「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼

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「おとり作戦」

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「おとり作戦」

 「ただいま帰りました。」と稀世が社に帰ると、太田はビールを飲みながら週末の報道番組で放映する外注制作案件のビデオチェックに入っている様子だった。
「あぁ、稀世ちゃんか?残業ご苦労さん!あと15分程で終わるから待っててくれるか?何やったら、ビールでもチューハイでも飲んで一服しときや。」
と声をかけられたので、遠慮することなく、冷蔵庫を開けた。
 稀世が好んで飲む、3%や4%のライトチューハイは無く、9%のストロングチューハイかハイボールとワンカップの日本酒しか残っていなかった。(うーん、ハイボールやったら、まだ9%チューハイで氷入れる方がええか…)と缶を開けグラスに氷を入れるとチューハイを注いだ。(あー、結局、加藤ってとことん「悪もん」なんかなぁ…。あの花一輪に何か希望を感じた私の読み違いやったんかな…。)飲みながら昨日今日の取材結果を手書きでまとめたノートを開き、マーカーペンと付箋で再チェックした。

 15分後、太田がデスクに戻ってきた。「稀世ちゃん、会議室行こか!」と太田が言うときは、絶対秘密厳守の話をするときか誰かが来社するときだった。「誰か来はるんですか?」の問いに「あぁ、後で坂井が来るんや。ちょっと、内緒の話も出てくるからな。」との話だった。
 坂井は一人の男を連れて来ていた。元女子レスラーの稀世にはその男の筋肉のつき方から「格闘経験者」であることがすぐ分かった。男は部屋に入ると
宇都宮大翔うつのみや・ひろとです。大学3回生で来年、大阪府警の採用試験を受けようと思ってます。坂井さんには空手道場でお世話になっています。今回は、「アルバイト」でメディアプロダクトさんにお世話になろうと思ってます。余談ですが、ニコニコプロレス時代の安稀世さんのファンでした。」
とさわやかに挨拶をした。
 太田が、坂井と宇都宮を会議室の椅子に座らせると「稀世ちゃんの調査取材と並行して、闇バイトの内情を探ろうと宇都宮君に潜入捜査をお願いしようと思ってるんや。もちろん悪いことはさせへん。あくまで、向こうさんの作戦実行直前までの参加で当日はドタキャンさせる。」
 
 闇バイト招集の手口はわかっているので、実家は沖縄の離島で現地訪問での確認できないところを選び、自宅電話は固定電話無しの設定を太田がホワイトボードに書き込んでいく。親宛ての携帯は太田が取り、免許証は住所、生年月日は偽造したものを使うという作戦だった。
「警察では「おとり捜査」はできへんから、宇都宮君はうち独自の「潜入捜査」ってことにするんや。稀世ちゃんは、隠しカメラや隠しマイクやウェブカメラのセッティングや使い方の説明をしっかりしたってや。」
太田は機材の入ったバッグをテーブルの上に置くといくつかの機材を取り出し宇都宮に見せ、機材の特徴と使い道を説明した。
 「宇都宮君は怖くないの?「半愚連」って言うてもややこしい奴とか危ない奴もおるんやろ?」
 稀世が尋ねるとさらっと宇都宮は気さくな笑顔を稀世に返した。
「まあ、「半愚連」っていうてもほとんどは素人でしょうし、やくざと違って拳銃は持ってないでしょうから大丈夫でしょ。僕、一応、極真空手の黒帯持ちですから。」

 その後は太田の仕切りで会議が始まった。稀世は面談調査を済ませた3人の証言を発表した。
「うーん、根っからの「悪」か…。小学4年生で6年生の顔面を角材で殴るって凄いデビューやな。中学は喧嘩三昧で、やくざの店の用心棒やって、兄貴分をしばいて盃事無視してトンズラってか?こりゃ、今回も「半愚連」の仲間から恨みを買ってやられた口かな?」
太田が加藤について稀世から語られた過去の内容の酷さに驚いた。
「うーん、普通に考えたらせやねんけどな。8日の夜中の第1発見者の話やと「俺らの金返せや!」に「博打ですってしもた」で「ガツン」やからな…。デビルタイガーがみんなに分け前払わんと使い込んで、逆しばきに遭ったって考えてたところなんやけどまぁ。ただ…。」
坂井が何か言いかけて止まった。
「おい坂井、「ただ」、どないしたんや?なんか引っかかることあるんか?」

