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伊勢編

㉒「激戦」

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「激戦」
 裏手から四人、左右の垣根を越えて二人ずつ、合計八人のカーキ色ベースの砂漠迷彩服に身を包んだ男たちが飛び込んできて包囲された。
「こいつら、イスラエルの特殊部隊「サイェレット・マトカル」だ。さっきの情報部の「モサド」と違ってこいつらは戦闘のプロだ!みんな抵抗しない方がいい!特に稀世さんと師範は…。」
と羽藤が言い終わる前に、稀世と直が東から入ってきた二人に突っ込んでいった。拳銃を構える二人に対し、懐から出した、「少年ガンガン」と「電撃マ王」の今月号を顔の前にかざし、猛ダッシュを加える二人。
「ストップ!アイ ショット ユー!」
と兵士が警告するも、稀世と直は止まらない。稀世は正面の兵士の銃口に意識を集中すると「パンパン」と乾いた音が響いた。瞬時に稀世は射線を読み、手に持った「少年ガンガン」を自分の右太ももの前に持って行った。少年ガンガンの表紙から二本の紫煙が立ち上る。再び、稀世に銃を向ける兵士の手前2メートルまで近づいていた稀世はジャンプ一番飛び上がると、相手兵士の脳天にB5サイズで1232ページ、全重量1.7キロの少年ガンガンを背表紙から打ち据えた。「ボグッ!」と鈍い音を立てて兵士はその場に倒れた。「プロレスやったら、凶器攻撃での反則負けやけどあんたも銃持ってるんやからそこは「オアイコ」やで!それにしても、さすがは「少年ガンガン」や!「少年鈍器」と呼ばれる防御力と破壊力やったな!」
と言い残すと稀世は踵を返した。
 直は相手の銃口の向きを読むと、左右にステップを踏み的を絞らせないまま、相手の目前2メートルで「電撃マ王」を顔面目掛けて投げつけた。条件反射で利き腕方向に避けた兵士の懐に入り、直の入り身投げが炸裂し兵士の身体が宙を舞った。

 仰向けに倒れた兵士の右手首の関節に指を入れると「ぐあっ!」と男は叫び銃を落とした。直は、羽藤に向けて銃を蹴りだすと、「確保しとけ!」と叫び稀世の背後に着いた。
 MKは空に向け威嚇射撃をしたが、相手は止まらず、東宝殿に二人の兵士が飛び込み二人がその援護態勢に入り、サブマシンガンでMK達の足元に射撃をしてきた為、前に進めない。西から突入した二人はまりあと羽藤と格闘戦に入っている。マーシャルアーツで対等に戦う羽藤に対し、まりあは体格差のある相手に分が悪く後退気味だ。特殊部隊の二人が東宝殿から大きな包みを一つずつ持って飛び出してきた。
 そこに、東の敵を倒した稀世と直が駆けつけた。大きな包みを持った一人の男の背後から会心のドロップキックを入れると、男は包みを持ったまま前のめりに倒れた。もう一人の男が、その男から大きな包みを受け取ると二つの荷物を抱えて再びダッシュで逃げようとした。稀世は、ダッシュ一番、背後からの「浴びせ蹴り」で包みを引き継いだ男の背中に踵を入れると「がうっ」とうめき声を残し男は倒れた。先行で退避に走った二人の内一人が、10メートル先で振り返り、拳銃を稀世の背に向け発射した。11発の発射音があり、稀世の背中から紫煙が立ちのぼる。背中を連続して撃たれた反動で少年ガンガンを落としってしまった。「稀世さん!」と本殿の下の三朗が叫んだ。
しかし倒れることなく、振り返った稀世に対して、もうひとりがサブマシンガンを向けた。「パパパパパパ」と短い連続する発射音が境内にこだました。(あかん、少年ガンガンでカバーできへん!今度こそ撃たれた!)と稀世が刹那に思った瞬間、直が直前に相手の銃口の前1メートルに割って入り、目の前で飛び散る「電撃マ王」のページが稀世の視界に入った。射撃音が止まると同時に、直の手から少年マンガ雑誌は宙を飛び、直が濡れた地面に倒れた。
 
