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「大阪府警記者会見」

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「大阪府警記者会見」

 12月29日午後2時、大掃除を終えたメディアクリエイトのスタッフが待つ忘年会の会場である門真市駅東商店街の向日葵寿司にむかう為、京阪電車大和田駅に向けて電話をしながら走る女がいた。
「もしもし、デスクですか?安です。すみませんが少し遅れそうなんで先に始めちゃっててください。」
と電話で詫びを入れたが
「何言うてんねん。今回のスクープの主役を置いて先に始められっかいな。府警の記者会見は2時半からの予定やけどそれまでには間に合うんか?」
と太田に尋ねられた。
「はい、それまでには間に合うと思います。思いのほか、ハッピーハウスでの話に時間がとられちゃいましたけど、いい話が聞けたんですよ。心亜ちゃんともしっかりと話ができましたから。あの「絵」が府警の捜査の裏付けになったって言ったら喜んでましたよ。あぁ、もう大和田駅に着きます。うまく普通電車が来れば15分でお店には着きますんで、皆さんにはごめんなさいって伝えておいてください。」

 大和田駅の改札を抜け、稀世はちょうど入ってきた淀屋橋行きの普通電車に飛び乗った。左手にかけた紙袋には、ハッピーハウスの子供たちが描いた沢山の「絵」が入っている。
 そのうちの一枚を取り出すと、サンタの帽子を被った加藤が笑顔の子供たちに囲まれてプレゼントを配る絵だった。(加藤さん、今年もみんな喜んでくれてはりましたよ…。)と稀世は心の中で呟いた。次の1枚を取り出すと、餅つきをみんなで楽しむ絵で加藤が子供の持つきねを後ろから支えていた。次の1枚はみんなでケーキを食べている絵だった。もちろんそこにも加藤は描かれている。

 (ほんま、加藤さんは子供たちに愛されてたんやなぁ…。きっと卒園生の中から加藤さんの志を継いでくれる次の「タイガーマスク」が出てくるんやろな…。)と思っているうちに普通電車は2つ先の門真市駅に到着した。改札の時計の針は2時20分を指していた。
 「本日貸し切り」の張り紙が貼られた向日葵寿司の引き戸を開けると、大将の長井三朗が笑顔で
「みなさん主役の到着をお待ちですよ。いやー、ニコニコプロレス時代の安選手も凄かったですけど、記者になってもその魅力は減るどころかますます輝いてはりますね。さあ、どうぞどうぞ!」
と大きな壁掛けテレビがかかる奥の席に案内された。
 「おっ!無敵の新人記者稀世ちゃんの登場やぞー!みんな乾杯の準備せえ!」
太田が約20名のスタッフ、関係者に声をかけた。稀世はテレビ正面の中央の空いた席に招かれ冷えたビールのグラスを手渡された。全員が起立すると太田が
「この度の「デビルタイガー事件の全容解明スクープ」で地上波4社、新聞社4社、その他週刊誌、タブロイド、ネットニュース等合計20社売り上げで1080万の大口を正味一人でたたき出した我らが稀世ちゃんの頑張りに乾杯やー!」
の掛け声で全員が「かんぱーい!」と発声し、ビールのグラスを空けると大きな拍手を贈った。
「じゃあ、お料理スタートさせてもらいますねー!」とカウンターの中から大将の長井三朗が声をかけた。「あっ、もうあと3分で府警の記者会見が始まりますよ!」と宇都宮が声をあげると、太田がテレビのスイッチを入れた。民放地上波の昼のワイドショーのスタジオが映し出され、司会者が「はい、今から記者会見が始まるみたいですねぇ。世間を騒がす「闇バイト」の元請けである「反社」にまで捜査の手が及んだ最初の事件ですから注目度は高いですねぇ!では、カメラを大阪府警の記者会見場にふりましょう。よろしくおねがいしまーす!」とカメラに向かってコールした。

 画面はスタジオから切り替わり「大阪・門真の「闇バイト強盗事件」真相解明!大阪府警記者会見」のテロップが右上に出た。多数の記者で会場が埋め尽くされた会見席が映し出された。ちょうど会見が始まるタイミングだったようで10秒待たずに府警の広報係が
「ただいまより記者会見を始めます。まず40分の事件の経緯につきましてのご報告の後、10分の休憩を挟みまして40分の質疑応答時間を取っておりますので、ご質問のある方は各社1名、お渡しした用紙に質問をお書きの上、後ほどご提出ください。では、始めさせていただきます。」
と説明すると、坂井を先頭に署長と思われる制服の男と鑑識係らしき男が会見席についた。
 やや堅苦しい署長のあいさつの後、坂井による事件解明の会見が始まった。メディアクリエイトのメンバーは出てきた料理を頬張りつつ画面に見入った。アルコールの酌は自主的に止まっている。