 坂井は太田と稀世の顔を見て呟いた。
「あぁ、お前らには言うてへんかったんやけど、加藤の死亡推定時間が合えへんねや。事件が発覚したんが午前3時。うちの鑑識が出した死亡推定時刻は午前1時なんや。」
「へぇ、そりゃややこしいな。今の鑑識の技術で死亡時間が2時間もズレるってことはあれへんやろうからな。」
太田が坂井の言葉にすかさずツッコミを入れた。
「せやろ。おまけに、身元を示すものはなんも持ってへん。あの場で殴り殺されて、財布もカギも携帯も全部奪って逃げたっていうのはどうもな…。ただ、発見者のカップルが、断末魔の叫び声を確認しとるんや…。」
 坂井が黙り込んで会議はそこで止まった。稀世は死亡時間がずれていることがどうかかわってくるのか理解できなかった。しかし、何を質問したらよいのかがわからず会議は進んだ。
 
 太田が予備のスマホを取り出し、SNSアプリを開き坂井に見せた。以前太田が稀世に見せたウソのアカウントへの「#高額バイト探してます」のツイートに対するリツイートが来ていた。稀世は一瞬、目を疑った。
 スマホの画面には「デビルタイガーグループのものです。短時間高収入のバイトあります。他グループと違って「K」や「G」はなく「A」だけなので万一の際にも安心です。この5日以内に仕事あるので相談のります。」とあった。
 「デスク、この「K」、「G」、「A」って何ですか?」稀世が聞くと、「闇バイトの隠語や。「K」は「殺し」、「G」は「強盗」、そんで「A」は「空き巣」のことやろな。」

 坂井が「デビルタイガーの加藤が死んだ後も、グループは残ってるんか?それとも誰ぞが勝手に名前使ってるんか?」と尋ねた。
「それはわからん。ただ、「押し込み強盗」やなくて「空き巣」で闇バイトを募集してる手口はデビルタイガーそのものやし、何よりもグループを名乗ってるんやからその線はあり得るやろ。」
太田は答え、ホワイトボードに「新デビルタイガー」と描き込み、「継続組織」、「名乗り新規」と書き加えてすぐに「継続組織」に丸印をつけ、3人に問いかけた。
「まあ、手口を引き継いでるところを見ると加藤の組織を誰かが引き継いだんやろな。ここに首を突っ込んで「デビルタイガーグループ」の実情を探ろうと思うんやけどどない思う?」
「じゃあ、僕の初仕事にさせてください。」宇都宮が手を挙げた。

 稀世は慌てて宇都宮に「やめときいや。加藤をリンチしてバールで殺したかもしれへんような奴なんやで!」と止めたが、表情は変わらず、
「奴らと顔を合わす前にトンズラでいいんですよね。太田さんの電話で会話を交わすくらいで、やつらの手はずと事件の現場と日時を抑えるまでの仕事でしたら大丈夫です。」
と言い切った。
 太田と坂井もおとり捜査のリスクを含め、宇都宮に再度意思確認をした。
「太田さんの名前で架空の住所の偽の免許証を用意してくれるのであれば危害は及ばないでしょ。ここは僕に任せてください。」
 宇都宮の意思は変わらなかった。そこで坂井の指示で太田のスマホから「沖縄の実家で不幸があり、航空券代、香典等で至急10万必要です。門真在住です。電車賃や足は無いので近場であればオッケーです。」とメッセージを送ると、更新履歴が一定時間たつと消える「闇バイト」ご用達の文字通信アプリのダウンロードアドレスが送られてきた。
 
 太田のデコイ(※「おとり」の意)スマホでアプリをダウンロードすると「招待ID」が送ってこられ、以降の通信はアプリを通じてとなった。相手は、宇都宮に交通費を手付として払うので身分証明書とキャッシュカードか通帳の画像を送るよう指示してきた。メッセージは都度スクリーンショットで記録するようにした。「今、出先なので自宅に戻り次第送ります。」と返信し、時間を稼いだ。
 
 「おっ、ここまでの段取りは過去に調べたものに共通しとるな。通帳は俺の使ってない口座があるからそれを使うか。免許も俺の名前にし、生年月日だけ宇都宮君にしよか。住所は石垣島の住所にして、親の連絡先は俺の携帯で。じゃあ、まずは免許証をでっちあげるか!稀世ちゃん、手伝ったってな。」
と太田は言うと稀世に石垣島の知り合いのマンションの住所を「部屋番号」を除きメモを書き稀世に渡し、坂井と会議室を出ていった。

