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監督会議
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「なー巧ぃ。聞いてんの?」
「ちゃんと聞いてますよ」
ちょうど三ヶ月ほど前にもあったこの雰囲気。
状況やメンバーはやや違うとはいえ、巧が疲れているということには変わりなかった。
「あ、すいません。お冷ください」
「はーい、少々お待ちください」
巧は店員に声をかけると、すぐにお冷が席へと運ばれる。
「神代さん、飲んでください」
「まだ酔ってないしー」
「酔ってる人はだいたいそう言うんですよ」
酔っ払いの相手はそう多くはないが、神代先生が酔うと過剰に絡んでくるということはわかっているため、ぶつくさと文句を垂れる神代先生に無理矢理水を飲ませた。
監督会議という名目で開かれたただの飲み会。普段は食べられないような高級な焼き肉……食べ放題ではない肉が神代先生の奢りということもあって、巧は迷わずに食いついた。
光陵と選抜メンバーとの試合が終わると、その試合での動きを参考にしながら各自課題と感じる練習を行った。計四チームが集まっている合宿ということもあって、やりたい練習が分散しても問題なく実行できるというのはとてつもない利点だ。
そしてその練習が終わると各自夕食から自由時間となるが、各校の監督や顧問が神代先生の呼びかけによって集まり、こうして食事を摂っている。以前の合宿と同じような状況だ。
ただ、今回の食事は鳳凰の二人……監督の久世琉華と顧問の桜井奈緒先生がいることと、姉崎榛名さんがいるという違いがあった。そして神代先生の本来の目的は飲みたいということと、約束していた榛名さんに肉と酒を奢ることだった。
監督会議という名目で始めたため最初こそは翌日の練習の打ち合わせをしていたが、それが終わると雑談混じりの飲み会となっていた。
酔っている神代先生は巧に絡むことに飽きたのか、水を飲み干すと今度は榛名さんに絡みに行く。
「藤崎くんお疲れさん~。あ、これ今焼けたお肉」
「あ、ありがとうございます」
隣に座る琉華が巧の皿にヒョイと肉を乗せると、巧はすぐにそれを口に運ぶ。
神代先生に絡まれていたため多くは食べられていないが、普段は食べられない高級な肉ということもあって巧は一口を味わうようにして箸を進めながら会話を弾ませていた。
「久世さんはなんで監督になろうと思ったんですか?」
「おぉ……、唐突だね。元々興味あったし、タイミングが合ったからかな?」
どちらも最初に聞いた話だったが、琉華は元々指導者に興味があったと言っており、ちょうど鳳凰が後任の監督を探していた。そのため双方にとってちょうど良かったというところだが、巧が聞きたいこととは少し違った。
「少し聞き方を変えますね。興味を持ったきっかけって何かあったんですか?」
本来、監督というのはなろうと思ってなれるものではない。巧は『なる』か『ならない』の選択ができたが、普通はまず教員のような学校関係者になった上で学校に雇われないといけない。
給料が発生する、あくまでも仕事なのだ。
巧は生徒で部活動の一環として監督をしているため、当然給料などはない。その点の感覚のズレがあるということに、巧は今更ながら気がついた。
そのため、聞き方を変えた。
琉華は巧の質問に考えることもなく、「ちょっと恥ずかしいんだけど」と前置きをし、内緒話をするように耳元で囁いた。
「実は神代先生に憧れてるんだよね」
琉華は、巧を挟んで反対側にいる神代先生に聞かれないような小声でそう言った。
「去年の甲子園……まあ私たち鳳凰は戦ってはないけどさ、ほとんどの選手が一年生なのに県大会勝ってきたのがすごいと思って」
「確かにそれはすごいですよね」
「うんうん。二回戦で敗退しちゃったけど、相手は最終的にベスト4に残った高校だったし、それでもあと一歩……経験と地力の差が出た試合だったんだよね。展開次第じゃ勝っててもおかしくなかった」
巧は去年までは女子野球に関わると思ってもいなかったため、監督になってから動画サイトでまとめられている光陵の試合を一部見て結果を知っていたことと、あとは三重県代表として甲子園に行った邦白高校の結果を確認したくらいだ。
「ぶっちゃけて言っちゃうと、選手の能力だけなら善戦することも一回戦を勝ち上がることも、……なんなら県大会を勝ち上がるのも難しいんじゃないかなって思ったよ」
「采配で勝ってきた。……ってことですか?」
