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「デビルタイガー」

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「デビルタイガー」

 稀世はメディアクリエイト社に帰ると、太田に今日の取材の報告を行った。太田は独自に「半愚連集団」や地元反社の下請け的に動く「闇バイト」について独自に調査をしていることが伝えられた。
 机からいつも使ってるものでないスマホを取り出すと、最近名前が変わった世界最大のSNSのページを開いた。「#デビルタイガー」で検索をかけると、複数のツイートがあがっていた。
「昼過ぎに府警からデビルタイガーのことが発表される前からいろいろと書き込まれてるみたいやねん。古いもんは事件の翌日やな。まあ、「人殺し」とか「ろくでなし」みたいな書き込みがほとんどやけどな。
 そんな書き込みの中で「デビルタイガーに「人殺し」を強制された。」、「(闇)バイトを断ったら実家に猫の死骸が送りつけられた。まさに外道!」、「金の為なら何でもござれの守銭奴。」、「半年前に仕事したことあるけど無報酬(怒)!」「あんな奴、野垂れ死んで当たり前!ざまあみろ(笑)!」など罵詈雑言が連なっていた。
 そのほとんどは、本名を出さずに「ハンドルネーム」での書き込みであったが、大阪ローカルな事件に対して複数の書き込みがあったことがその影響力を感じさせた。

 「ふーん、やっぱりデビルタイガーはごっつい「悪者」で、仲間に報酬金を渡さんと独り占めにしたことで恨みを買って殺されたってことなんですかねぇ?坂井さんから聞いた話やとデビルタイガーは他の男たちから「金払え」って詰められて、「博打ばくちですってしもた。」って言い訳してたって現場で見たカップルの証言があったんですって。分け前を配らんと一人で博打ですってしもたら、そりゃ仲間も怒りますわね。」
稀世が、各ツイートを読んで呟くと、太田はスマホの画面を閉じ
「まあ、昔はこのサイトは本名晒しての「つぶやき」やったからよかったけど、今はもうそのルールも無茶苦茶や。ハンドルネームで投稿しよるやつは何でも書きたい放題やからな。「いいね」欲しさに、「有ること無いこと」書く奴もおるし、金もらって「ウソ」書きよるやつもおる。ましてや自分名義やない「飛ばし携帯」使ってるやつはやりたい放題や。稀世ちゃんはSNSを丸ごと信じたらあかんぞ。」
と何か「含み」を持たせたまま注意した。

 稀世は、太田が何を言いたかったのか見当がつかず別の話題にふった。
「デスク、ところで「半愚連」って「やくざ」と何が違うんですか?」
との稀世の質問に太田は丁寧に答えた。
 「半愚連」は「不良グループ」や「抗争系暴走族」などのリーダー格を中心に烏合の衆も含めたグループを母体とする新興の犯罪組織である。暴力団は「親分」、「子分」といった擬制的血縁関係で結びつけられた組織構造になっている。ここまで説明して、稀世が理解できてないことを感じ取った太田は説明を加えた。
 暴力団は「暴力団対策法」の対象になるが、組織が確定されていない「半愚連」は同法は適用されない。その為、「暴力団」やその構成員などの「反社」への行動規制は「半愚連」では機能せず、その取り締まりに警察は苦労していると説明がなされた。

 「ふーん、ちなみに「半愚連」の収入源って何なんですか?「押し込み強盗」や「オレオレ詐欺」みたいな「特殊詐欺」で食っていってるんですか?」
稀世が質問を入れると
「まあ、一口には言われへんけど、それら「集団窃盗」や「集団強盗」や「特殊詐欺」以外やと、繁華街なんかで「みかじめ料」を取ったり、「ぼったくりバー」や「デリヘル」の経営なんていうのも最近ではよく聞くな。
 やくざは「みかじめ料」を取るにしても、他の「組」との「シマ」の取り決めもあるし、「相場」ってもんも決まってる。そこに、「シマ」関係なしに「半愚連」が入ってくるんやから、「やくざ」も「半愚連」には手を焼いてるわな。
 「シマ」荒らされたんでお巡りさん取り締まってくださいって警察に泣きつくわけにいけへんし、「半愚連」は「本部」や「事務所」持てへんところがほとんどや。行きつけの「店」で連絡を取り合うし、明確な組織の「届」もあれへんからきっちりと組織を把握することもできへん。やっかいなこっちゃで…。」
と最後は諦め口調で太田は締めくくった。

