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第二章 高校三年生編

第80.5話 かのんちゃんはハロウィンをしたい!

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「トリックオアトリート!」

 放課後に帰ろうとしていたところ、突然のことに俺は目を丸くした。
 なんせ、目の前には制服姿の双葉がただ立っているだけだったからだ。

 しかし、しばらく考えてから今がそんな時期だということを思い出したのは、俺にとってあまり馴染みのないイベントだからだ。
 どうしてもクリスマスのようなイベントに比べると、ハロウィンというのは印象が薄く感じてしまう。
 今朝にも同じ話題が上がったが、放課後になるころには記憶から抜け落ちていた。

 ただ、俺はツッコみたかった。

「それ、昨日じゃね?」

 今日は十一月一日。
 ハロウィンは昨日なのだ。

「そうですけどー、昨日休みだったじゃないですか? だから今日にしようかなって」

 確かにそれはそうかもしれない。
 昨日は休日で、双葉と会う予定もなかった。

 双葉は元気よく「お菓子ください!」と両手を出してねだってくる。

 しかし、ハロウィンはよくわかっていないが、先輩にお菓子をねだるイベントだっただろうか?

「まあ、その前に一つ聞いていいか?」

「何でしょう?」

「ハロウィンって、仮装するもんじゃなかったか?」

 今目の前にいる双葉はただの制服姿の双葉だ。

「ちっちっち、甘いですね」

「なんだ?」

「よーく見てください」

 そう言った双葉は、足元を指差した。
 よく見ると、スリッパの色が違う。

「これは若葉先輩に仮装しているんですよ! 先輩ならお菓子くれるって言ってたので、借りました!」

 自信満々に言うが、『それは仮装なのか?』という疑問は残る。
 ――まあ、これ以上引っ張るのはめんどくさいな。

「ほい、これ」

 俺はそう言って、登校中に買ったカンガルーのマーチを渡す。何個かが個包装されて大袋に入っているタイプのもののうちの一つだ。
 これは朝練のなく一緒に登校した若葉に、「トリックオアトリート!」と同じように言われたため買ったものだった。言ってしまえばそれの残りだ。

「あ、ありがとうございます!」

 ちょっとしたものだが、どうやら双葉は喜んでくれているようだ。

 嬉しそうにしている双葉に、俺は片手を出した。
 すると双葉は頭にはてなを浮かべて、俺の手に手を重ね、お手をした。

「違う。トリックオアトリート。なんかないの?」

 仕返しと言わんばかりに俺は言い返した。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」

 双葉は慌てたようにポケットを探る。
 しかし、何も出てこない。
 部活前ということもあって、双葉は何も持っておらず、ただ俺にお菓子をねだりに来ただけなのだから。

 そして、恐る恐る、俺が渡したばかりのお菓子を渡してきた。

「こ、これで勘弁してください」

 泣く泣くといった様子で双葉は渡してくる。
 当然渡したばかりのものを返してもらっても、受け取るはずがなかった。

「トリック!」

「はうっ!」

 脳天にチョップを食らわせる。……とは言っても勢いはないため痛くないだろうが、双葉は突然のことに驚き、変な反応をしていた。

「いたずらしたからもういいよ。ほら、部活頑張ってこい」

「むう……。お菓子はありがとうございます。でも不服です」

「はいはい」

「また覚えておいてくださいね!」

 双葉は悪役のようなことを言いながら去っていった。
 恐らく、また何かお返しをするということなのだろうが、言葉のチョイスがある意味秀逸だった。

「……ふう」

 俺は一息つくと下駄箱に向かう。
 これでようやく帰れる。

 しかし、そんな時だった。

「あの、青木くん」

 後ろから可愛らしい声でそう声をかけられ、俺は体を弾ませた。

「えっと……、かのんちゃん、どうかした?」

 クラスの……学校一の美少女と噂されている本宮花音。
 花音はたまに話しかけてくれるが、俺とは縁のないような完璧な美少女だ。
 完璧すぎてどこかとっつきにくいところはあるが、男女共に憧れの的の彼女から話しかけられるというのは、俺も少なからず嬉しい気持ちはあった。

 もじもじと恥ずかしそうにしている花音。こんな場所ではありえないが、告白してくるのではないかと錯覚してしまう。
 ……それはそれで困りそうだが。

 しかし俺は知っている。花音はもっと俺に対してガツガツとくることを。
 本性を知って一カ月弱、花音は本性を見せたことで、最近は遠慮がなくなったのだ。

「あ、もしかして告白かと思った?」

「そ、そんなわけないけど?」

 案の定というのか、花音はニヤニヤとした笑い顔に変わった。

「あ、動揺してるー」

「してないし!」

 花音はいたずらっ子のように笑っている。
 可愛いのは可愛いのだが、からかうのは勘弁してほしい。

「ふーん、まあいいけど……それよりさ」

 花音はまた違った……今度は普通の笑顔を見せた。

「青木くん、トリックオアトリート!」

「えっ!?」

 今さっき聞いた……俺も言った言葉だが、理解が追いつかなかった。

 数コンマ遅れて理解が追いつくと、俺は花音にも双葉に挙げたのと同じものを渡した。

「あ、こんなので良ければ」

「……ありがとう!」

 ――やっぱり可愛いんだよな。

 大したものでもないが、花音は満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくる。
 この笑顔に、俺の心臓はドキリと跳ねた。

 いたずらっぽくからかってくる花音。
 素直な笑顔を見せてくる花音。
 どちらが本物なのかわからない。……むしろどちらも本物なのかもしれない。

「そ、それじゃあ……」

「えっ?」

 驚いた声を上げる花音に俺も驚いた。

「青木くんの方はいいの……?」

 ――あ、そういうことか。
 言われたいのだということに気が付き、俺は言い返す。

「トリックオアトリート」

「……はい!」

 そう言って花音は、あらかじめ用意してあったお菓子の詰め合わせを渡してきた。

「ありがとう」

「う、うん。それじゃあ」

 そう言って花音は、俺を追い抜いて靴を履き替えると足早に帰っていった。

 少しだけ距離は縮まったが、どのような距離感で接すればいいのかというのは、いまだに掴めていなかった。

「やっべ、バイト」

 虎徹もバイトのため先に帰っていたが、俺もバイトがあった。
 今日は提出物があったため、職員室によっていたため別々だ。

 俺は花音にもらったお菓子をカバンに詰めると、急いで靴を履き替えた。



 これは花音の本性を知ってすぐ……一カ月も経たない時のこと。
 関係がどのように変化していくのか、この時の俺は知る由もなかった。
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