【完結】『社畜の鑑』

M‐赤井翼

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「定期健診」

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「定期健診」

 「店長、このカレンダーの門真総合病院って何ですか?人数書いてないですけど医者や病院スタッフの予約ですか?先月も書いてありましたけど、そんな来客はなかったですよね?」
先ほどかかってきた電話の予約客名と時間を書き込むためにバックヤードに架けられたカレンダーの前に立つ璃子が晶に問いかけた。晶は仕込みをしながら振り向くことなく璃子に言った。
「あれ?私、定期健診の事、璃子ちゃんに話したことなかったっけ?毎月、一度水曜日の午前中に行ってるでしょって平日の午前中の事だから言ってなかったかな?」

 晶は毎月門真総合病院に通っていることを璃子に告げた。特段、何があるという訳ではないのだが、母親が「女は二十歳すぎたら何があってもおかしくないんだから月に一度は検診を受けるように。」とうるさく言うので通っているとの事だった。「定期健診って年に1回じゃないんですか?」と尋ねると女性特有の病気について璃子に説明を始めた。
 10代後半から20代前半で罹病した有名なタレントや女子スポーツ選手の事例を出し真剣な口調で検診の意義を璃子に伝えた。
「璃子ちゃんも定期健診は受けといたほうがいいわよ。子宮検診や乳がん検査は璃子ちゃんの年なら受けるのが当たり前だし、できたらウイルス性肝炎検査も受けといたほうがいいわよ。ウイルス性肝炎はどこで拾ってくるかわかんないからね。」
「それってテレビの弁護士事務所のCMでやってる過去の集団予防接種でのB型肝炎給付金が昭和生まれの罹患者なら申請できますよってやつですよね。私の年だと関係ないんじゃないですか?」
と璃子が尋ねなおした。

 日本では昭和23年7月1日から昭和63年1月27日までの間、法律によってすべての国民の幼少期に集団予防接種やツベルクリン反応検査が義務付けられていた。当時の日本は衛生管理の意識が低く、予防接種の際、注射針や注射筒を何度も繰り返し使用し、その結果、B型肝炎ウイルスの血液感染者を生み出し、現在もそれら予防接種が原因で血液感染したウイルスキャリアが全国に数多く存在し、厚生労働省の推計によると感染被害者は全国で40万人 存在するとされる旨が晶から璃子に伝えられた。
 しかし璃子には平成生まれである晶や自分に何が関係しているのか全く理解できなかったようなので更に晶は説明を繰り返した。例えとして、ノロウイルスやインフルエンザの経口感染を上げた。ウイルスが含まれた飛沫や付着物に触れた手で口に触れたり、ウイルスのついた手で触った食材を口にすることで簡単に感染することがあると話した。
 ウイルス性肝炎のひとつのA型肝炎はノロウイルスと感染経路が似ていて、主として便から排出されたウイルスが、トイレの排水レバーや水栓ハンドル、ドアノブから別人の手に付着して口に入り感染する場合や、水や食品を介して口に入ることで感染するリスクがあると説明を受け少し理解が深まった。
「あぁ、それで店長はトイレの消毒を厳しく言われるんですね。確かにうちの店だと、手洗い場はトイレのドアの外ですからトイレ内の排水レバーやドアノブはおトイレを使ったお客さんがウイルスを持っていたら私達も含めて他の人にウイルスが感染する場合がありますもんね。」
と納得した様子だった。

 更にB型肝炎、C型肝炎にも言及し、感染症の恐ろしさを璃子に伝えた。集団予防接種は関係なくても、全国に居ると言われる40万人の感染者から日常生活の中で感染するリスクについても語られた。最後にリアルな話として身近な事例が示された。
「璃子ちゃん自身は集団予防接種は関係なくても、いい加減なとこでピアス穴を開けたりしちゃだめよ。いい加減な衛生管理のピアス屋だとそこで感染することもあるんだから知識は持っておいた方がいいわよ。」
と晶に諭され、近々、格安店でピアス穴を開けようかと思っていた璃子は小さく震えた。

 検診の話はそこで終了し、璃子から日曜日の過ごし方についての話題に切り替えられた。それは祥から璃子に晶が靖と2度のデートに対してどう感じているのかを確認して欲しいと頼まれていたこともあるが、璃子自身が晶と靖の関係に興味を持っていたのでかなりコアな部分にまでふたりの女子トークは深堀りされた。
「ふーん、店長、靖君と明石に遊びに行った後も一緒にお蕎麦を食べに行ったんだ。それってデートって事なんですよね。もしかして店長も「再デビュー・・・・・」って事ですか?」
 興味津々に突っ込んでくる璃子に対して肉体関係にある事は隠しつつも、楽しそうに靖とのデートの詳細を話す晶の様子を見て璃子の女の勘は単なる「店と客」の関係でない事を感じていた。
 「店長、もしかして靖君としちゃいました・・・・・・・?」の問いに対して晶が瞬時に真っ赤になった事で璃子は全てを把握した。「あー、やっちゃったんだ。」、「久しぶりのアレはどうでした?」、「最近、なんか艶っぽいなって思ってたんですよ。」と機関銃のような璃子のトークに一気に追い詰められ、あたふたとした会話でボロが出てしまい最終的に2度のホテル行きの全てを打ち明ける羽目になってしまった。

 「ふーん、靖君やったらやさしいし、まじめだからいいんじゃないですか?店長も36(歳)なんですから、ここらで再婚っていうのもいいと思いますよ。なんなら私も応援団として頑張っちゃいますよ!ほら、やっちゃったんなら靖君ともう結婚まで行っちゃいましょうよ!店長から押し倒して赤ちゃんが出来たら靖君なら逃げたりしませんから即結婚ですよ。12歳の年の差婚上等じゃないですか!」
とやや悪乗りしたところで、晶の表情が一気に冷めた。その様子に地雷を踏んだのは分かったが、どのワードが地雷だったのか璃子には全く分からなかったので素直に謝った。
「ごめんなさい。前のご主人の事もありますもんね。悪乗りして本当にごめんなさい。」と頭を下げると晶は寂しそうな笑顔を向けて璃子に気にしないように言った。ただ軽々しく「結婚」とか「赤ちゃん」って言うものではないと呟きにはいまだ感じた事のない晶の言葉から重さを感じた。

 気が付くと夜の部のオープン時間を迎えていた。晶は仕込みのラストスパートに入りおしゃべりタイムは終わり、璃子は救われた。璃子はA型看板を表に出し、冷蔵庫に入ったその日のおかずとサラダの数をチェックした。その日 はいつもより多くの客が訪れた。
 晶は平常を装ったがその日の営業では靖との出会い以降見られた晶の明るい笑顔は見られず、影を抱えた作り笑いの理由は分からないままだったのが璃子の胸に痛かった。




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