「全部がそうじゃないけどね。采配で勝てる程度の実力差だったってことだけど、その実力差を采配で埋めたって考え方もできる。監督の采配がそれだけチームに影響を与えるって思うと責任は重いけど、それも野球の魅力の一つかなって思ってから、監督とか指導者の道は私の中に野球を続ける選択肢の一つとしてあったって感じかな?」
巧は自分と琉華の違いを痛感する。
監督という意識はあるものの、自分の采配によってチームの勝ち負けが左右することを今まで恐れていた。
勝つこともあれば負けることはある。それは巧自身よくわかっていることだ。ただ、同じ高校生とはいえ格上に値する県大会での皇桜との試合では、無難に立ち回ったつもりが逆にそれが自分の首を絞めていたということでもあった。
純粋な実力では相手の方が上。それでもきっかけ一つで勝ちに繋がる試合でもあった。平均点を取ろうとする巧の采配では、どうあがいても勝てなかった試合だったのかもしれない。琉華の……神代先生の話を聞かされ、監督という意識の差を思い知らされた。
悪い癖だ。巧はすぐに考え込み、抱え込んでしまう。そして誰にも話せないというのは自覚していてもなかなか自分の気持ちを吐露することができない。
そんな思考に陥ろうとしていたが、一瞬にして離散する。
「お? なんの話してんの?」
榛名さんとの会話も酒も進んでいた神代先生は、榛名さんが席を外した瞬間に巧と琉華に絡み始めた。先ほどよりも出来上がっている。
「去年の甲子園の話ですよ」
琉華は、自分が神代先生に憧れて指導者を目指したということを聞かれるのが恥ずかしいため、嘘をつかない程度に上手くかわした。
「あー、うちよりも勝ったって自慢話?」
「そんなんじゃないですってー」
「今年は去年の鳳凰よりも上を目指すからなー!」
酒が入っていてテンションの高い神代先生に、琉華はタジタジになっている。助け舟を出そうにも上手い言葉が出てこない巧は、心の中で合掌しておいた。
去年の鳳凰はベスト8。その中のメンバーに琉華はいたということだ。
当時の一、二年生……現在の二、三年生にも主力はいたため、それだけに今年の結果は残念だった。
一度崩れた体制がまだ整っていないとはいえ昨年の甲子園ベスト8の鳳凰と、新設から二年連続甲子園出場を決めた光陵。その二校に加え、古くから付き合いのある水色のように高いレベルと合宿ができるということに、巧は改めてこの環境でチームを強化できることがどれだけ恵まれているのかということを実感する。
そして監督として、自分の意識も変えていかなければいけない。
この合宿での課題は選手だけでなく、監督である巧にもあるということも感じていた。
「ちゃんと聞いてますよ」
ちょうど三ヶ月ほど前にもあったこの雰囲気。
状況やメンバーはやや違うとはいえ、巧が疲れているということには変わりなかった。
「あ、すいません。お冷ください」
「はーい、少々お待ちください」
巧は店員に声をかけると、すぐにお冷が席へと運ばれる。
「神代さん、飲んでください」
「まだ酔ってないしー」
「酔ってる人はだいたいそう言うんですよ」
酔っ払いの相手はそう多くはないが、神代先生が酔うと過剰に絡んでくるということはわかっているため、ぶつくさと文句を垂れる神代先生に無理矢理水を飲ませた。
監督会議という名目で開かれたただの飲み会。普段は食べられないような高級な焼き肉……食べ放題ではない肉が神代先生の奢りということもあって、巧は迷わずに食いついた。
光陵と選抜メンバーとの試合が終わると、その試合での動きを参考にしながら各自課題と感じる練習を行った。計四チームが集まっている合宿ということもあって、やりたい練習が分散しても問題なく実行できるというのはとてつもない利点だ。
そしてその練習が終わると各自夕食から自由時間となるが、各校の監督や顧問が神代先生の呼びかけによって集まり、こうして食事を摂っている。以前の合宿と同じような状況だ。
ただ、今回の食事は鳳凰の二人……監督の久世琉華と顧問の桜井奈緒先生がいることと、姉崎榛名さんがいるという違いがあった。そして神代先生の本来の目的は飲みたいということと、約束していた榛名さんに肉と酒を奢ることだった。
監督会議という名目で始めたため最初こそは翌日の練習の打ち合わせをしていたが、それが終わると雑談混じりの飲み会となっていた。
酔っている神代先生は巧に絡むことに飽きたのか、水を飲み干すと今度は榛名さんに絡みに行く。
「藤崎くんお疲れさん~。あ、これ今焼けたお肉」
「あ、ありがとうございます」
隣に座る琉華が巧の皿にヒョイと肉を乗せると、巧はすぐにそれを口に運ぶ。
神代先生に絡まれていたため多くは食べられていないが、普段は食べられない高級な肉ということもあって巧は一口を味わうようにして箸を進めながら会話を弾ませていた。
