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第一章 高校二年生編

第46話 春風双葉は勝ち取りたい

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 背番号10を背負う双葉はスターティングメンバーとして出場している。

 常に動き回るスポーツのバスケは、十分を四回……計四十分も行われるため、スタメンだろうとベンチに下がることはほとんどだ。
 それでも、この全国大会という手加減なしの試合でスタメンとして出場しているということは、桐ヶ崎高校女子バスケ部で一番のPGポイントガードということだ。

 試合が始まり、ジャンプボール。
 奇しくも相手側のボールとなったが、双葉はべったりとマークに付いている。
 位置取りもいい。

「あっ……」

 テンポ良く相手は得点を決め、桐ヶ崎側のボールとなる。
 いきなりの失点。
 バスケをする上で失点はつきものだが、緊張する舞台での最初の点となれば多少の焦りがあってもおかしくない。
 それでも双葉は落ち着いていた。

「一本、確実にいきましょう」

 ゆっくりとドリブルし、双葉は攻めていく。
 このスタイルは俺が教えた攻め方だ。
 相手の速い攻撃で点を決められた後、焦る気持ちもある中で冷静に攻める。
 そして、確実に一本決めていく。

『『『おぉっ……!』』』

 的確に通ったパスから決まるシュートに、会場が歓声を上げる。

「流石双葉ちゃん!」

 同点に追いついただけの序盤の得点だが、相手に勢いづかせないための点でもある。

「おにい、これができるならバスケ辞めなくてもよかったんじゃない?」

 凪沙は双葉のプレーを見ながらそう言う。
 ただ、俺にとってはそんな簡単な話でもなかった。

「全部できるなら、な。このプレーだけだと相手が慣れてない序盤なら良くても、後半になるとキツくなってくる。凪沙ならわかるだろ? 双葉がこれだけじゃないって」

「それは……、まあ……」

 いくら序盤で点を重ねたところで、後半に逆転されてしまえば意味がない。
 第2クォーター辺りまでは順調なのだが、それ以降はキツくなるのがほとんどだった。

「ま、結局のところ実力不足ってこと」

 思考に体が追いつかない。
 自分では理想が体現できない。
 バスケは好きだが、遊びの延長線上で楽しくやるのが自分にとって一番だと考えたからこそ、俺は高校生になってからは部活に入らなかったのだ。



 第2Qが終わり、得点は31対26と桐ヶ崎高校がリードしていた。
 第1Qまではお互いが点の取り合いをし、それでも相手側がややリードした状況だった。
 ただ、ゆっくり攻めて確実に点を取る桐ヶ崎に対して、相手は速攻でガンガン点を取るというのが持ち味のチームだ。

 相手は連続して点を取ることはあってもミスをすることも多々あり、逆に桐ヶ崎はほとんどミスをせずに確実に点を取っている。
 それでいて、相手の勢いに押されてできていた隙を減らすことによって、ディフェンスの成功率が上がったからこそ逆転に成功した。

 そして第3Q、双葉はベンチからのスタートだった。

「双葉ちゃん下がっちゃったかぁ……」

 凪沙は残念そうな声を出すが、下がるのも仕方のないことだ。
 むしろ他のメンバーが一度ずつ下がっているのに、前半をフルで戦っていたのがおかしいくらいだ。

 それができたのは、ほとんどの攻撃をアシストに徹し、得点を決めたのは僅かシュート一本のみ。
 31点中の3得点。
 ただ、これだけ体力を温存して前半を戦えたのは、あまり動かなかったからこそできたことだ。

「フルで出るのはキツイしな。それにここからが本領発揮っていうのは凪沙がよくわかってるだろ?」

「まあねぇー」

 凪沙はニヤニヤとしながらそう言った。
 双葉は俺の後輩だ。
 一学年しか変わらない凪沙とも共にプレーしている。

 だからこそ、退いた後もが残っているというのは、凪沙が一番わかっていた。
 その爪痕というのはかなり深かった。

 確実に点が奪えると踏まない限りは早く攻めず、ゆっくりと攻める攻撃をするのが双葉だった。
 しかし、代わったPGポイントガードは素早く攻める攻撃をする。

 前半の二十分かけて根付いた、という残像ざんぞうは相手の頭から離れない。
 守備はボロボロだ。

 ただ、相手も当然変化をつけてきている。
 逆にやり返されることも多く、得点は変わらないどころか縮められてしまう。
 お互いにただ殴り合うだけだ。
 そして第3Qは双葉の出番がないまま終わりを告げる。

「40対41か……。わからなくなってきたな」

 リードしていた点差を詰められ、気がつけば逆転されている。
 順調にリードを広げれば勝利はほぼ確定だったが、上手くいかないのが全国だ。

「やっぱりレベル高いね。おにいなら勝てる?」

「まさか。俺なんかだいたい地区大会で勝ち残れるかで、県大会の序盤で負ける弱小だぞ? 体格は勝ってるからいい勝負ができるかどうかくらいだよ」

 双葉とやりあっても、その日によって勝つか負けるかわからないくらいだ。
 辞めてから日が経ってるとはいえ、俺にはそれくらいの実力しかない。

「双葉も全国は初めてだし、ここから通用するかどうかが勝負ってところかな」

 中学時代は県上位が関の山だった。
 双葉は『個人なら全国レベル』と言われていたような選手で、凪沙も良い選手だが、ただの県立校である故に他の選手は揃わない。
 部活に力を入れている私立や、指導者に恵まれた県立校には総合力では敵わなかった。

