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第一章 高校二年生編

第13話 春風双葉は話したい!

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 美咲先輩との会話の後、俺と双葉は体育館近くのベンチに座っていた。

 中庭は自販機もあって便利なため、季節問わずに人が多い。
 ゆっくりと話すにはこの体育館近くのベンチが最適だ。

「だいぶ寒くなってきましたねー」

 双葉はそう言いながらもブラウスの上にはカーディガン一枚だ。
 十一月も半分を過ぎた今は冬が到来していると言っても過言でもない時期ということを考えればかなり薄着だ。

「寒いならブレザー着てくれば良かったのに」

「体育の後で暑かったんですー」

 双葉の言葉に、それもそうかと納得する。
 適当に流せば体育では暑くならないが、運動部の双葉は体育も全力なのだろう。
 そうなれば季節を問わずに暑いものだ。

「まだ全然耐えれるくらいなんで、大丈夫ですけどねー」

 そう元気に言う双葉は強がっているわけでもなさそうだ。
 俺に対して遠慮のない彼女は、わざわざそんな嘘を吐かない。

 双葉は「お腹空いたー」と言いながら、持ってきた可愛らしい包みを開ける。
 中にはいかにも女子と言ったような小さな弁当箱が入っていた。

「そんなんで足りる?」

「大丈夫です! 朝練の後用と午前用と昼休みと午後用と練習後用と五つ持ってきてますから!」

 その細い体からは想像ができないほど双葉はよく食べる。
 それでも運動部でハードな練習をこなしていることを考えると大食いと言うほどでもない。
 少ないと思っていた弁当だが、それを五つも食べているのなら十分すぎるほどだ。
 むしろ俺も想像しただけで胸焼けする。朝と夜を入れれば一日に合計七食も食べているのだ。

「先輩は少なそうですね……。でも美味しそう」

「……一口食うか?」

 最初に手に取ったのはメロンパン。
 双葉は俺の言葉に目を輝かせた。

 一口分を割って渡そうか。
 そう思って包装を開けると、双葉は肩まで伸びている髪を片方上げながら、それにかぶりついた。

「美味しいですね!」

 まさか直接持っていかれるとは思わず唖然とする。
 いや、それはいいのだが、何より問題は『間接キス』になることだ。

 付き合いが長く遊びに行くとはいえ、同じ皿をつつくことはない。
 焼肉などであれば、それぞれトングで皿に入れたりもする。

 ただの後輩でも異性だ。
 意識してしまう俺とは違い、双葉はキョトンとしていた。
 下手に動揺していれば意識してしまったことを勘付かれる。
 そう思った俺はメロンパンにかぶりついた。

「……美味しいな」

 メロンパンは美味しい。
 ただ、それ以外の甘い味がした気がしなくもない。

「せんぱーい、間接キスですね」

 ニヤニヤと笑う双葉の頭を俺は小突いた。
 わかっていてしたことに加えて得意げな顔が腹立たしい。

「悪い、つい」

 憎たらしい後輩は、わざとらしく「痛ーい」と言いながら頭を押さえる。
 それを無視して食べ進めていると、双葉も弁当箱を開ける。

「いただきまーす」

 そう言って勢いよく食べ始める双葉……というよりも弁当に、つい視線を向ける。

 彩りのある内容だ。
 二段弁当の片方は白と赤の日の丸。もう片方はメインの茶色に副菜として黄色、緑、赤とバランスが良く、デザートとしてかオレンジ色も入っている。
 これをいくつも作っているということを考えると、双葉の親は大変だろう。
 あまり料理のしない俺でもわかる。

「先輩! せんぱーい!」

 考え事をしていると、双葉は顔を覗き込んでいた。
 そして有無を言わさずに何かを口に突っ込んできた。

「むぐっ!?」

 俺の口から箸だけが引き抜かれ、口の中には甘いものが残される。
 口の中に広がる甘さを堪能しながら、ゆっくりと咀嚼をする。

「さっきのお返しです! どうですか? うちのお母さん特製玉子焼き!」

 甘いデザートのような味に、そう言われて初めて玉子焼きということに気がついた。
 冷めてはいるがふわふわとした食感に、目隠しされて食べればパンケーキと言われても信じてしまうほどの甘さだ。

「……美味いな」

 俺がそう言うと、何故か双葉は得意げだ。

「うちの玉子焼きは醤油味だからビックリしたけど、甘い玉子焼きも良いな」

「でしょー? 醤油味派の友達も、うちのお母さんの玉子焼きは美味しいって言うんですよ!」

 得意げな双葉はまたからかって来ると思っていたが、何事もなかったように再び弁当を食べ始める。
 間接キスになっているが、そんなことは気にしていないという態度に俺はドキドキさせられていた。



 ご飯を食べながらも、俺と双葉は部活についての話をしていた。
 どちらかと言えば双葉が一方的に話して俺は聞き手に回っている。

 特に一緒にいることが多い虎徹との会話は話す側に回ることが多い。
 話す時は話す虎徹だが基本的には口数が少ないのだ。
 聞き手に回るのは若葉との会話くらいだろうか。

 ただ、そんな時間も悪くないと思っているのは、双葉が俺に懐いてくれていて、飼い犬が尻尾を振っているような雰囲気だからだろう。
 ……犬は飼っていないが。

「あ、週末ですけど、土曜日の方でお願いします。日曜日は試合があるので」

 部活のことを話していた中で、双葉は思い出したように週末の話に変える。
 考えてみれば俺の方から『週末空いている』という旨の連絡をしただけで、結局土日のどちらにするのかは話していなかった。
 俺は「了解」と言うと、今までしていた部活の話をまるで忘れたかのように双葉は週末の話を始めた。

「私は前言ってた映画見に行きたいんですけど、いいですか?」

「いいよ。と言うかそのつもりだったし」

 今回は部活を頑張っている後輩の息抜きという意味を込めてのものだ。
 前に見たいと言っていた映画を見るための予定でもある。

「どうしましょうか。せっかくなんで午前中から見て午後はゆっくりするのも良いですし、午前中はゆっくりして午後から映画見るのも良いですし……」

「俺はどっちでも良いよ。双葉の好きなようにしてくれれば」

「むう……。それは一番困るやつですよ!」

 双葉はむくれていて不満そうだ。
 弁当を食べ終えた双葉は蓋を閉めると、「あっ!」と声を上げる。

「じゃあ、行きたい場所はピックアップしますから、スケジュールは先輩にお任せします!」

「え?」

 いきなりの提案に思わず声が漏れる。

「デート、楽しみにしてますね!」

「デートじゃなくて遊ぶだけな」

 期待している双葉の眼差しに、流石に『ノー』とは言えない。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
 話としてはちょうど終着点に着いたところなので、良いタイミングだった。
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