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「歓迎会」

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「歓迎会」
 幸の初日の午後は、デート同行だった。午後一番の女性は29歳の保育士で、申込時の写真と印象が大きく変わっていた。
「おっ、えらい別嬪さんにならはったな?オーラの色も明るくなってるで!」
と大げさに驚く副島に対して、その女性客は
「はい、ありがとうございます。最初に副島さんに「二重瞼にしたら?」って言われた時は、相当「ムッ」と来ましたけど、実際に瞼の整形を受けてからは園の子供たちにも「先生、可愛くなったね」って言われて…。こんな事なら、もっと早く整形してたら良かったと思いました。たった4万円で人生変わった気がします。」
ととびきりの笑顔で答えた。
「せや、その笑顔が前回はあれへんかったからな。おいちゃんは基本的には「整形」は好きやないねんけど、「つり目の女の子の一重瞼」と「鼻の下の大きいほくろ」だけは直すと直さへんではデート相手に選ばれるかどうかの打率がちゃうねんな。まあ、「35歳までの男の若はげ」も一緒で、写真でけられてしまうことがもったいなくてな…。男は「かつら」やなくて「植毛」な!もちろんカミングアウトするのは本人の自由やけど、「かつら」は引かれるけど、植毛はずっと残るもんやから、女の子も柔軟に受け入れよるわ。カラカラカラ。」
副島も女性客につられるように笑った。

 遅めのランチデートに幸も勉強のためについていった。保育士の女性は、料理が得意という事を事前に聞いており、レストランで出た料理を次回、男性に手作りして食べさせる話に持っていく作戦のようだった。
 男性は副島の言う「草食系男子」で口数は少ないが、「子供好き」という事と、「女性慣れ」していないことが先に語られた。「恥ずかしながらデート経験もないので「これから勉強していきますので長い目で見てほしいです。もし次回もデートしてもらえるなら希望があれば先に聞かせてくださいね。」と言葉を続け、事前に副島にいろいろと吹き込まれていたことが想像できた。
「まあ、結婚情報センターや相談所に来て決まるカップルは「少なからず女性リードのカップル」やから、男の人はあんまり無理して背伸びせんと、女の人は草食系男性に多くを望めへんのがうまくいくコツやで。ただ、この女の子は他にも希望者が待ってるから、あんまりのんびりしてたら、他の男にとられてしまうから気をつけや。」
と調子のいいことを言っている。
 その後、副島リードで二人の共通の趣味に話を持っていくと男性の口も自然と軽くなり、会話が盛り上がったところで「じゃあ、次回のデートも決まったことやし、お邪魔虫は先に退散するわな。またなんかあったら連絡ちょうだいな。」と幸を連れて副島は席を立った。

 「副島さん、今のカップルはどうですか?決まりそうですか?」
幸が副島に尋ねると、「薄井さんはどない思う?」と逆に尋ねられ、少し考えて答えた。
「うーん、結構、いい感じで話してたんでうまくいくと思ってるんですけど、何処まで副島さんが仕込んでるんかわからないですけど、「草食系男子」にしては、頑張ってましたよね。まあ、女性は保育士さんだけあって、ホスピタリティーもしっかりしてますし、女性リードでいきそうな気がします。最後に、女性には他にも希望者が…って言ったんで頑張らはるでしょ。」
 副島は、幸の顔を見て諭すように言った。
「せやな。おいちゃんらADの仕事は、3度目のデートまでつなげる仕事ができれば、「半分成功」や。女の子はプチ整形で自分に自信が持てたみたいで、積極的に相手の顔見て話すようになったからいけると思うで。最初の面談に来たときは、3年の婚活に疲れ切ってて、うつむいたままで「負のオーラ」出しまくりで大変やったんや。プロフの写真がちょっと睨んでる顔やったから、デートにまでなかなかいけへんかってな。そんで、「二重にしたら?」ってな。
 ちなみに男の子はてっぺんの薄毛が目立ってて、10万円かけての「植毛」や。お互いのコンプレックスが薄れて良かったんとちゃうかな?ほんまは「一重瞼」も「若はげ」も個性やねんけど、それを売りにできる人はそうそう居れへんからな。」
「ふーん、確かに写真の第一印象って大切ですもんね。」
幸は、その後も副島に質問を浴びせた。