「さて、双葉が出てきたぞ」

 第4Qの頭から双葉は出てくる。
 インターバルと第3Qの計二十二分も休んだため、最後まで出続けるだろう。
 ここからが桐ヶ崎の正念場だった。



 第4Qも変わらない。
 十分じゅっぷんある時間の中で、三分ほど経過した時点でも双葉はじっくりと攻めていく。
 お互いに交互に点を取り合い、48対49だ。

「でも、ここからがすごいんだよね、双葉ちゃん」

 凪沙はまるで自分のことのように自慢げに胸を張っている。
 一回戦は大勝していたため使わなかった戦法。
 相手は県大会の試合を分析していたとしても生で見るのは初めてだろう。
 桐ヶ崎が一本決めると、また相手も一本決める。
 そして双葉の本領が発揮する。

「来たぞ」

 桐ヶ崎のボールとなった瞬間、双葉はあっという間に相手陣に切り込んでいく。
 その姿に見惚れるように相手は釘付けになり、気がつけばシュートを決めていた。

「やった!」

 今までのゆったりとした攻撃とは対極の素早い攻撃。
 それも、第3Qで双葉に代わって出場した選手よりもさらに速い攻撃だ。

「これが、俺がやりたくてもできなかったことなんだよなぁ……」

 俺はゆったりとした攻撃が得意だ。
 ただ、相手が慣れて対策された時、次は緩急をつける攻撃を身につけようとした。

 それでも、元々パスが上手いわけでもなく、速いパス回しができるわけでもない。
 そして自分で切り込むほどの実力もない。完全にデッドロック状態だ。

 淡々と攻めた後の変化球。
 その変化球を俺は身につけられなかった。
 しかし双葉は俺の理想を……いや、理想以上のプレーをしてくれる。
 それは自分のことのように嬉しかった。

「まあ、一人だけならすぐに止められるけど、双葉は止められないんだよな」

 双葉は連続で点を奪い、それでも相手は3Pスリーポイントシュートを決め、同点に追いつかれる。
 それでも双葉は今まで温存していた体力を使い切るかのように、次々とシュートを決めていく。

 ただ、相手も負けていられない。
 桐ヶ崎が連続してシュートを決めるのならと、3Pシュートを中心に攻撃を組み立てる。
 そのほとんどを外すこともなく、それでも桐ヶ崎は連続で攻撃を決めるため、点差はあまり変わらない。

「ラスト一分。……61対61か」

 最後の最後まで接戦だ。
 ラスト四十五秒というところで、双葉はさらにシュートを決める。
 これで2点のリードだ。

 しかし、相手もやり返すように、この時ばかりはじっくりと攻めてくる。
 最初は素早く攻めようとしたが桐ヶ崎に止められ、攻撃に使える二十四秒ギリギリまで使って攻めてくる。

 ただ、そのシュートは外れ……いや、わざと外したのかもしれないが、さらに十四秒を使って3Pシュートを決めた。

 残り七秒。
 攻撃はできるが十分とは言えない微妙な時間。そんな状況で逆転された。

「頑張れ、双葉ちゃん……。頑張れ!」

 最後の攻撃。
 その直前、双葉は一瞬こちらに視線を向けた気がした。

 ――いや、それは気のせいではない。
 もう守備に意識を向けることはない。
 たった七秒を使い、五人で全力で攻めていく。

 双葉はパスを回し、相手を翻弄する。
 これで五秒。

 そして、双葉は相手陣に突っ込み、ゴール近く……双葉が得意な場所を陣取った。
 そこでパスを受ける。
 もうパスを出している時間はない。
 ここで決めなければいけない。相手もそれをわかってか、他の選手のマークを外れ、二人がかりで双葉に襲いかかる。

 万事休す……な、はずはない。

 そのままシュートを打てば止められる。
 身長が低い双葉に対して、相手は十分な身長だ。
 それならかわすしかない。

「いけ!」

 俺の方を見た意味。
 それはクラスマッチで俺が同じことをしていたからわかる。
 双葉の得意なステップバックシュートを打ったから。

 答えは一つだ。

 双葉は後ろに飛びながら、シュートを放つ。
 その距離に、相手のブロックは僅かに届かない。
 そして、双葉の放ったシュートは、ゴールリングの中に収まった。

「っしゃ!」

 ガッツポーズをする双葉。
 そして双葉に駆け寄る桐ヶ崎のチームメイト。
 相手チームは接戦で負けたことで、項垂れる者もいれば天を仰ぐ者もいた。

「ナイスファイト!」

 劇的な勝利を収めた桐ヶ崎を賞賛する大歓声の中、凪沙は聞こえるのかわからないがそう叫んでいた。
 すると、双葉はその声が聞こえたのは、はたまた偶然なのか、俺たちがいる方を向くと満面の笑みを浮かべてピースサインをする。

 ――双葉のこの笑顔を見れただけで、ここに来た価値がある。

 俺は叫びたくなる気持ちを抑え、静かに拍手を送る。
 顔が熱い。この熱はしばらく収まることを知らなかった。
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