「久世さんはなんで監督になろうと思ったんですか?」
「おぉ……、唐突だね。元々興味あったし、タイミングが合ったからかな?」
どちらも最初に聞いた話だったが、琉華は元々指導者に興味があったと言っており、ちょうど鳳凰が後任の監督を探していた。そのため双方にとってちょうど良かったというところだが、巧が聞きたいこととは少し違った。
「少し聞き方を変えますね。興味を持ったきっかけって何かあったんですか?」
本来、監督というのはなろうと思ってなれるものではない。巧は『なる』か『ならない』の選択ができたが、普通はまず教員のような学校関係者になった上で学校に雇われないといけない。
給料が発生する、あくまでも仕事なのだ。
巧は生徒で部活動の一環として監督をしているため、当然給料などはない。その点の感覚のズレがあるということに、巧は今更ながら気がついた。
そのため、聞き方を変えた。
琉華は巧の質問に考えることもなく、「ちょっと恥ずかしいんだけど」と前置きをし、内緒話をするように耳元で囁いた。
「実は神代先生に憧れてるんだよね」
琉華は、巧を挟んで反対側にいる神代先生に聞かれないような小声でそう言った。
「去年の甲子園……まあ私たち鳳凰は戦ってはないけどさ、ほとんどの選手が一年生なのに県大会勝ってきたのがすごいと思って」
「確かにそれはすごいですよね」
「うんうん。二回戦で敗退しちゃったけど、相手は最終的にベスト4に残った高校だったし、それでもあと一歩……経験と地力の差が出た試合だったんだよね。展開次第じゃ勝っててもおかしくなかった」
巧は去年までは女子野球に関わると思ってもいなかったため、監督になってから動画サイトでまとめられている光陵の試合を一部見て結果を知っていたことと、あとは三重県代表として甲子園に行った邦白高校の結果を確認したくらいだ。
「ぶっちゃけて言っちゃうと、選手の能力だけなら善戦することも一回戦を勝ち上がることも、……なんなら県大会を勝ち上がるのも難しいんじゃないかなって思ったよ」
「采配で勝ってきた。……ってことですか?」
「全部がそうじゃないけどね。采配で勝てる程度の実力差だったってことだけど、その実力差を采配で埋めたって考え方もできる。監督の采配がそれだけチームに影響を与えるって思うと責任は重いけど、それも野球の魅力の一つかなって思ってから、監督とか指導者の道は私の中に野球を続ける選択肢の一つとしてあったって感じかな?」
巧は自分と琉華の違いを痛感する。
監督という意識はあるものの、自分の采配によってチームの勝ち負けが左右することを今まで恐れていた。
勝つこともあれば負けることはある。それは巧自身よくわかっていることだ。ただ、同じ高校生とはいえ格上に値する県大会での皇桜との試合では、無難に立ち回ったつもりが逆にそれが自分の首を絞めていたということでもあった。
純粋な実力では相手の方が上。それでもきっかけ一つで勝ちに繋がる試合でもあった。平均点を取ろうとする巧の采配では、どうあがいても勝てなかった試合だったのかもしれない。琉華の……神代先生の話を聞かされ、監督という意識の差を思い知らされた。
悪い癖だ。巧はすぐに考え込み、抱え込んでしまう。そして誰にも話せないというのは自覚していてもなかなか自分の気持ちを吐露することができない。
そんな思考に陥ろうとしていたが、一瞬にして離散する。
「お? なんの話してんの?」
榛名さんとの会話も酒も進んでいた神代先生は、榛名さんが席を外した瞬間に巧と琉華に絡み始めた。先ほどよりも出来上がっている。
「去年の甲子園の話ですよ」
琉華は、自分が神代先生に憧れて指導者を目指したということを聞かれるのが恥ずかしいため、嘘をつかない程度に上手くかわした。
「あー、うちよりも勝ったって自慢話?」
「そんなんじゃないですってー」
「今年は去年の鳳凰よりも上を目指すからなー!」
酒が入っていてテンションの高い神代先生に、琉華はタジタジになっている。助け舟を出そうにも上手い言葉が出てこない巧は、心の中で合掌しておいた。
去年の鳳凰はベスト8。その中のメンバーに琉華はいたということだ。
当時の一、二年生……現在の二、三年生にも主力はいたため、それだけに今年の結果は残念だった。
一度崩れた体制がまだ整っていないとはいえ昨年の甲子園ベスト8の鳳凰と、新設から二年連続甲子園出場を決めた光陵。その二校に加え、古くから付き合いのある水色のように高いレベルと合宿ができるということに、巧は改めてこの環境でチームを強化できることがどれだけ恵まれているのかということを実感する。
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