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第二章 高校三年生編
第92話 綾瀬碧は仲良くなりたい
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体育祭が終わり、係員たちは後片付けをしている。
俺たちは汗まみれになっているため、早く着替えたいところだ。
教室に戻ろうとしているところだったが、ジャージの上着を忘れていることを思い出した。
「忘れ物した。先行ってて」
「おー、了解」
俺は来た道を引き返す。
片付けをしている係員たちを横目に、俺はジャージを回収する。
係とはいえ、自分たちが楽しんだ後に一部の生徒だけが片付けをするというのはやや気が引ける。
それでも、俺が何かできることもなく、教室に戻ろうとしていた。
そんな時だった。
「……青木くん」
最後のリレーの際、俺の前を走った綾瀬に声をかけられる。
「えっと……、綾瀬さん。どうかした?」
突然声をかけられた俺は驚きのあまり声が上擦る。
……女子に耐性がないのだ。
クラスの女子ならまだしも、普通コースとスポーツコースで一度も同じクラスになったこともなく、存在だけを知っている程度の人にはどうしても緊張してしまう。
綾瀬は暗いような、悲しいような表情をしていた。
「ぶつかっちゃってごめんね?」
「だ、大丈夫。俺もスタート遅くてごめん」
俺がそう言うと、綾瀬は首を横に振った。
ぶつかったことを気に病んでいるようだが、うまくスタートができなかった俺が原因でもある。
平静を保っているように見せながらも、俺は正直それどころではなかった。
綾瀬が女子であるというのと同時に、ぶつかった拍子にその体の柔らかさが伝わっていたのだ。
緊張するのもやむなしだろう。
「青木くんは優しいんだね」
「そんなことないよ」
「ううん、転けた時も、咄嗟に庇ってくれたでしょ?」
――バレていたか。
どうせ自分も転けるのはわかっていた。
ただ、せいぜい膝を突くくらいで、体が地面につくほどではなかった。
それでも、バランスを崩して横から倒れていく綾瀬を見て、咄嗟に体を滑り込ませたのだ。
団体で繋いできたバトン。
結果オーライで勝てたとはいえ、ふいにしかねない行為だ。
しかし、目の前の女の子……いや、男だろうと怪我をさせては気分が悪い。
確かに庇ったことで少しだけスタートは遅れた。
その後の走りや双葉の粘りもあって勝つことができたが、負けていたらバッシングを受けていたかもしれない。
そんな可能性もあるが、万が一あのまま綾瀬が転けたことで大きな怪我でもしていたら、そちらの方がバッシングを受けてもおかしくない。
転けた女の子を放置して走っているのだから。
綾瀬が心配だったという理由がほとんどだが、俺自身が嫌な気持ちになりたくないという、僅かな保身もあった。
そのため、綾瀬を助けたのは自己満足な側面もあるのだ。
「……私、つい本気になりすぎちゃって、試合の時みたいにしちゃったから、無理なバトンパスしちゃった」
俺が無言を貫いていると、綾瀬は語りはじめた。
「青木くんの言う通り、スタートが遅かったとかもあるかもだけど、私としては経験者が少しでも合わせないとダメだったなって思うの」
「そんなこと……」
「ううん。……青木くんって、スポーツやってたよね?」
断定するように聞いてくる綾瀬は、「足速かったし」と補足する。
俺くらいならスポーツをしてなくてもあり得るくらいの速さだが、中学の時にバスケをしていたのは事実のため、否定する理由もなかった。
「中学の時はバスケやってたけど……」
「そうなんだ。じゃあさ、バスケでパス出す時、速いパスを出して未経験の人が捕れると思う?」
「捕れないな。……あー、そういうことか」
「そういうこと」
自分がやったことのあるスポーツに置き換えてみるとわかりやすい。
経験者なら普通にできることでも、未経験者には難しいことなんて多いことだ。
陸上で言うと、バトンパスがそれなのだろう。