 稀世は宇都宮の免許をスキャナーで取り込むと、住所を書き換え、写真の下の発行者を「沖縄県公安委員会」と打ち直し、角印影をでっちあげて張り付けた。プラスティックカードに印刷すると免許証に沿ってカッターナイフで切り抜いた。裏面はマット紙に印刷し、表裏印刷物を張り合わせた。
「へー、安さん器用なもんですね。あっという間に偽造免許の出来上がりですね。」
宇都宮が感心すると、
「撮影で使う備品なんかはここで作ることもあるからね。何やったら、京都大学の学生証も作っとこか。カラカラカラ。」
「へー、じゃあ悪徳個人金融から1000万ほど引っ張ってきますんで医師の資格証もお願いできますか?取り分は5分5分でいいですよね!ケラケラケラ」
と宇都宮がふざけるので稀世もつられて笑った。

 20分後、太田と坂井が戻ってきた。「おっ、もうできたんか?ええ仕事してるやないか?」太田は稀世の作った宇都宮の偽造免許を手に、自分のキャッシュカードを宇都宮に手渡した。4人で顔を合わせ、免許証とキャッシュカードの写真をスマホで撮ると、デビルタイガーグループを名乗るものに個人データと併せて送信した。
 すぐに、太田のスマホがなった。「太田敏夫君のお父さんですか?」と問われ、「はい、そうですが…。」と出るとすぐに電話は切れた。表示された着信番号を坂井が書き記した。

 数分後、メッセージアプリに「明日着で、手付金として2万円振り込みました。確認出来ましたらメッセージアプリに連絡ください。」と届いた。
 明朝、坂井が間違い電話を装って、太田にかかってきた電話番号にかけその番号が使用されていることを確認し、携帯キャリア会社に名義人を確認するとのことだった。

 翌朝、8時45分、太田が銀行通帳を記帳すると「キクタアキオ」の名前で2万円振り込まれていた。9時半には再び坂井が宇都宮を連れてメディアクリエイトにやってきた。坂井はデビルタイガーグループを名乗る男が持っているであろう携帯に電話をしたがなかなか繋がらず、何度も掛け直したところ何も名乗らず切られた携帯電話の名義人も「キクタアキオ」であったことが分かった。さっそく、別の刑事をキクタの契約書上の登録住所に送り込んだという。

 太田が「無職君」の偽アカウント登録したスマホで宇都宮がアプリで「入金確認しました。仕事内容を教えてください。」と入力すると、通信アプリの音声発信の着信がかかった。
 宇都宮が「危ない仕事なんですか?」と最初に尋ねると、「そりゃ、日当10万を超える仕事になるんやから、ちょっとは「法」に触れるで。ただ、うちのグループは「K」や「G」はせえへんからそこは安心しとき。まあ、万一出くわしても、うちは足の骨砕いて、ガムテープでぐるぐる巻きにするくらいやからな、捕まったところで初犯やったら執行猶予や。
 がっつりため込んでるじじいの家からちょろっといただいてくるだけの簡単な仕事や。現場は古いマンションで廊下無しの階段で5階の部屋で向かいの部屋は空き家やからカメラもないし、じじいがデイサービスに朝8時半から夕方5時まで行くのはわかってるし、1階と4階に見張りも立てるからのんびりしたもんや。」と言われた後に、3日後のターゲットの詳しい説明があった。
 
 「俺は10件目くらいになるんやけど、この案件は楽勝案件やで。もちろん、もう手付金も振り込んでるし今更キャンセルは効けへんけどな。じゃあ、当日の待ち合わせ時間と場所やねんけど今日の午後に連絡するんで絶対に来るようにな。さもないとどういうことになるかわかってるな。」
と「キクタアキオ」からの通信は約20分にわたり続いた。

 午前10時、「キクタアキオ」の電話購入時の登録住所に向かった刑事から、既にその住所に「キクタ」は済んでおらず、聞き込みによると「キクタ」は50代後半の男性で2年ほど前に引っ越したとのことだった。借金取りがよく来ていたとの証言を取り付けたとのことだった。
「さて、キクタが50代後半という事であれば、おそらく電話の主とは別人やろ。どう転がっても、あの声は20代から30代半ばの男の声や。キクタは借金をカタに口座と携帯契約させられたんやろ。まあ、府警としての調査は振出しに戻ったな。後は、3日後の奴らの実行日やな。」坂井が言うと、太田も頷いた。打ち合わせは、10時半でいったん終了となった。




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