 「ふーん、警察で管理規制されないミニ反社みたいなもんなんですね。ちなみにどうやってデスクは調べてるんですか?」
と尋ねる稀世に再びスマホを取り出して日本最大手のSNSのページを開いた。アカウント名は「無職君」となっている。「これって、デスクのアカウント何ですか?「無職君」ってなんですの?」と問うと、闇バイトの誘いを引き出すためのアカウントで過去に「#高額バイト」や「#短期高収入」といったタグをつけて、金に困った若者のふりをして書き込みを行ったツイートの中で「デビルタイガー」を知ったと説明された。
 「デスク、そんな嘘ついて書き込みして大丈夫なんですか?」と尋ねる稀世に「大丈夫や。あいつらはそこまでの頭はない。こっちが変に突っ込まへん限り大丈夫や。」と返し、闇バイト募集の手口を説明した。
「へーえ、うまいことやってるんですねー。そんで、「デビルタイガー」と他のグループの違いってなにかあるんですか?」
稀世に問われて太田は「せやなぁ、「デビルタイガー」はいうなれば「半愚連界のジンギスカン」やねん!」と答えた。稀世の頭に「?」マークがたくさん浮かんだ。


 
 太田は稀世にデビルタイガーの仕組みを説明した。ほとんどの闇バイトが日当扱いや一回いくらの定額払いなのだが、デビルタイガーの報酬は半額制であることと、「殺人不要」がうたわれていると説明した。
 しかし全く理解できていないといった顔の稀世に太田はジンギスカンがなぜ極東から東ヨーロッパまでの民族の壁を越えて支配できたのかという話を始めた。それまでは、侵略した先での「がり」はそのほとんどを「王」が取り、それの「残りかす」が武将に配分されていたという歴史的な報酬制度について説明した。7割から8割を君主とその家族や取り巻き閣僚が搾取してしまうのがアジアでも東ヨーロッパでも当たり前だったのが、その配分方式を大きく変えたのが中世世界の覇者「チンギスハン」だったという。
 
 いかなる場所であっても、「王」であるチンギスハン一族への上納金は20%とした。そして、10人の部下への配当率を80%と制定したのだった。わかりやすく言うと、現地司令官の将軍は、20%を「王」である「チンギスハン一族」に上納すれば、後の80%は自分たちに残る。司令官達は残りの80%を10人で割り、その中から20%の分担報酬の取ると10人の直属の部下に取り分としてその80%を渡す。部下はその部下にその80%を…というように、昇格すれば取得配分は大きくなるし常に自分が支配する軍団収入の20%がトップには残る仕組みになっている。
 侵略をする前に「間者スパイ」を送り込んで、「チンギスハンの将軍は獲得利益の80%が報酬になる。いまの2割や3割とは断然違う。さらに民族不問だ。」と吹聴して回り、戦わずして敵の将軍を寝返らせ、クーデターを起こさせ所属の「王」を討たせたという。
 さらに、兵への報酬は「職場放棄」をしない限りは「戦死したもの」や「今後闘えなくなったもの」にも払うという「死亡弔慰金」や「傷病手当」の制度を取り入れたため、脱走兵は減り、兵の質はあがり、忠誠心も高まったという。
 ただし「裏切者」や「サボタージュ」については厳しい処罰も制定され、それまでの「烏合の衆」の軍隊から「統制の取れた」軍隊に変えたことにより無類の強さを誇ったという。
 この制度を現代風に活用した報酬制度を「デビルタイガー」グループでは採っていると太田は稀世に説明をした。デビルタイガーの上納金は50%であり、他の半愚連グループと比べると破格の分配率だという事だった。
「ふーん、自分がしっかりと動く「下」を連れてくれば、自分はなんもせんでも50%が受け取れるし、各自が「下」を連れてくるから実行犯とトップの連携性は薄まるし、比例報酬が高まると思えば自ら主たる実行犯にも手を挙げるってことやねんな。」
と稀世は納得した。
 
 さらに、基本的に「空き巣狙い」というものが「デビルタイガー」の「闇バイト」の募集条件だと太田の解説は続いた。
「稀世ちゃん、ちょっと先に今の日本の刑法について説明しとくわな。今の日本では「押し込み強盗」をした場合、殺せば「強盗殺人」で「強盗致傷罪」という刑法第240条に定められた罪になるんやな。
 負傷させただけでも「無期」または「6年以上」の懲役、死亡させたら「死刑」か「無期」懲役や。刑法236条の「強盗罪」の加重類型やから刑法243条によって「未遂」でも処罰されるんや。まあ、武器を持っての押し込み強盗は基本的に人が居る前提で行きよるから、「強盗傷人罪」か「強盗殺人罪」が適用されるんや。」
「へー、凄い重い罪なんですね。でも、闇バイトなんかはほとんどが初犯というのか前歴無しの子達でしょ。執行猶予とかつくんじゃないんですか?」
稀世が根拠も無しに思うまま発言をした。

