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第一章 高校二年生編

第48話 城ヶ崎美咲は話したい

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 薄暗くなってきた街中では、星のような色とりどりの光が煌めいていた。

「すいません。お待たせしました」

 普段は遅刻しない俺だが、この時ばかりは五分ほど遅れて到着する。

「構わないよ。むしろ予定がある中、時間を作ってくれて嬉しいよ」

 そう言って、城ヶ崎美咲先輩は笑顔で迎えてくれた。

 普段は飾り気のない……それでも美人な美咲先輩だが、クリスマスイブという空気に充てられてか、それとも学校以外ではそうなのか、薄っすらと化粧をしている。元々整った顔立ちだからこそ、目立たない程度の化粧だけでもガラリと印象が変わる。

 それに俺の胸はドキリと高鳴った。
 隠すように、いつもと同じように話しかける。

「何気に遊びに行くの……というか、勉強以外で会うのって初めてですね」

「そうだね。最近はテスト勉強で休日も会っていたけど、それ以外だと偶然会った時くらいかな?」

 中学生の頃に一度だけ、街中をぶらついていた時に会ったことがある。
 お互いに予定を済ませた後ということもあって、少しだけ遊んだことがあった。
 勉強以外の理由で予定を合わせて会うのはこれが初めてだ。

「そう考えてみると少し恥ずかしいな……。一応クリスマスだから、服も変えてみたんだが、変じゃないかな?」

「いえ、似合ってますよ」

 休日に勉強を見てもらった時も私服ではあったが、無難な印象の服だった。
 それでも美人の先輩によく似合っている。
 しかし今日は少し派手め……とは言っても、上は白のセーターにクリーム色のコートと落ち着いているが、下がクリスマスを象徴するような赤色のスカートと美咲先輩の印象にはない服だ。
 それでもやはり似合っている。

「先輩は美人ですから、なんでも似合いますよ」

「そう言ってくれると嬉しいけど、誰にでも言ってるんじゃないかな?」

 疑うような視線を向けられ、俺は両手を振って否定する。

「そんなわけないじゃないですか。こんなこと言う相手なんて、そもそもいないですよ」

「冗談だよ。褒めてもらえて嬉しいよ」

 わざと大袈裟に言っただけなのか、美咲先輩は意地悪な顔で微笑んでいた。

「私が止めておいてなんだけど、せっかくだから立ち話じゃなくてイルミネーションでも見てから歩かないかな?」

「そうですね。ご飯にはまだ早いですし」

 クリスマスというだけあって、辺りはイルミネーションで彩られている。
 冬の期間であればクリスマス以外でもライトアップされているが、特別な日を楽しむため、俺たちは幻想的な風景を楽しみながら歩き始めた。



 一通りイルミネーションを楽しんだ俺たちは、美咲先輩のチョイスしたイタリアンレストランに来ていた。
 外装も内装も、そしてコース料理と高級そうだが、一人当たり五千円と手の届かない値段ではないレストランだ。
 ……それでも十分に高いが。

 ただ、せっかくのクリスマスイブ。
 普段からあまり散財もしないため、こういう特別な日くらいは楽しみたい。
 運ばれてくるコース料理に緊張している俺に気を遣ってか、美咲先輩が話を切り出した。

「それで、双葉さんの方はどうだったんだい?」

「ギリギリで勝ちましたよ。双葉は『流石』って感じで、かなり活躍していました」

 前半ではアシストに回っていたため、目に見えた活躍というのはあまりなかった。
 それでもそのパスから決まることが多く、十分に活躍していたと言える。
 そして後半は怒涛の攻撃で、第4クォーターだけでも14得点を入れた。合計17得点と、パス回しが本領のPGポイントガードにも関わらず、結果的に一番得点を叩き出した。
 そのことを熱くなりながら語る。

「楽しめたようだね」

「あっ、つい。すいません」

 熱くなってしまったことが恥ずかしくなり、俺は縮こまって謝罪をした。

「いやなに、久しぶりに颯太くんのバスケトークが聞けたからね。私もスポーツは好きだから、そういう話を聞くのも好きなんだよ」

 本当に楽しそうに、嬉しそうに美咲先輩は頷きながら話を聞いてくれる。
 自分も高校生になってもうすぐ二年、少しは大人になった気分でいたが、やはり美咲先輩の余裕ある大人っぽさには敵う気がしない。

「双葉さんとは話せたのかな?」

「会場では無理でしたけど、昼ご飯がてら外で会いましたね。……それのせいで少し遅れてしまったのは申し訳ないです」

 最初に一度謝罪をしたが、改めて謝罪をする。
 俺が遅れた理由は簡単で、新幹線に乗り遅れたのだ。
 幸い乗車券は予約していなかったため、予定よりも遅い時間の新幹線に乗ることができたが、そのせいで余裕を持って行動していたはずが、ギリギリ間に合わなかった。

