迷宮戦争・パンデモニウム

第1話 始まりは悲鳴と共に

　意識が浮上する。
　視界は閉じ、何も見えはせず、体の感覚も何一つない。
　そんな中、彼は思考を巡らせ始めた。


　『……オレは誰だ？』


　単純な疑問。
　自分の名前が思い出せない。
　

　『……記憶はある、オレは人間だ。
　　日本で暮らしていた普通の高校生のはず』


　記憶を探ろうとするほど、彼の疑問と困惑は強くなっていっていた。　
　人間としての知識は残っているものの、自分に関することが何一つとして思い出せないでいたからだ。
　
　——自分の顔も、他人の顔も霧がかかっているみたいだな。

　彼は冷静だった。
　彼自身にもそれが本来の性格故かは分からない、しかしそれすらも今はどうでもいい。
　冷静に自分に起こりえただろう事を推測する。


　『……何かに連れ去られ実験体になった……無いな』


　最後に残っている記憶は友人と学校で話しているものだ、そこからどうなれば実験体に行きつくのか。


　『死んでしまった可能性……高いが記憶の欠如に理由がつかない』


　死んでしまったオレの記憶を弄る可能性は無い、死んでしまったという可能性自体は低くは無いがどこか違う気がしてならない。


　『後は……異世界転生、無いな』


　彼の知識に存在する異世界転生、だが彼は本能的にそれを嫌っていた。
　死というものは不可逆な概念である。
　それを死んで、異世界でハーレムやチートやらというのはとてつもなく気持ち悪く感じられたからだ。
　故に彼は認めない、異世界転生なるものを。
　
　そんな時だった。


　「…………？　…………の？」


　意識に直接話しかけるように声が響く。
　小さくかすれた声、少し高めの女性の声だ。
　しかし声は、弱く、不安や怯えーーそして願いに満ちたものだった。


　『気になるな』


　そんな声に彼は興味を持つ。
　そしてそんな事を思ってしまったからだろうか、安定していた意識が急速に声のするほうに引っ張られ……




　「？」

　『……なんだお前は？』


　途端に色づき、鮮明に見えはじめた視界が巨人のように巨大な少女の呆けた顔を認識し。


　「きっ！　きゃぁぁぁぁぁっ！！」


　耳をつんざくような悲鳴と共に、体に途轍もない衝撃が走り……彼は意識を失ったのだった。