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第二章 高校三年生編

第80話 春風双葉は言い切れない

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 夏海ちゃんと美咲先輩。
 二人と遊び、平和に終わった。

 しかし、その後もアプローチは続く。あからさまに『好き』と伝えては来なくなったが、腕に抱きついて来ることがある。
 ……アピールのつもりだろうが、ただ無邪気なだけかもしれないため、強くは言えない。

 俺はそんな彼女に悩まされており、今は大きな危機に直面していた。

 それは……、

「先輩……」

 双葉だ。



 昼休みに入り、購買へパンを買いに行った後のことだった。
 教室に戻ろうとしていた俺は夏海ちゃんに突然抱きつかれ、一緒にいた虎徹はそそくさと逃げて行く。

 ――裏切り者め!

 そしてそんな時、体育終わりの双葉と遭遇した。

 見られて困るわけでもないが、なんとなく気まずい。
 双葉は頬を膨らませ、怒っている様子だった。

「いや、双葉? これはその……」

「先輩はぁ、女の子を侍らしてぇ、節操がないんですかねぇ?」

 いつもとあまり変わらない感じだが、どこか怒気が孕んでいる気がする。

 ――いや、そもそも彼女でもない双葉に、何でこんなに怒られないといけないんだ!?

 そう思ってはいるが、言い返せない。
 予定が合わなかったこともあるが、花音の一件以来あまり双葉と話す時間が取れなかった。
 双葉は「お返しなんていらないですよー」と言ってはくれているが、俺は何かさせてくれと言ってあった。
 そんな中で別の女の子と仲良くしている……しかも花音や若葉のように普段から話している人ではなく、双葉にとっては知らない人のため、複雑な心境はあるだろう。

 あれだ、友達が盗られたとか思ってしまうやつだ。

「あれー、双葉ってことは、噂の春風双葉先輩ですかー?」

「……そうですけど」

「いつも姉がお世話になっていますー。美咲の妹の城ケ崎夏海ですー」

 話し方こそいつものようにゆるゆるはしているものの、夏海ちゃんは俺の腕を離して丁寧にお辞儀をする。
 ……こういうところは美咲先輩に似ている。

 毒気を抜かれた双葉は釣られてか、「ど、どうも」とお辞儀を返した。

「最近姉と良く遊んでくれてるみたいでー。姉は友達が少ないので、いつも楽しそうに話してくれるんですよー」

「そ、それはどうも」

 双葉は照れたように頭を掻いている。

 それにしても知らなかった。
 双葉と美咲先輩は学校では話す中だが、学校外で遊ぶことはないと以前聞いていたからだ。
 俺の知らないところでどうやら仲良くなっていたようだった。

「はっ……! そんなことよりも先輩!」

「な、なんだ?」

「ちょっと話したいことがあるので来てください! 夏海ちゃん、先輩借りていくね!」

「あー……」

 夏海ちゃんはどこか名残惜しそうにしていたが、双葉は有無を言わさずに俺の腕を引っ張っていった。



「先輩! なんですかあの子は!」

「え? 美咲先輩の妹で……」

「そういうことじゃなくって!」

 双葉は声を荒げている。
 俺はそんな圧に押されていた。

「どういう関係なんですか! あんなにくっついて! さきさき先輩よりもあの子が良いって言うんですか!?」

「いや……、そんなことはないけど……。って、ん?」

「あっ!」

 とっさに口を押える双葉は『やらかした!』といった表情をしている。

 そんな行動をとらなければ気のせいだと考えてスルーしてしまっていた……もしくは誤魔化せただろう。

「なあ、卒業式の屋上でのことって、なんか知ってる?」

「な、なんのことですかー?」

 明らかな棒読みだ。
 こういったポーカーフェイスはそこそこ得意なはずの双葉だが、何故かこの時は明らかな動揺を見せていた。

「誤魔化せませんか? もしくは聞かなかったこととか、見なかったことにしてくれません?」

「それ、言ってるようなもんじゃん」

 沈黙は肯定なり。
 いや、沈黙と言うよりも墓穴を掘ったと言うべきだろうか。

「うぅ……。さきさき先輩から聞いていたんですよ」

 俺は二人の関係を知らない。他人の交友関係を把握できるわけもないため、それは当然のことだ。
 そのため、美咲先輩が誰と仲が良いなんてことも知るはずがない。
 ただ、恋愛関係の話をしているということは、そのことを話せるだけ二人は親密だったということなのだろう。

「そうなのか。いや、別に俺がとやかく言う話じゃないけどね? 気になっただけだよ」

「あ……、そうですよね」

「ん?」

「……なんでもないですよ」

 双葉はどこかほっとした表情を浮かべたように見えた。
 それは何かを隠しているということはわかったが、バレていないことにホッとしているということはあまり触れてほしくないことなのだろう。

 俺は沈黙していると、双葉は思い出したように「それよりも!」と顔を近づけてくる。

「先輩はあの子のことをどう思ってるんですか!?」

「いや……別に何もないけど。告白されたけど、断ったかな」

「なっ……!」

 夏海ちゃん自身が隠さずに、むしろ大っぴらにしていることだ。俺はそのことを正直に話した。
 すると双葉は再び焦ったような……そして驚いたような表情を浮かべた。

「何ですか? 姉妹でハーレムですか? 先輩はそういうのがお好みなんですか?」

「いや、俺の気持ちの問題ではないんだけど……」

 美咲先輩と夏海ちゃん。二人に好かれていることで俺が責められるのはおかしい。

 双葉は色々と言いたいことがあるのかもしれない。
 考え込んでいる様子で、言いたいことがうまく伝えられない。言葉を詰まらせながら、「あの……、いや、でも……、だから……」と何かを言おうとしては止め、それを繰り返している。

「双葉?」

「……いや、すいません。私が言えることじゃなかったですね」

「お、おう」

 嫌に素直な双葉。
 不自然な様子に言いかけていたことが気にはなるが、自己完結したのだろう。

「えっと……、言いたいことがあるなら話聞くけど……?」

 俺がそう言っても、双葉は黙ったままだ。

 ――もしかして……。

「前に言っていた話したいことって関係してたりする?」

 もう半年前だろうか。そんな話をしたことがある。
 正確には中学生のころから言ってはいたが、その時はもう過ぎたことだから言わなかったのだと思っていた。

 しかし、前に伝えられた時、双葉の中で伝えたいけど踏ん切りがつかないことなのだと納得し、俺はそのを話してくれるのを待っていた。

 双葉はゆっくりと頷いた。
 そのことだ、ということだった。

「そうか……、それって正直何のことなのかさっぱりわからないんだけど、今のことに関係してたりする?」

 俺がそう尋ねると、双葉は「……少しは」と答えた。

 伝えたくても伝えられない。
 そのことが双葉にはもどかしく、情緒不安定になっていた理由、ということだろう。

「……双葉」

「何ですか?」

「今度、遊びに行かないか?」

 前のお礼。……というのも少しあるが、俺が友達として遊びに行きたかったのだ。

「ぜ、ぜぜぜぜ、ぜひ!」

 双葉は顔を真っ赤にしている。

 考えてみれば、俺の方から誘う……しかも突拍子もないタイミングで、というのは今までなかったかもしれない。

「じゃあまた予定合わせようか」

「はい!」

 ちょうどそのタイミングで予鈴が鳴った。
 もうすぐ五時間目が始まる。

 ……つまり、ご飯を食べ損ねた。

「じゃ、また」

「は、はい」

 俺たちは慌ててそれぞれ教室に戻った。

 気を抜いた瞬間、双葉の可愛いお腹の音が聞こえたのは、知らないふりをしておこう。
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