「回りくどくなっちゃったけど、……庇ってくれてありがとう。それを言いたくて、青木くんがグラウンドに戻るの見かけたから追いかけて来ちゃった」
照れるように笑う綾瀬。
そんな表情で言われると勘違いしてしまいそうになる。
「そんな、大したことじゃないから」
「私にとっては嬉しかったから。……というか、転け方おかしいなって思ったから、やっぱり庇ってくれたんだ」
――してやられた。
最初は気に病まないように誤魔化すつもりだったが、いつも間にか認めてしまっていた。
「ね、青木くん。また声をかけてもいいかな?」
「……え?」
「なんとなく、青木くんに興味が湧いたから。……それとも、『彼女いるから女子と話すのは……』とかあった? 最近かのんちゃんと仲良いって聞くし」
「花音とはそういうのじゃないから! 彼女なんていないし、いたこともないし!」
俺が必死に否定していると、綾瀬はクスクスと笑い始めた。
「そんな必死にならなくても。……っていうか、最初はなんか距離あったけど、普通に話せてるね」
「……確かに」
そう言われ、俺は最初の緊張がほとんどなくなっていることに気がついた。
それは、話しやすい綾瀬の性格のおかげだ。
肩にかかるくらいの黒髪。
見た目通りのお淑やかな性格ではあるが、綾瀬は明るさも持ち合わせていて話しやすい。
泣きぼくろがチャームポイントの彼女は、俺の間抜けな反応に、小さく笑った。
「携帯……は今は持ってないから、また連絡先だけ交換したいな。いいかな?」
「まあ、それくらいなら……」
綾瀬は俺に興味が湧いたからと言ってくれたが、転ける時に庇ったくらいで、そこまで興味が湧くものなのだろうか?
ただ、そう言ってもらえるのは嬉しい気持ちはあり、俺は拒むつもりはなかった。
そして綾瀬は「また教室行くね」とだけ言って、足早に戻っていった。
――俺も同じ方向に戻るのだけど。
なんとなく、またすぐに顔を合わせるのは気まずいと思い、俺はその場でしばらく立ちすくんでいた。
綾瀬碧。
俺の周りの人たちとは、少しタイプの違う人だ。
そんな彼女とは、何故か仲良くなれそうな気がした。
根拠はないけど、そんな気がしていた。
俺たちは汗まみれになっているため、早く着替えたいところだ。
教室に戻ろうとしているところだったが、ジャージの上着を忘れていることを思い出した。
「忘れ物した。先行ってて」
「おー、了解」
俺は来た道を引き返す。
片付けをしている係員たちを横目に、俺はジャージを回収する。
係とはいえ、自分たちが楽しんだ後に一部の生徒だけが片付けをするというのはやや気が引ける。
それでも、俺が何かできることもなく、教室に戻ろうとしていた。
そんな時だった。
「……青木くん」
最後のリレーの際、俺の前を走った綾瀬に声をかけられる。
「えっと……、綾瀬さん。どうかした?」
突然声をかけられた俺は驚きのあまり声が上擦る。
……女子に耐性がないのだ。
クラスの女子ならまだしも、普通コースとスポーツコースで一度も同じクラスになったこともなく、存在だけを知っている程度の人にはどうしても緊張してしまう。
綾瀬は暗いような、悲しいような表情をしていた。
「ぶつかっちゃってごめんね?」
「だ、大丈夫。俺もスタート遅くてごめん」
俺がそう言うと、綾瀬は首を横に振った。
ぶつかったことを気に病んでいるようだが、うまくスタートができなかった俺が原因でもある。
平静を保っているように見せながらも、俺は正直それどころではなかった。
綾瀬が女子であるというのと同時に、ぶつかった拍子にその体の柔らかさが伝わっていたのだ。
緊張するのもやむなしだろう。
「青木くんは優しいんだね」
「そんなことないよ」
「ううん、転けた時も、咄嗟に庇ってくれたでしょ?」
――バレていたか。
どうせ自分も転けるのはわかっていた。
ただ、せいぜい膝を突くくらいで、体が地面につくほどではなかった。
それでも、バランスを崩して横から倒れていく綾瀬を見て、咄嗟に体を滑り込ませたのだ。
団体で繋いできたバトン。
結果オーライで勝てたとはいえ、ふいにしかねない行為だ。
