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「監禁」

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「監禁」

 午前8時15分。メディアクリエイトに到着した稀世はパソコンを立ち上げ、鶴見緑地で拾ってきた女の子の手紙の裏面に書かれていた見積書らしきものを検索し、発行者を推測できるところまで来た。ひとつピースがはまると、次から次へとピースが繋がり、徐々にその塊は大きくなっていった。(もしかして、加藤は根っからの「悪者」じゃない可能性が…。デビルタイガーの被害者っておそらく調べを進めると一つのラインで繋がるんじゃ…。うーん、あともう少し…。何かが足りてない…。)と手が止まった。

 午前9時過ぎ、スマホが鳴った。宇都宮からの電話だった。
「もしもし、稀世さん?宇都宮です。太田さん、そちらに来られてますか?電話が通じなくて…。」
「いや、来てへんよ。出先ボードには直行ってなってるけど、どないしたん?」
「ちょっと、落ち着いて聞いて下さいよ。今、桑才の倉庫街の辺りなんですけど、デビルタイガーを見つけましたよ。あのステッカー貼ったバイクに金髪ロン毛。間違いないですよ。どのみち、太田さんとの合流は11時の予定でしたんで、やつが出てくるのを待って、現場に向かうかどうかを確認します。そうなりゃ、やつらのアジトごと「一斉検挙」ですからね。
 今しばらく張り込みを続けますんで、稀世さんの方から太田さんにはそう伝えておいてくださいね。」
興奮気味に話す宇都宮に稀世は尋ねた。
 「ところでその金髪の男の頬に黒子か痣ってあった?」と尋ねると「フルフェイス被ってましたから、そこまではわかりませんでした。まあ、出たときに気をつけて見ておきますね。」と宇都宮は言い、電話は切れた。
 稀世は太田のスマホに電話を入れたが、繋がらなかったので宇都宮が言った通り、留守電にメッセージを残した。

 午前10時、再び稀世の電話が鳴った。着信先表示は宇都宮となっていた。「もしもし?」稀世が問いかけるが返事がない。(ん、「勝手発信」の間違いかな?)と思い電話を切ろうとした瞬間、(違う、これは受信音量カットでの発信や。)と稀世は気づき、自分のスマホの録音アプリを起動させた。電話の向こうで
「おい、お前さっきから何うろうろしとんねん!」、「いや、別に…。ちょっと迷っただけで…。」、「あほ言うなや、ちょっと迷ったやつがなんで1時間もこの前でおるねん。明らかに、ここの中を探っとったやろ…。しっかりとカメラに写っとんねんぞ!」、「いや、そんなことないです…。」、「ん、お前、どっかであったことあれへんか…?あーっ、その顔!お前、太田敏夫やな!この間、バックレやがった沖縄の奴やろ!ちょっとこっちこい!」、「違います!人違いです。堪忍してください!」と宇都宮と男の会話が受話器から聞こえてくるが稀世にはどうしようもない。

 受話器に入ってくる会話と音でしか判断できないが、どうやら宇都宮はデビルタイガーと思われる男が立ち寄った建物で見張りを続けている最中に監視カメラでチェックされて、かつて闇バイト申し込みで使った偽名の「太田敏夫」と思われ、アジトらしき建屋に連れ込まれたようだった。
 「おい、怪しい奴や。手錠とロープもってこんかい!」と相手の声が響くと同時に、宇都宮の「チェストー!」という「発頸はっけい(※空手の技を出す際の発声)」と男のうめき声が響いた。複数の男の叫び声とうめき声が乱雑に入ってくる。宇都宮は2、3人の男を倒した様子は伝わったが、所詮は多勢に無勢で、取り押さえられた様子だった。

