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第一章 高校二年生編

第57話 本宮花音は暴露する

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 私は勝手に孤独だと思っていた。

 ぐいぐい行く私に、颯太くんは仕方なく付き合ってくれているんだと思っていた。

 オタクな私に、オタクじゃない若葉ちゃんは無理に話を合わせようとしてくれているんだと思っていた。

 いつもは落ち着いている虎徹くんは、私に気を遣ってテンションを合わせてくれるんだと思っていた。

 私は惨めだ。
 そんな人たちじゃないはずなのに、どこか疑ってしまっていた。

 そんな醜い心の自分が嫌いだ。

 信じても良いのかな?
 なんて、考えるまでもない。

 信じたいと思っていた私。
 でも信じられない自分がいる。

 この人たちは信じてもいいんだ。
 勝手に思い込んでいただけで、みんなは私を一人にしない。
 だって、みんなにとって私がどうでもいい人なら、クリスマスと被っている誕生日のために別のケーキまで用意して、別のプレゼントまで用意して、私を喜ばせるためにサプライズなんてしないだろう。

 ……こんなめんどくさい女を相手にしないだろう。

 嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
 私の目から、たまらず涙が溢れてしまった。



「え、どうしたの、かのんちゃん」

 涙を流す花音に、若葉は触れていいのか手を空中で彷徨さまよわせる。
 珍しく虎徹も狼狽うろたえており、二人に比べて冷静な俺は食卓にあったティッシュを差し出した。

 拭いても拭いても止まることのない涙。
 それでも花音は、嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ。

「わた、わたし。うれしかっ、た」

 止まらない涙を何度も何度も拭い、言葉を繋ぎ、伝えようとしている。
 俺たちは黙ってそれを聞いていた。

「ごめん、なさい。いままでさ、やっぱり、みんなのこと、どこかしんらい、できていなかった。でもね、こうやっ、て、わたしなんかのために、いろいろして、くれてさ、ほんとうに、ともだちなんだな、って」

 詰まりながらも必死に声を絞り出す。

「たんじょうびも、くりすますだし、いったら、めいわくかな、って、だから、いわなかった、けど、こうやって、いわってくれたのが、うれしい」

 気兼ねなく話せるようになったと思っていた。
 実際それは間違いではないだろう。
 ただ、やはり花音はどこかで遠慮していた。
 花音は『四人でクリスマスパーティーを楽しみたかったから誕生日を黙っていた』と言いたいのだ。

 いつもは落ち着いている花音。
 からかって反応を楽しむ小悪魔のような、子供っぽい一面もあるが、それでも一線を引いて恥ずかしいところはあまり見せようとしない。
 しかし今は、まるで幼い子供のように泣きじゃくっていた。

 そんな様子に若葉も虎徹も、どうすればいいのか悩んでいるのだろう。
 声をかけようと口を開きかけるが、なんと言えばいいのかわからずに言葉は出てこない。
 俺だってわからない。
 それでも、言葉で伝えるしか方法はない。
 言葉がまとまらないまま、俺は口を開いた。

「俺たちはさ、迷惑なんて思ってないし、思わなかったと思う。だって友達の誕生日を祝うことが嫌なら、それって友達って呼べないと思う。でも花音は友達だ」

「……うん」

「正直さ、花音が誕生日のことでそんなに悩んでたとは思ってなかった。でもさ、例えば花音の誕生日が別の日で、俺たちの誰かがクリスマスとかバレンタインとか、イベントごとの日だからってまとめてやったとしても、適当にやっとこうって思う?」

「……思わない」

「俺たちもそうなんだよ。花音が友達で大切だから、自分たちも楽しみたいけど、誕生日の花音にはもっと喜んでほしいってさ。クリスマスでも花音にとっては誕生日なんだって。だから俺たちはこうやって祝ったんだよ」

 うまく言葉がまとまらない。
 もどかしい気持ちがこみ上げ、頭を掻いて考えていると、その気持ちを若葉が代弁する。

「颯太ほど深く考えてないかもだけどさ、私と虎徹にとって、かのんちゃんは友達なんだよ。だから誕生日は祝うし、それがクリスマスだっただけ。予定が合わないから別の日にそれぞれできなかったのは残念だけど、花音ちゃんの誕生日は祝いたかったし、私たちもかのんちゃんとクリスマスを楽しみたかったんだ」

 花音は頷きながら若葉の話を聞いている。

「……かのんちゃんは、何か嫌な思い出とかあったの?」

 花音が素を隠していたのは中学時代のことがあったから。
 俺にとっても若葉にとっても、それは話は衝撃的なことだった。

 そして、『何か言えていないことがあるんじゃないか?』『嫌な思い出があるから、誕生日を祝うというだけで花音はこんなにも悩んでいるんじゃないか?』と、そう考えてしまう。
 しかし花音は首を横に振った。