 副島と別れ、事務所に戻り、ファイル整理の仕方を緑から教わっているうちに、陽は傾き紅音が戻ってきた。
「薄井さん、初日お疲れさん。3件の案件は面白かったか?副島のおっちゃんが、「目のつけ所がええわ。さすがは元居酒屋店長やな」って褒めてたで。伝説のADに褒めさせるってやるやん。さて、今日は薄井さんの歓迎会やから、チャチャっと片付けて飲みに行くで!今葉君も来てくれてるから、ぱーっと盛り上がろか!」
 紅音の後ろに一人かずとが立っている。

 居酒屋に着くと、副島は既に席についていた。幸、一人、紅音、緑、副島が揃ったところで紅音の音頭で乾杯をした。幸は、改めて全員の前で自己紹介をし、幸自身、彼氏ができたことが無く、今日一日で婚活の大変さを知ったと語った。
「いやー、副島さんの裏釣書のデータ量って凄いですよね。ただ、副島さんがいないと使えないのがもったいないですよねー。コアな趣味の部分とかが会員間で共有できたら、もっと効率よくマッチングが進むと思うんですよねー。」
 幸が思い起こすように呟くと、「もうちょっと具体的に話してくれる?」と紅音が興味を持った。幸が副島が引き出した会員の「本音」ををコントロールできるのは副島だからであって、そのニッチなニーズを引き出すには相当な知識と場数が必要だと感想を述べた。
「ふーん、ニッチな趣味にニッチなニーズか…。一人君、そういった細かい部分を網羅したデータベースを活用して、会員間で共有するソフトって作るの難しいんかな?」
紅音が一人に話をふった。
「うーん、匿名性を持たせたら難しい話じゃないですよ。イメージとしては、グループラインを仮名かりめいで自由に語って、趣味の合う人を見つけたら本部を通じて連絡先を交換するって感じでいいですか?
 そんなアプリを「準幸」で作って、会員さんから会ってみたいとか直接話をしたいって希望があった人にはその二人のトークルームを作ってやればいいんじゃないですか?もちろん、グループの中には、副島さんが入ってコントロールすることもできますし、副島さんが会員さん達に「お題」を投げかけるのもいいですよね。例えば「つちのこ好き集まれ」とか「プロレスについて熱く語れる人募集」みたいな感じで…。」
 
 それまでおとなしい印象だった一人がシステムの事となると「熱く」語りだしたのを見て、幸は「あぁ、副島さんの言う「会話の盛り上げ」って言うのは「好きなことを語る」ってことなんやな。」と呟いた。
「おっしゃ、それええやん。一人君、幸ちゃんと一緒にどんなシステムにしたらええんか二人で考えてみてや。」
と緑が言い出すと、幸の歓迎会は「戦略会議」に変わった。
 適度にアルコールも入り、幸も一人も意見を積極的に出すようになった。
「私みたいに過去に交際歴の無い人が仮名であれば、そのことを正直に話せるし、変に背伸びしないでいいんですよねー。「過去彼ゼロでもいいですか?」って最初に言えれば楽ですよねー!」
「いいですねー、僕もデート経験なんかないんで「リードしてくれる人お待ちしてます。」って言えたら、それもありですよね。」

 居酒屋会議は盛り上がり気がつくと3時間が経ち、紅音が締めに入った。
「薄井さんの歓迎会がとんでもない方向に行ってしもたな。でも、若い二人の意見って凄く貴重やな。私らはスマホは使いこなせへんけど、今の若い子は「アナログ」にそういった「デジタル」が加わる方がええねやろな。まあ、うちの会社を通じんと、直接交際にならん工夫だけきちんと考えられたら使えるな。うまく使えるように進めてんか。じゃあ、今日はこれくらいでお開きにしよか。」



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