 そしてそれも、元を辿れば双葉と凪沙の二人と、バスケトークが白熱したからだ。
 美咲先輩と約束していたのは駅前のため直行すれば間に合っていたのだが、大荷物を持ったままにもいかず、コインロッカーに預けたとしてもクリスマスディナーの後にキャリーケースを引きながら帰るのもはばかられ、凪沙に俺の分まで任せるのも気が引けた。
 結局一度帰り、準備してから来たため遅れてしまった。

「ちゃんと連絡ももらっていたし、構わないよ。毎回されると困るけど、いつも颯太くんは時間を守るし、たまになら待ち合わせをしている気分も味わえるよ」

 よくわからない感覚だが、美咲先輩としては遅れて来たのが逆によかったようだ。
 それもクリスマスイブという特別な日だからだろうか。

「それに私にとっては高校最後の冬。こうやって颯太くんと一緒にご飯を食べれるだけでも十分だよ」

 美咲先輩は三年生。
 あと三ヶ月もすれば卒業してしまう。

「そんな大切な一日を俺に使ってよかったんですか? 友達とか、彼氏さんとか」

「クリスマスに遊べるような友達はみんな彼氏と予定があるんだよ。それと、私に彼氏なんていないのは颯太くんも知ってるだろ?」

「知らないだけでいるかもしれないじゃないですか。わざわざ俺に報告する理由もないですし」

「それもそうだね。……でもいないよ」

 今まで浮いた話を一切聞いたことがない。
 美人で性格もいい美咲先輩は当然のようにモテるという噂を聞くが、一度も彼氏がいるという噂は耳にしない。
 以前にも本人から聞いたが、一度も彼氏ができたことがないと言う。

「美咲先輩、モテるし選びたい放題なんじゃないですか?」

 噂だけなら、三年生の元サッカー部のエースや卒業した元生徒会副会長など、スペックの高い人からも告白されていたと聞いている。

「確かに打算的に考えるなら選べるかもね。でも、私はとりあえず付き合ってみるとかは嫌なんだよ。付き合うなら好きになった人がいいかな」

 真面目な美咲先輩らしい答えだった。
 俺は美咲先輩ほど深くは考えていないが、『付き合うなら好きになった人』という点は似たような考えをしているため共感できる。

「そう言う颯太くんこそ、双葉さんと仲が良いじゃないか。あとは……、本宮花音さんだったかな? いつも一緒にいる若葉さんや虎徹くんたちと四人でいるのも見かけるし、付き合ったりとかはないのかな?」

「付き合ってたら美咲先輩と……、女性とご飯なんて来ませんよ」

「好きとかは?」

「ないですね。双葉は後輩ですし、かのんちゃん……本宮さんは普通に友達です」

 双葉や花音と付き合えれば幸せかもしれないが、結局のところ『好きではない』というところで落ち着いてしまう。……実際に告白でもされれば揺らぎそうな気はするが。

「颯太くんの春も遠そうだね」

「そういう美咲先輩もですけどね」

 春が遠いのはお互いだ。
 それでも大学生になる美咲先輩は出会いも多いだろうから、案外早いかもしれない。
 そんなことを考えていたが、美咲先輩はとんでもないことを言い始めた。

「それなら、私なんてどうかな?」

 いきなりのことでむせてしまう。
 咳き込みながらも水を飲み、一旦心を落ち着かせる。
 ただ、美咲先輩は妖艶な笑みを浮かべており、どうしても落ち着かない。

「からかわないでくださいよ。第一、美咲先輩と俺じゃ釣り合いませんし」

「そうかな? 学力は置いておいて、颯太くんは優しいし、性格面では良い男だと思うけど」

「優しいって特徴がない人の褒め言葉って聞いたことがありますよ。あと、褒め言葉に優しいって言う人は恋愛対象にならないって聞きます」

 テンパってしまい、卑屈な言葉を並べる。

「そういうつもりじゃないんだけどなぁ……。恋愛対象になるかは人それぞれだし、どっちにしても優しいか優しくないかだったら優しい方がいいんだから、颯太くんはもっと自信を持っても良いと思うよ」

 そう言って優しく微笑む姿に、やはりいつもとは違う視線を向けてしまう。
 それがクリスマスイブだからなのか、普段とは違う美咲先輩を見ているからなのか……。

「……でもそうか、颯太くんはそんなに嫌なんだね。残念だな、振られてしまったよ」

 わざとらしい言い方をしながら、妖艶な笑みを浮かべる美咲先輩。
 そんなことを言われてしまえば勘違いもしたくなる。
 この日、俺は最後まで緊張させられっぱなしだった。
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