【完結】『社畜の鑑』

M‐赤井翼

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「明石公会堂と明石焼き」

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「明石公会堂と明石焼き」

 晶と明石行きが決まってからの2週間は靖には生まれて初めての女性とのデートを夢見てバラ色の日々だった。会社を退社する際に毎日晶にラインを入れた。最終電車以前で帰る日は「今日は11時に帰れます。帰ったら明石焼きの店の下調べしておきますね。」とか「早く帰れそうなので、明石に行くまでに祥ちゃんに借りた「草枕」を再度・・読み直してます。」とラインを入れた。週3、4回ある最終電車での帰宅の日は、「今日は最終です。お顔見られると嬉しいです。」と午前0時前に入れるようにした。
 閉店の0時を前後して晶から「今日は会えずで残念です。私も下調べしておきますね。」、「私も「草枕」読み直そうかな。「三四郎」もお勧めですので読んでみてください。」と会えない日は靖のメッセージに対する返事がきた。最終電車の日は「今日は閉店時間まで団体さんが来てくれてました。片付けが結構あるのでもし0時半過ぎても看板が片付けられてなかったら店にいますので顔だけでも見せてください。」とか「今日は靖君がお好きな下弦の月です。一緒にお月様見ましょうね。」とメッセージが22分の門真市駅到着までに届くので、それまではスーパーで売れ残りの弁当を買って寝に帰るだけだった帰り道も楽しめるようになった。

 午後11時過ぎにアパートに帰れた日、11時台のニュースの中での週刊天気予報のコーナーで気象予報士が明石行きの予定日は晴れで気温が上がると伝えていたので靖は晶にラインを送った。「今日は珍しく11時過ぎでアパートに帰ってます。天気予報で明石に行く日は晴れて気温が初夏並みに上がると予想していました。晶さんはどんな格好を予定していますか?」のメッセージに対して「え゛ーっ、初夏並み?夏物と入れ替えが済んでないんだけどね。おそらく白いノースリーブのワンピースに夏用のカーディガンで行くつもりです。若作りしてるって笑わないでくださいね。」と返事が来た。
 夢ノートの「晶さんとラブホテルに一緒に入った夢」と「晶さんと古い店で明石焼き(?)を一緒に食べる夢」のタイトルのページに書き込んだ「白いノースリーブワンピースに薄手のカーディガン」と一致していたことで胸が高鳴った。
 (昼に明石焼きを食べて帰る予定で話をしてるのに何でホテル…?昼に行くんか?あの夢の中の様子やと俺から強引に誘った感じはあれへんかったよな。うーん、どういうシチュエーションでホテルに行くことになるって言うんや。童貞の俺には想像もつかへんわ。)とひとり悩みまくった翌日の朝の夢は初めて見るシチュエーションだった。

 桜が咲き乱れる二車線道路を車で走っていると対向車線のトラックがこちらの車線に飛び出し、正面衝突する直前で目が覚めた。夢ノートに書き込める客観的な情報は少なく、「桜の花が満開の季節」、「二車線道路で反対車線に飛び出してきたトラックと正面衝突直前で目が覚めた」、「乗ってた車は社有車とは別の車」くらいしか書き込む事は無く、(会社の車以外運転することのない俺とは別人の夢やったんやろか。せやな、俺が来年の春の時点で自分の車を持つなんて不可能やもんな…。)と考えると気が楽になった。
 カレンダーに順にバツ印を付けカウントダウンしている「晶さんと明石」と書き込んだ日曜日まであと3日だった。

 靖にとっては「初デート」の日がやって来た。天気は快晴で晶と待ち合わせの朝8時20分で気温は28度まで上がり、日中の最高気温は32度の予想になっている。晶は夢で見た通りの装いで現れた。初めてみる私服の晶を前に周りに人がいるにもかかわらず「晶さん、思いっきり綺麗です。」と改札前で大きな声を出してしまい、「ちょっと、靖君やめてよ。恥ずかしいじゃない。」と軽く怒られたが悪い気はしなかった。
 祥に聞いていたように最初に晶の左手を見ると薬指にいつもは輝いている結婚指は無かった事で、テンションが2段階上がり思わず取ってしまった小さなガッツポーズに「靖君、何してるの?もう京橋行きの電車来ちゃうわよ。急いで。」とまた怒られた。
 京阪電車で京橋駅に出てJRに乗り換え大阪駅から神戸線の快速で明石駅に着いて午前9時53分着までの約1時間半と南口を出て南下し鍛冶屋町で東に向かう1.3キロの20分の道は晶と夏目漱石の作品についての意見を交わし合っていたのであっという間に感じた。この2週間の祥による特別講習により各作品の概要と晶がはまりそうなポイントや登場人物のセリフを靖が丸暗記させられたことは晶には内緒にしてある。
 三四郎、草枕など年下の男が主人公の話に晶のツボはあるようで祥の「テスト対策」は100点の出来だった。
 軽く汗をかいたころ、明治44年8月13日に夏目漱石が落成記念公演を行った「明石公会堂」、(※現在の「市立中崎公会堂」)に到着した。靖はバッグから半分凍らせたペットボトルのお茶を晶に差し出すと、晶もバッグを開き同様のものを2本用意していたのでふたりで笑い、互いに交換してのどを潤した。

 明治の時代を感じさせる分厚い和瓦と門構えの入り口の499平方メートルの建屋面積を誇る当時の大ホールがふたりを迎えた。中に入ると明治の廃城令により解体された部材を使用した純和風の雰囲気と当時の流行であった西洋風のトラス構造設計を利用し内部に200名を収容できる大広間があった。
「この広間で漱石が講演したのね…。いったいどんな話をしたんだろうね。」
と晶が大広間を見渡し呟くと、「晶さん、古い文体で読みにくいかもしれませんが…。」と靖はカバンからさっと祥が用意してくれた内田百聞が随筆「百鬼園隋筆」の中で記述した「明石の漱石先生」講演内容の原稿写しを出した。
「さっきのお茶といい、靖君のホスピタリティーって凄いわね。うちの店にスカウトしたいくらいだわ。くすくす。」
 笑いながら、公演内容に目を通したが靖が言うように古い文体で何が書いてあるか半分も分からない。靖は改めて現代語に意訳したレポートを渡し晶は講演内容を把握できた。
「あー、それにしても靖君の気遣いが凄いわ。本気で家に・・連れて帰りたくなっちゃうわね。」
という言葉をどう捉えればよいのか靖は困った。

 見学の後は魚の棚市場まで歩き、祥の一押しの「明石焼きよし川」で明石焼きを食べた。運よく混み始める前に入店できたので来店タレントの色紙が所狭しと壁に張られた奥の席でゆっくりと明石焼きを味わう事が出来た。
 ほぼ食べ終えかけた時、ふと隣の席にいた旅慣れた感じの大阪弁の老夫婦の話し声が耳に入った。どうやら前日は姫路に行っていたようで、話題は「姫路灘菊酒造」の直営レストランのひとつで日本酒と串揚げが売りのレストラン「蔵」を絶賛していた。「山椒塩」、出汁を活かし3種の柑橘をミックスした「ポン酢」、「蔵オリジナルソース」、そして大阪の串カツとは違う「ウスターソース」で味わうラードで揚げた絶品串カツの話に晶は取り込まれていった。




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