えてないんだぞ!! こいつらのくだらんデモのせいで!! 僕はエスパダの文化が何一つ楽しめていないんだ!!』

「チッ!! もういい!! 誰か!! あの他所者に石を投げろ!!」

 舌戦が不利と判断した代表が、苦虫を噛み潰したような表情でそう叫んだ。

 ……やはりそう来たな。
 その時点で、お前の負けだ。

『婆さん、どうせその辺にいるんでしょ? ちょっと頼まれごとをしてくれない?』

 僕はどこかで今の様子を笑いながら見ているであろう婆さんに魔法伝達テレパシーを送って、頼み事の内容を伝える。

『ひっひっひ。……わかったよ。任せておきな』

 婆さん、魔法伝達テレパシーに返答できるのかよ……。
 僕は通信を終えると、両手を大きく広げて、全市民に語りかけた。

『どうぞ!! どうぞ僕に石を投げてくれ!! エスパダをこよなく愛する僕を他所者よそものだと君たちが思うのなら、どうぞ僕に石を投げてくれ!! ほら、どうした!!』

 正直、20個ぐらいは飛んでくる覚悟をしていたんだけど、石は1つも飛んでこなかった。
 代表に言われて、デモ隊の連中が投げようとしたのは、市民たちによって妨害されているようだった。

『僕はエスパダが好きだ!! 『エル・ブランコ』の名の通り、白い石畳とコバルトブルーの海が広がる、太陽に愛されたこの街が大好きだ!!』

「オ・レ! ベルゲングリューン!!」
「「オ・レ! ベルゲングリューン!!」」
「「「「オ・レ! ベルゲングリューン!!」」」」

 最初、「俺、ベルゲングリューン」って言ってるのかと思ったら、どうやら掛け声らしい。
 エスパダの市民が僕に向かって、口々にそう言い始め、その声がどんどん大きくなっていった。

「あれ、死ね、とか帰れ、とか言われてるわけじゃないんだよね?」
「ぷっ、そんなわけがなかろう。貴様のことを『素敵』だと言っているのだ」
「ああ、よかった……。ヴァイリスの市民は野次がすごいから」
「あはは、たしかに」

 アリサが笑った。

「も、もういいっ!! 俺が石を投げてやる!! そいつをよこせ!!」

 市民の反発で石を投げるのを躊躇ちゅうちょしていたデモ隊の一人から石をぶんどって、代表が僕に向けて大きく振りかぶった、次の瞬間。

 ベチャッ!! と大きな音を立てて、代表の顔に、どこからともなく飛んだ二発目の馬の糞が命中した。

「ひっひっひ、馬の糞ならここにたぁんとあるよぉ!!」

 婆さんが大きな荷車を引いて、堆肥たいひ用の馬の糞を街の広場に運んできた。

「婆さん、それ、オレにもくれ!!」
「オレもだ!!!」
「わ、私も!!」

 白熱した市民たちが一斉に荷台から馬の糞をつかみ取り、デモ隊たちに一斉に投げつけ始めた。

「う、うわっ、や、やめ、やめっ!! わ、我々は民主主義の体現者……はぶっ!!!」
「ち、違うのよ?! おばさんはね、バイトで参加しただけなの!! や、やめて、やめてぇぇぇ……ぐぇぇえっ!!」

「お前らの演説、なんかおかしいってオレも思ってたんだ!! 伯爵に言われてに落ちたぜ!!」
「俺たちの方が女王陛下の信奉者だバカヤロウ!!」
「てめぇらに現政権のことをクソミソに言う権利があるように、お前らもクソミソにされる。これが民主主義ってやつだな!! わはは!!」

 エスパダ市民たちから一斉に馬糞を投げつけられて、デモ隊は撤退をし始める。
 馬糞を握りしめた市民たちが、そんなデモ隊を追いかけながら、容赦なく馬糞を浴びせ続けた。

「……お兄様……。一応聞くんですけど……、あの糞……ご用意されました?」
「う、うん、まぁ」

 目の前の光景にドン引きしまくっているテレサに、僕は答えた。

「……これ、この後、お買い物できるのかしらん……」

 ジョセフィーヌは街がこの状態でも、まだ買い物がしたいらしい。

「ぎゃはははは!! くさっ、くっせぇ!! さすがベルゲンくんの本家はやることが違うぜ……」

 花京院は大喜びだ。
 うんことか言うだけで喜ぶ初等生みたいなやつだ。

「卿……、何もここまでやることはなかったのではないか……くくっ、くっくっく!!」
「閣下、お願いだから花京院と同じレベルで喜ばないで……」

 ジルベールまで腹を抱えて笑っていた。

「君と冒険をすれば、今までの私が見たことのない光景が待っていると思っていたのだが……、ぷっ……、まさかこんな光景だったとは」
「ぷぷっ……、ギルサナス、私も貴様とまったく同じ思いだよ」
「お二人とも、よくこの光景を見て笑っていられますわね……」

 ギルサナスとヒルダ先輩の会話に、アーデルハイドが混じっている。

「でも、この匂いって、ジェルディク産の珈琲とちょっと通じるものがあるわね」
「ほう、アリサ殿もそう思ったか。馬が珈琲豆を食っているのかと私は考えていた」
「……アリサちゃん? そんなこと、他のジェルディクの人の前で絶対言っちゃだめだからね?」

 アリサとゾフィアの会話に、ミスティ先輩がツッコんだ。
 
「こんなことして、大丈夫なのかなぁ」
「エスパダの公衆衛生は世界一だ。このぐらいで疫病が蔓延するようなことはないだろうが……」
「堆肥用の馬糞は魔法によって無毒化されているため、悪性の細菌による問題はない。食っても平気なぐらいだ」
「お、おい、気持ち悪いことを言うなよ……」
「でもさ、キムなら、どうしても腹が減ってたら食うんじゃないの?」
「食わねぇよ!!」

 ミヤザワくんの問いに、ヴェンツェルが答え、オールバックくんが補足し、キムとルッ君が会話に加わっている。

 ユキは……、あ、こっちに来た。

「あんた……、さっき言ったわよね……エル・ブランコ』の名の通り、白い石畳とコバルトブルーの海が広がる、太陽に愛されたこの街が大好きだって」

 震える声で、ユキが言った。

「う、うん……」

 僕がうなずくと、ユキが馬糞まみれの石畳をビシィっと指差した。

「これのどこが白い石畳なのよっ!!! そのうちエル・ブランコっていう街の名前がエル・マロネスになったら、アンタのせいだからね!!」
「ははは……いや、あの人がそれでいいんだから、大丈夫でしょ」
「あの人?」

 僕が指差す方向にいたのは……、満足気にこちらに近付いてきた、きったねぇ婆さんだ。

「ひっひっひっ、なかなか愉快痛快じゃったのう」
「うわっ」

 婆さんが近付いてきて、ユキは思わず飛び退いた。
 それもそのはずだ。きったねぇ婆さんの衣服は馬糞にまみれ、さらにきったねぇ婆さんになっていた。

「あーあー、そんなに糞まみれになっちゃって……」

 僕は婆さんの右手を取り、ハンカチでその手指をキレイに拭いてあげると、ひざまずいて、その手の甲にキスをした。

「「「「「「「「「「なっ?!」」」」」」」」」」

 僕の行動に衝撃を受けた仲間たちが、一斉に声を上げる。
 そんなみんなのことをあえて気にせずに、僕はひざまずいた姿勢のまま、きったねぇ婆さんを見上げて、こう言った。

「おたわむれが過ぎますよ、
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