 稀世はとっさに地面に落ちた直径50センチほどの八葉の青銅色の物体を手に持ち、相手兵士に突っ込んでいった。兵士は再び引き金を引いた。稀世の人一倍優れた動体視力により銃線を読み切られた銃弾は、稀世が構えた銅鏡に面白いように吸い込まれていく。稀世側に銃弾の痕が突起するが貫通はしない。3秒の連射で発射音が途切れた。弾切れだ。稀世は「直さんの敵やー!直さんの野辺送りにお前の命をもらったる―!」と叫ぶとプロレスの場外乱闘の時のパイプ椅子のように銅鏡を振り上げると男の頭頂部に落とした。
 男はその場に縦に崩れ落ち、その横にいるもう一人の兵士に視線を向けた。獣のような稀世の視線に慄いた男はマシンガンを向けた。稀世はポケットから陽菜が100均で買ってきたマグネットボールネオジム磁石の塊を敵の銃口めがけて投げつけた。敵はとっさにマシンガンで直径3ミリの小型磁石の塊をはねつけた瞬間マグネットボールはバラバラになりビーズ化した磁石が銃口の中に入り込んだ。その男は稀世に向け引き金を引いたが銃口内に入り込んだ小型磁石によりマシンガンは筒内暴発を起こした。男はマシンガンを肩に掛けると踵を返し北へと逃げ出した。「逃がすかい!」と稀世がフリスビーの要領で投げた銅鏡が綺麗な円弧を描きカーブし後頭部にヒットすると男は倒れた。
 稀世が東宝殿の方向を振り向くと、四人の男を相手に、MK、羽藤、舩阪、まりあが格闘戦に入っているのが見えた。陽菜はカプサイシンスプレーが空になり夏子と一緒に何もできずにおろおろしている。(銃を使ってないってことは、みんなマグネットビーズで銃の無力化には成功したんやな!)稀世は少し安心した。四人は押され気味ではあるが何とか格闘戦に持ち込んでいるのを確認して地面に倒れた直の元に走った。
 
 東宝殿の前では、最初にまりあが倒された。羽藤だけが何とか対等に戦い続けているが、MKは一方的に攻撃を受け、防御一方の状況。舩阪もまりあを倒した男が加わり二対一の状況になり、防戦一方だ。舩阪はクラヴ・マガの技で足をすくわれ仰向けに倒され、馬乗りになられた。「陽菜ちゃん、逃げて!こいつらにはかなわへん!」の舩阪の叫びで陽菜にスイッチが入った。「なっちゃん!協力して!アイアンロータス改や!」
 一瞬のアイコンタクトで女子プロレス界では「制御できない最終兵器」として試合での使用を禁止された夏子と陽菜のタッグでの必殺技「アイアンロータス改」の体制に入った。膝を上向きにL字に立て地面に仰向けに寝そべった夏子の両膝を腰の上で両脇に抱え陽菜が回転運動に入った。一回転、二回転と回るたびに回転速度が上がっていく。
「なっちゃん行くで!命預けて!」
「あいさ!陽菜ちゃん頼むで!」
の掛け声と同時に、ジャイアントスイングの要領で駒のように回転した夏子と陽菜が舩阪に馬乗りになった男に飛び込むと、男はその圧倒的な回転力が加わった攻撃に3メートル以上吹っ飛ばされ、その横にいた兵士も拳銃を構える間も無くその人間台風の回転になすすべもなく吹き飛ばされた。
「陽菜ちゃん、MKも助けたって!」
「はいよ!」

 敵兵士と組み合うMKが近づく夏子と陽菜に気づき、距離を取ったところに回転する夏子の頭が敵兵士の背からぶつかった。一発目で体勢を崩した兵士が振り返ったところ、夏子の頭と相手の顎がヒットした。男は白目をむいて仰向けに倒れた。
 それまでの攻撃で目を回し制御不能になった陽菜は夏子の両太ももを維持できなくなり手が緩んだ。夏子はちょうどMKの胸の中に飛ばされた。目を回しふらつく陽菜が男の股間を踏みつけ、偶然のとどめを刺すと同時に陽菜も卒倒した。
 あっという間に三人の特殊部隊員をなぎ倒し、舩坂とMKを救助したが夏子と陽菜も完全に目を回している。舩阪が陽菜を抱き寄せると「舩君、たまには私らもやるやろ!」と言い残すと白目をむいた。MKは「なっちゃん、大丈夫ですか?サイェレット・マトカルを一気に三人も秒殺ですよ!凄い!凄すぎですよ!なっちゃん最高です!」と抱きしめる。「MKが大丈夫やったらそれでいいねん…。あぁ、目が回ってMKが五人おるみたいや…。VRのシチュエーションと一緒やな…。」と言い残し意識を失った。最後のひとりは羽藤と五分の状況が続いている。
 