しかし、目の前の女の子……いや、男だろうと怪我をさせては気分が悪い。
確かに庇ったことで少しだけスタートは遅れた。
その後の走りや双葉の粘りもあって勝つことができたが、負けていたらバッシングを受けていたかもしれない。
そんな可能性もあるが、万が一あのまま綾瀬が転けたことで大きな怪我でもしていたら、そちらの方がバッシングを受けてもおかしくない。
転けた女の子を放置して走っているのだから。
綾瀬が心配だったという理由がほとんどだが、俺自身が嫌な気持ちになりたくないという、僅かな保身もあった。
そのため、綾瀬を助けたのは自己満足な側面もあるのだ。
「……私、つい本気になりすぎちゃって、試合の時みたいにしちゃったから、無理なバトンパスしちゃった」
俺が無言を貫いていると、綾瀬は語りはじめた。
「青木くんの言う通り、スタートが遅かったとかもあるかもだけど、私としては経験者が少しでも合わせないとダメだったなって思うの」
「そんなこと……」
「ううん。……青木くんって、スポーツやってたよね?」
断定するように聞いてくる綾瀬は、「足速かったし」と補足する。
俺くらいならスポーツをしてなくてもあり得るくらいの速さだが、中学の時にバスケをしていたのは事実のため、否定する理由もなかった。
「中学の時はバスケやってたけど……」
「そうなんだ。じゃあさ、バスケでパス出す時、速いパスを出して未経験の人が捕れると思う?」
「捕れないな。……あー、そういうことか」
「そういうこと」
自分がやったことのあるスポーツに置き換えてみるとわかりやすい。
経験者なら普通にできることでも、未経験者には難しいことなんて多いことだ。
陸上で言うと、バトンパスがそれなのだろう。
「回りくどくなっちゃったけど、……庇ってくれてありがとう。それを言いたくて、青木くんがグラウンドに戻るの見かけたから追いかけて来ちゃった」
照れるように笑う綾瀬。
そんな表情で言われると勘違いしてしまいそうになる。
「そんな、大したことじゃないから」
「私にとっては嬉しかったから。……というか、転け方おかしいなって思ったから、やっぱり庇ってくれたんだ」
――してやられた。
最初は気に病まないように誤魔化すつもりだったが、いつも間にか認めてしまっていた。
「ね、青木くん。また声をかけてもいいかな?」
「……え?」
「なんとなく、青木くんに興味が湧いたから。……それとも、『彼女いるから女子と話すのは……』とかあった? 最近かのんちゃんと仲良いって聞くし」
「花音とはそういうのじゃないから! 彼女なんていないし、いたこともないし!」
俺が必死に否定していると、綾瀬はクスクスと笑い始めた。
「そんな必死にならなくても。……っていうか、最初はなんか距離あったけど、普通に話せてるね」
「……確かに」
そう言われ、俺は最初の緊張がほとんどなくなっていることに気がついた。
それは、話しやすい綾瀬の性格のおかげだ。
肩にかかるくらいの黒髪。
見た目通りのお淑やかな性格ではあるが、綾瀬は明るさも持ち合わせていて話しやすい。
泣きぼくろがチャームポイントの彼女は、俺の間抜けな反応に、小さく笑った。
「携帯……は今は持ってないから、また連絡先だけ交換したいな。いいかな?」
「まあ、それくらいなら……」
綾瀬は俺に興味が湧いたからと言ってくれたが、転ける時に庇ったくらいで、そこまで興味が湧くものなのだろうか?
ただ、そう言ってもらえるのは嬉しい気持ちはあり、俺は拒むつもりはなかった。
そして綾瀬は「また教室行くね」とだけ言って、足早に戻っていった。
――俺も同じ方向に戻るのだけど。
なんとなく、またすぐに顔を合わせるのは気まずいと思い、俺はその場でしばらく立ちすくんでいた。
綾瀬碧。
俺の周りの人たちとは、少しタイプの違う人だ。
そんな彼女とは、何故か仲良くなれそうな気がした。
根拠はないけど、そんな気がしていた。
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