 「貴様、警察か?それとも他所の組のもんかい?いったい何を探っとったんや。」の男の声の後、鈍い打撃音と宇都宮の叫びが響いた。「宇都宮君、大丈夫!」と思わず稀世が叫ぶが、こちらの音声は意図的に宇都宮がカットしてるようで稀世の声は届かない。
 5度、6度と打撃音が響き、その都度、宇都宮のうめき声が響く。男は、宇都宮のズボンの尻のポケットから宇都宮の財布を抜き出したようで、稀世は(あかん、正体がばれた…。)と目を閉じた。電話の向こうで「やっぱり、太田君やないかい…。あぁ、ここまで知られたからには、死んでもらわなしゃあないな…。太田君は沖縄出身やさかい、ダイビングしに海に連れって行ったろか。ちゅうても沖縄の海やなくて冷たい冷たい大阪湾でアクアラング無しの永久ダイビングやけどな。」と冷たい男の声がスマホを通じて入ってきた。(あっ、あの時の偽造免許持ってたんや。素性がばれへんかったんは幸いやけど、いずれにしてもこのままやったら宇都宮君が殺されて、海に沈められてしまうピンチには変わらへんよな…。)心配する稀世の耳に信じられない言葉が入ってきた。
 
 「タイガーさん、そろそろ時間です。こいつは、とりあえずガムテープで縛っておきましょう。闇バイトの連中が現地で集合してると思いますんで、いったんこいつはここに残して、仕事の後で処分しましょう。とりあえず、見張りに3人程残しておけばいいでしょう。」
その声は、12月20日に宇都宮がドタキャンをかました日に何度もデビルタイガーのグループ通話で聞いた「キクタアキオ」の電話の声だった。
「しゃあないな。じゃあ、太田君、3時間ほどで戻ってくるからすぐに死にたくなかったら、しっかり説明してもらうわな。まあ、内容によっては、どのみち死んでもらうことになるけどな。カラカラカラ。」
 デビルタイガーと思われる男の笑い声が響くと、
「じゃあ、俺らはひと稼ぎしてくるわ。11時過ぎに「共立」の兄貴が来たら、その時は失礼のないようにしとけよ。兄貴が好きな特上の握り寿司でも出前頼んだってくれ。昼の1時には帰るから、お前ら3人でしっかり見張っとけよ。暴れるようやったら鉄パイプでもしょわしたれな。」
と言い残し、バイクの音が響き静かになった。

 稀世は、慌てて太田のスマホに電話をかけたが何度かけても留守番電話に切り替わるだけだった。とりあえず「宇都宮くんが桑才にあるデビルタイガーのアジトと思われる倉庫で監禁された模様。至急連絡乞う」とラインに入れた。
 さらにノートパソコンのGPS追跡ソフトを立ち上げ、宇都宮の持つスマホの位置情報を追った。GPSの位置信号を詳細地図に落とし、細かい住所を確定し、グーグルマップの実映像で建物を確認した。
 この事務所から約3キロ。自転車で全速で行けば20分で着く倉庫街の中の一つだった。建屋の映像には明らかに複数の「監視カメラ」が写り込んでいるのが確認できた。稀世はその画像をプリントアウトすると、赤マジックでカメラ位置をチェックし丸印をつけた。
 再度、太田に電話をかけるも繋がらず、やむを得ず坂井の携帯にも電話をしたがコールが鳴るだけで坂井が出ることは無かった。

 (あかん、ここは私が助けに行くしかない。宇都宮君のスマホのGPSで場所は確定できた。デビルタイガーとキクタの二人は今日の現場に向かってるはずや。さっきの話やと、見張りは3人いうことやったな。宇都宮君は縛られてるやろうから私一人で3人…。まあ、やくざとちゃうから拳銃はあれへんやろうし、せいぜいナイフとバールくらいやろか。こっちの武器は、撮影用の特殊警棒くらいしかあれへんけど、相手は「3人」っていうてたから不意打ちかましたったら何とかなるやろ。突入前にデスクに電話して、万一のことがあったら、警察に電話してもらうことにして…)と稀世は宇都宮救出の準備に入った。
 太田のノートパソコンに宇都宮の監禁されている倉庫の住所と詳細地図と先程の宇都宮が発見されてから、デビルタイガーたちが出かけるまでの録音データを圧縮ファイル化しメールで送った。



今日のおまけ
かなり季節外れですけどね(笑)。






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