 「直さーん!」と叫び稀世は倒れた直に駆け寄り抱き起こすと直はケロリと目を開けてとぼけたように言った。
「あー、わし生きてるんか?羽藤が言ってた拳銃弾は577ページ以上は貫けへんっていうのはほんまやったんやな。マンガ雑誌一冊でマシンガンの一連射を止めたんやな…。ただ、稀世ちゃんには悪いけど「電撃マ王」はバラバラになってしもたから、もう読まれへんな!あれ、稀世ちゃん、背中から煙出てるやないか?」
「うん、私も背中から11発撃たれた。でもそこは776ページの「ちゃおDXデラックス」や!私も分厚い雑誌のおかげで、拳銃もマシンガンも大丈夫やったで!さすがは「少年鈍器」と「ちゃおDXデラックスや!って言うてる場合やないで!まだ敵は四人も居んねん!みんなを助けに行かな!」
 稀世と直が東宝殿に戻ってきた。
「夏子と陽菜がやられてる!ただ、戦ってるんは一志だけや!他は倒したようやな!まずは一志の助太刀や!」
直は六人の苦戦を想像していたが、残りの敵は一人。羽藤と一騎打ちの敵に対し稀世と直が参戦した。変幻自在のタイガーマスク張りの変化技を繰り出す稀世の技と「クラヴ・マガ」を無力化する直の極めた合気術により敵は完全に翻弄され、羽藤のとどめのアッパーカットで敵は完全に沈黙した。ものの十分で後半突入してきた八人も制圧した。最初の六人と合わせ十四人を確保し、数珠つなぎにして三重県警の到着を待った。

 「アイアンロータス改」のダメージから回復した陽菜がふと目をやった先の北門に残された包みと稀世が投げつけたマシンガンの銃痕が残る銅鏡を拾いに行った。一つは菊のご紋の入った絹織物に包まれた長方形型の石板で一つは八葉型の銅鏡だった。銅鏡が包まれていた織物も併せて拾ってきた。
 陽菜が皆の元に戻ってきて開口一番、
「さあ、MK君、ソロモンの宝の場所を読み解いてや!まずは、写真撮っておかなあかんかな?」
とスマホで裏表を数枚ずつ撮影した。MKと羽藤が各々の石板と銅鏡を見比べた。「石板がモーゼの「十戒の石板」で銅鏡が「八咫鏡」という事なのか?確かに古代ヘブライ文字が書いてあるが、言葉になっていない…。」
と羽藤がうなると、MKも同じ意見だった。
「まあ、解読は後にするとして、MK君よ、こいつらいったい何者やったんや?MK君と同じイスラエル人なんか?」
 改めて直が問うと、MKはひとりの男の黒マスクを引きはがした。
「よお、ギオラ・エプスタイン。モサドの訓練所以来だな。今は、新政権の極右連合政党の「宗教シオニズム・ユダヤの力」の手下だったかな?」
と日本語で話しかけた。

 エプスタインと呼ばれた男は、仲間にMKとの会話内容を聞かれたくないのか、日本語で答えた。
「コーケン、お前もイスラエル人なら、三種の神器はもともとユダヤの物だとわかっているはずだろう。なぜ、俺たちの回収の邪魔をする。今からでも、俺達に加わり、石板、銅鏡とシャーマンのミス夏子とともに祖国に帰ろう。それが、我々イスラエル国に身を置く者の使命だろう。」
と話しているのを聞いた、稀世たちは驚いた。
「えー、MK、敵のこいつと知り合いやったん?」
「はい、宮津でハマーとすれ違った瞬間わかりました。僕はイスラエル諜報特務庁モサドの「ネヴィオト」という「追尾」、「偵察」、「盗聴」を担当する部署にいたんですけど、このギオラ・エプスタインは「メトツァダ」という実力行使、特殊作戦を担当するグループにいました。
 友好国である日本で我が国の特殊部隊が問題を起こすのを未然に防ぐために皆さんに同行し続けました。そうでもしなければ、強引に夏子さんを指輪ごと拉致しかねないところでしたので…。羽藤さん以外には話してなかったことはこの場でお詫びします。」
とみんなに頭を下げた。

