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第二章 高校三年生編

第94話 青木颯太は楽しみたい

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「颯太くん、どうだった?」

 テスト週間を終えた次の木曜日。今日は最後のテストが返却される日だ。
 夏休みが近づいていることもあって授業は午前中のため、もう放課後となっている。
 部活がある若葉が弁当を食べながら、俺たちは放課後に教室で駄弁っていた。

「……聞いて驚くなよ?」

 俺はそんな前振りをして、不敵な笑みを浮かべた。

「67点だ」

 そう言って、俺は三人にテストを見せる。

 一見、大したことのない点数かもしれない。
 しかし、平均点は56点と高くない。
 平均点を大きく上回ったのが、今回返ってきた『政治・経済』の一教科だった。

 ただ、他も赤点は一つもない。
 多くは平均点を下回る点数ではあったが、大きく下回ったのは苦手な英語くらいだ。
 それ以外は平均点よりも少し下くらいで、得意な理系科目のほとんどは平均点を上回っている。

「成長したね……」

「本当にな……」

「おい、何目線だ」

「え? 親目線?」

「成長したダメな子を見守る大人の目線だな」

 一体俺をなんだと思ってるのだろうか?

 まあ、言いたいことはわからない。
 虎徹と若葉に頭を撫でられているのは不服だが、褒められるのは悪くもない。
 花音までもが、子の成長を親のような慈悲深い目をしている。

「普通に考えるとあんまり良くない成績かもしれないけど、少しずつ成績が上がってくのは気持ちいいな」

 勉強自体は好きではないが、成長が目に見えるというのは嬉しいもの。
 バスケをしていた時も思っていたが、自分自身が進歩すれば、やる気は出てくるのだ。
 その結果が僅かながらついてきた。そう考えると、これからも継続していきたい。

「三人とも、勉強教えてくれてありがとな」

「いえいえー。でも、私は部活もあったからそんなに教えられなかったから、それは残念だなぁ」

「でも若葉、部活後も来てくれたじゃん」

「いつものことだからね。言ってもあんまり聞かれることもなかったし、前に比べてすんなり理解してくれたから教え甲斐はあったかな」

「それは良かった」

 若葉は時間の合間を縫って、勉強を教えてくれた。
 確かに時間は短かったものの、一番勉強ができるのは若葉だ。わからないところがあれば頼る場面は多かった。

「ま、俺も似たようなもんだ。ほとんど自分の勉強だったし」

 こうは言っているが、虎徹も教えてくれた。
 虎徹の言うように、虎徹自身も自分の勉強をする時間は多かった。
 今回は受験を見据えて力を入れていたのが理由だ。
 ただ、それでも合間に教えてくれたのは、俺にとってありがたいことだ。

 何故か三人とも優しい目をしていたが、それは気のせいだと思っておこう。

「……今回の一番の功労者は本宮じゃないか?」

「え? そうかな?」

「ああ。バイトもそんなに入ってなかったし、颯太に一番教える時間は長かっただろ?」

「まあ、それはそうかも」

 今回、花音が一番長く勉強に付き合ってくれていた。
 バイトはいつもより減らし、勉強に付き合ってくれた。
 ……もっとも、花音がバイトを減らした理由は、そもそもお金に困っているわけでもなく、受験を見据えて勉強に時間を使いたかったからだが。

「確かに花音がいてくれて助かった。一人じゃどこかでサボっちゃいそうだし」

 一人で勉強をするメリットはあるが、デメリットもある。
 それは集中しやすいというメリットと、サボってしまう可能性があるというデメリットだ。

 逆に数人で勉強するのも、監視されている気分になってやらないといけないと考えるというメリットがあり、話して結局勉強をしないというデメリットはあった。

 ただ、今回は良い方向に働いた。
 息抜きで話すことはあっても、お互いに成績を上げたいという気持ちがあったからだ。

「私はいつも颯太くんに助けてもらってるし、私にできるのはこれくらいだよ」

 そう言って笑う花音。

 人という漢字は人と人とが支え合って成り立つ漢字と言うが、俺ができること、花音ができること、お互いができることで支え合っていて、上手くバランスが取れているのかもしれない。

「早速祝勝会! ……っていきたいところだけど、最後の夏の大会が近いから難しいんだよねぇ」

「なら、今回は適当にケーキでも買って俺んちで食べるくらいにするか。夜なら大丈夫だろ?」

 虎徹は俺たちに確認するように視線を向ける。
 若葉は「賛成!」とテンションを上げていた。

「俺は大丈夫。花音は?」

「私も大丈夫。バイト次第になるけど」

 そう言って俺たちは日程を確認する。
 少し先になってしまうが、それぞれ予定が空いている日があった。

「じゃあ決まり! 楽しみだなぁ」

 ほんの些細なことでも、若葉は楽しみにしている。
 むしろ、こんな些細な時間が大切なのかもしれないと、最近感じるようになった。

 高校生としての時間は、短いようで長く、長いようで短いのだから。
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