 それに対して太田はノートパソコンを叩くとわかりやすく刑法について書かれた弁護士事務所のホームページを開き稀世に見せた。
「いやいや、執行猶予がつくのは「3年以下の懲役・禁固、50万円以下の罰金の言い渡しを受けた」時だけなんや。強盗殺人は最低が6年以上の懲役やから「執行猶予」にはなれへんねや。せやから、仮に逮捕されても「執行猶予」がつく「空き巣狙い」に特化した募集をしとんねん。」
「じゃあ、デビルタイガーは何が違うんですか?「押し込み強盗」や「殺人」もしてるってSNSで書き込まれてたじゃないですか?」
 稀世が太田に問いかけた。太田は、淡々と解説を続けた。

 「デビルタイガーの「闇バイト」募集の内容は基本は「空き巣狙い」や。普通の半グレの闇バイトの押し込み強盗は、「資産持ち」の家に押し込んで、住人を脅して金品を奪いよるんやな。いわゆる「あほ」が2、3人つるめばできる「即決」犯罪や。
 デビルタイガーは、少し頭を使いよる。情報源は何かはわからへんねんけど、目をつけた「資産家」に対して「空き巣」しよんねん。事前に、いろいろと調査を重ねて金品の置き場なんかを調べたり、住人の留守になるルーチンを調べるんやろな。留守に入るから、探す方もゆっくりできるやろうし、空き巣狙いで「人を傷つけへん」から、捕まっても初犯なら執行猶予がつくっていう「闇バイト」の連中の気持ちの安心もある。
 しかも、さっき言った、ジンギスカン方式の報酬分配やから、人を手配すれば自分は手を汚さんでも済む場合もあるし、ガッツリ稼ぎたいんやったら自分でやるってなもんや。」
稀世は腕を組んで考えた。
「仮に、「空き巣狙い」のつもりで行ったとしても、対象者の予定が急に変わって居合わせるってこともあるんとちゃうんとちゃいますか?」
太田に向けて再質問をした。

 「そこがデビルタイガーのマニュアルはよくできてんねや。偶然、住人と居合わせても「殺したくないからおとなしくしてくれ!」って最初に言わすねんて。そんで、バールで足に「ゴツン」や。相手は死ぬことないから、それを証言すれば、「強盗致傷」の意思は無しってなもんやな。ほんま、悪い弁護士でもついてんのとちゃうかって計画性や。」
「ふーん、デスクはどうしてそれを知ってるんですか?」
「それはやな、あからさまに「闇バイト」の募集人やっとる下っ端と連絡を取り合って、闇バイトで得る報酬よりも大きい金額ちらつかしたったら、そりゃしゃべるしゃべる。強盗して5万円やったら、取材に応じて6万の方がええわな。さらに3万出したるっていうたらマニュアルまで出しよったで。ただ、デビルタイガーまではたどり着けへん。うまいこと上から下への命令系統ができてるわ。」

 稀世は太田の話を興味深く聞き、メモを取った。ふと思いついたように稀世は太田に尋ねた。
「ところで下っ端はデビルタイガーに金を渡さんと逃げたりせえへんの?金持ってトンズラってありそうやと思うねんけど。」
「そこもしっかりと考えとんねんな。闇バイトの申し込み時点で免許証や学生証なんかの身分証を取り付けよんねん。そんで、デビルタイガーのうまいところは「手付金」名目で先に前金を支払いよんねん。
 それで、身分証と口座で本人確認をしっかりしよんねんな。それから、実家に電話入れたりするみたいや。まあ、住所さえわかれば、1週間もあれば実家を調べることはできるわな。ちょこっと小遣いやったら戸籍追跡する弁護士も普通におるから難しい話やない。そりゃ、親に電話かかってきたらもう逃げようとか思われへんわな。」
「ふーん、凄い話なんですね…。てっきりもっとざっくりしたもんやと思ってました。ところで受け渡しはどないするんですか?まさか手渡しやないですよね?」
と、稀世は再び質問を投げつけた。
「せやな。デビルタイガーはそんなリスクは犯さへん。大概は「成果品」は「現金」だろうと「宝飾品」、「高級時計」なんかもバッグに入れて「置き」や。当然拾いに行くのも闇バイトやな。雇ったやつが順に上にあげてきよる。せやからデビルタイガーの元にはたどり着けへんって訳や。もしかしたら、過去の振り込め詐欺集団みたいに海外にいてるんかも知れへんな。」
太田は資料を稀世に渡すと「まあ、一回読んでみいや」と言い部屋を出ていった。



今日の稀世ちゃん。
しっかり資料を読み込んで取材しましょう!

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