「嫌、とかじゃなくてさ、中学生の頃も、誕生日は祝ってもらえてたんだ。でも、中学生だったからって、こともあったから、ケーキとか、プレゼントとか、ここまでしてもらえたのが初めてで。それが、本当に、ただ嬉しかっただけ」

 仕方のない話。
 バイトをしているから余裕があるだけで、俺たちが中学生の頃に出会っていたとしてもこれだけのことはできなかったはずだ。
 普通の日ならまだしも、イベントが重なればそちらにもお小遣いを使うことになるのだから。

 ただ普通の友達として、普通に祝われることが、花音にとって誕生日ではありえないことだった。
 だからこそ、普通のことが花音にとっては嬉しいことだったのだ。

「別にさ、すぐ信頼しろなんて言わない。俺だって本宮のこと100パーセント信頼してるわけじゃないし、前も言ったかもしれないけど颯太とか若葉とかにも黙ってることはある」

 虎徹は落ち着いてそう言った。
 親兄弟にだって言えないことはある。
 自分だけの秘密なんてものはあっておかしいことではない。
 俺は比較的オープンではあるが、それでもやはり言えないことというのはあるのだ。

「前話した時に『本当の友達』って話しただろ? だからなのか、本宮はだから自分の全部をさらけ出さないといけないって思ってるかもしれないけど、そんなことはない。言いたくなかったら言わなくてもいい。ただ、言いたくないことを言おうと思った時に言えるのが信頼してるってことなんだと俺は思うよ」

 俺と若葉とは違う視点だが、それは確かに俺たちも思っていることだ。
 俺たちは花音が『誕生日を祝ったこと』についてばかりだが、虎徹は深層に踏み入っていた。

「……虎徹の言う通りだな。そもそも完全に信頼できるほどの積み重ねも俺たちにはないんだよ。だからを気にする必要はないんだよ。そもそも遠慮だってするし、俺もしてる時はある。それは花音だけじゃなくて、虎徹や若葉にもそうだよ」

 花音のことを信頼できる友達だと思っているが、付き合いが長い分、虎徹や若葉の方が曝け出している。
 それだけの関係を今まで築いてきたからだ。

「花音はさ、考えやすい子だと思う。……ってか、最初から知ってる。花音は自分のことを性格悪いって言ってるけど別にそんなに悪いって思わないし。むしろ良い方。そもそも本当に性格悪い人は『自分のこと性格悪い』って言わないし」

 性格が悪ければその方向によるが、自分の傲慢さには気付かない。
 それが普通だから。

「自分でそう思って気にしているだけ性格良いし、花音にとってコンプレックスなのかもしれないけど、気にしてるとことか、ぶっちゃけ可愛いって思う」

「えっ? か、かわ?」

「少なくとも俺たちは花音と一緒にいたいと思うし、楽しみたいと思ってる。性格とかそういうの含めて花音……ってのは前に虎徹だったか言ってたと思うけど、そういうのとかめんどくさいとことか全部含めて花音なんだ。……これからそういう悩みとかずっと付き合っていくから、俺は花音とずっと一緒にいたい!」

 話は若干逸れた気がするが、言いたいこと、本心は言ったつもりだ。

 俺は一仕事終えた気分で一息つくが、三人は無言のままだった。
 様子を伺うと、虎徹と若葉は苦笑いしている。
 そして花音の方を見ると、着ているサンタコスの赤と同化しているかのように、顔や耳まで真っ赤にして「あうあうあう」と言っている。

「颯太それさ……」

「なあ、そうだよな……」

 言いづらそうにする若葉と虎徹。
 二人は何か通じ合っている様子で頷き合っていた。

「颯太くん。それ、ぷろぽーず……?」

「え?」

 どこにプロポーズの要素があったのだろうか。
 そう思っていると、虎徹から指摘が入る。

「『ずっと付き合っていく』とか、『ずっと一緒にいたい』とか、プロポーズだろ。やるな颯太」

 そんなことを言う。

 拡大解釈している気がしなくもないが、捉えようによってはそう聞こえてもおかしくないセリフだ。

「え、いや、その。そういうつもりじゃ……」

「あ、うん、そのさ。嬉しいけど、結婚とかちょっと……。颯太くんは良い人だし、良い友達だと思ってるけど、そういう対象としては見てないかな? なんて」

「ちがっ……、友達として! 友達としてだから!」

 告白すらしていないのに振られた。
 俺としてもプロポーズのつもりではない。
 が、ハッキリ言われるとそれはそれでショックだ。

 顔が熱い。
 俺の顔は真っ赤だろう。
 花音も真っ赤だ。

 二人はクリスマスカラーのまま、ケーキを食べ、パーティーはお開きとなった。
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