 MKは現在のイスラエルの政治状況を皆に話した。2022年11月1日に執行された「クネセト総選挙」で過去二回の首相を経験しているベンヤミン・ニタニヤフの右派政党「リクード」は32議席を取り第1党となったが、過半数を維持するために、極右政党連合である「宗教シオニズム・ユダヤの力」や宗教政党の「シャス」との右派連合で64議席を確保し、2022年12月29日のイスラエル国会で連立政権が承認されたことが説明された。
 極右連合政党の「宗教シオニズム党」は「約束の地(※イスラエル)に対する支配強化がメシアの到来を早めるという宗教解釈から、周辺国に対し強硬な姿勢をとるために、その宗教的な主柱になる「アーク」を追い続けていることが付け加えられた。
 夏子が淡路島でアップした指輪の写真入りのSNSと本国外務省に入り込んだモサドのスパイがMKの報告を傍受したことが原因でエプスタイン達強硬派が動き出したことが説明されたが、伊弉諾神社でニコニコのみんなと出会ったのは本当に偶然であったと語られた。十数分に渡り、MKの説明が続いた。
「それにしても、三重県警一向に来る様子があれへんなぁ?何さぼっとんねやろ?」
と直が呟いた。

 MKが話し終わると、夏子を抱きしめて囁いた。
「なっちゃん、恐ろしい目に合わせてごめんね。君を助けると言いながら、最後は結果的に僕が助けられることになってしまった。君は本当に知恵と勇気と凄い能力を持った素晴らしい女性だ。まさに世界一の女性です。さぁ、最後に「モーゼの石板」と「八咫鏡」に何が書かれているのかを読み解いてください。そして秘密を解くカギがイスラエルにあるのなら、僕と一緒に探しに行ってください。なっちゃん、君を僕の両親にも紹介したいんです。さあ、県警が来る前にもう一度、「神」の啓示を…。」
 夏子は、MKの言葉に頷くとネックレスにぶら下げた二つの指輪を右手で握った。雨の中つむじ風が巻き起こり、夏子がトランス状態に入る予兆が見られた。

 その瞬間、フル装備の兵隊に囲まれていたことに気づいた三朗が声をあげた。稀世がファイティングポーズをとるが、羽藤が
「稀世さん、動いちゃダメですよ。今度の奴らはライフルを持っています。今までの拳銃弾のピストルやマシンガンと違ってアサルトライフルの前では、雑誌の防弾チョッキなんでそれこそ紙切れですから。降参しましょう。」
と稀世をなだめると、ヘブライ語で相手に語り掛けた。羽藤が名乗っていること以外は何を言っているのか皆目見当がつかない。
 すると、年配の貫禄のあるものが先頭に出てきた。羽藤と何やら話し込んでいる。上空に双発の大型ヘリコプターのCH-47がやってきてホバリング態勢に入り、話し声は何も聞こえなくなった。羽藤は陽菜に菊のご紋の錦にくるまれた長方形と八葉の物を出させ、相手に手渡した。羽藤は夏子に二つの指輪も出すように言われ、羽藤に手渡すと、相手の男に渡された。縛られた十四人を解放し、次々と20メートル上空のヘリコプターに回収していく。最後まで、アサルトライフルを向けていた二人の兵士と一緒に羽藤と話していた男は、敬礼をするとヘリは上昇し、北の空に消えていった。気が付くとMKもいなくなっていた。
「あれ?MK?どこに行ったん?誰かMK見てへん?」
と夏子が境内を探し回るが、何処にもいないし誰もMKを見ていない。ようやくパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。降りしきる雨の中、夏子は天を仰ぎ、
「もしかして、MKもこの事件も全て夢やったん…?」
と呟いた。雨に交じって涙が頬を伝った。



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