 「この度は、大阪府門真市に本部を置く「共立組」若頭補佐「浅川和樹あさかわ・かずき」を筆頭に、半愚連グループ「デビルタイガーグループ」幹部「デビルタイガーこと村上亮むらかみ・りょう」、「キクタアキオこと田口拓也たぐち・たくや」等による「闇バイト」を使った連続「強盗」及び「殺人事件」の関係者合計18名の逮捕につきましてご報告させていただきます。去る12月24日に現行犯逮捕されました浅川和樹及び…」
とマイクを握った坂井による事件の経緯が説明され始めた。
 
 坂井の話は12月7日深夜の本田多恵の強盗殺人事件に遡った。「デビルタイガーグループ」の幹部メンバー及び闇バイト数名により、足が不自由で自立歩行ができない本田多恵ほんだ・たえ宅に押し込み強盗に入った事件について語られた。多恵は門真市大和田にある児童養護グループホーム「ハッピーハウス」の先々代所長であり、その施設の地権者であった。分譲マンションの再開発計画地区に施設が含まれており、共立組系の企業舎弟の不動産販売業「中村不動産」からの土地買収の誘いを本田はグループホーム維持のためにその申し出を頑なに断っていた。
 
 多恵は事故時、享年78歳。3年半前に交通事故に遭い、両足が悪く車いす生活の要介護の状況であった。多恵には次に「ハッピーハウス」所長になる予定だった一人娘がいた。娘は所長を引き継ぐ前に罹病し、長期入院となり所長業務を多恵から引き継ぐことはできなくなった。
 そこで4年前に「ハッピーハウス」卒園者のシングルマザーで「ハッピーハウス」スタッフになった者に多恵は目をつけた。そのスタッフには「心亜ここあ」という娘がいた。長女の長期入院で後継者を失った多恵は、その卒園者スタッフと長女の養子縁組を行った。
 多恵からすると娘の養女にもらったスタッフ女性の娘の心亜は戸籍上は義理のひ孫となる。
 多恵から所長を引き継いだ心亜の母は、多恵の交通事故、多恵の娘の入院と続いた施設関係者の不幸と、慣れない施設の管理業務による過労から半年で脳梗塞で倒れ、多恵の娘が亡くなる少し前に療養型病院の世話になる状況となった。意識は戻らず回復の見込みもない。足の悪い本田多恵は心亜を単独で育てることはできないので、自らが所有する「ハッピーハウス」に入所させた。
 3年前、「ハッピーハウス」は現在の所長に引き継がれ現在に至っている。

 12月7日は心亜は翌日未明に多恵と同じく、多恵所有の自宅内で撲殺された加藤典史とともに、多恵の身の回りの世話も含め手伝いに訪れていたと説明がなされた。
 そこで話は共立組に戻った。共立組企業舎弟「中村不動産」による、土地買収計画の話になった。中村不動産ではいくつかの新築マンション、収益物件建設の案件があり、そのうちの一件が本田多恵宅を含む大和田駅近くの案件、もう一つは「ハッピーハウス」がある周辺の「地上げ案件」だった。
 「太田多恵宅」以外の大和田マンション計画エリアの土地所有者とは既に全て話が済んでおり、本田多恵との譲渡交渉だけが難航していた。中村不動産の社長である中村は上位組織である共立組の若頭補佐の浅川に相談を持ちかけた。「正攻法で買い叩けないのであれば、「亡き者」にしてしまえばよい」との浅川のアドバイスから、「デビルタイガーグループ」を名乗る「半愚連グループ」を紹介した。多恵が死ねば、多恵名義の土地は必然的に相続人の心亜の母親になるが、療養型病床の患者で成人としての契約能力を持たない。心亜はまだ5歳という事でなし崩し式に「多恵の自宅」と「ハッピーハウス」の土地を取り込もうとしたのだった。

 坂井の話は、加藤に飛んだ。加藤が幼児期に両親から虐待を受け「ハッピーハウス」で育ったことが語られたが、共立組の準構成員だった話と「空き巣狙い」の先代「デビルタイガー」であったことは伏せられていた。
 12月7日深夜0時過ぎ、デビルタイガーこと「村上亮」が本田多恵宅の施錠を破壊し、田口拓也他数名の「闇バイト」が多恵宅に押し込んだ。村上達は、ベッドの上の多恵を浅川の命令通り、即時バールで撲殺した。隣室で寝ていた加藤と心亜は騒ぎに気付き目を覚まし、ドアの隙間からその惨劇を目にした。心亜はあまりの惨状に気を失い倒れたところを加藤が押し入れに隠したのであろうと現場状況の推測が加えられた。

 12月8日午前1時前、強盗殺人現場を目撃した加藤も村上のバールによる頭部強打により失命した。闇バイト達は多恵の寝室を物色し、約1000万円の現金を奪った。村上からの連絡を受けた浅川の指示で、財布や免許証等の所持品をすべて回収した加藤の亡骸を村上達4人で車で鶴見緑地まで運んだ。そして午前3時、カップルがいることを確認したうえで、加藤の遺体を公園の小道に倒し、あたかも加藤が「デビルタイガー」本人であり、強盗で得た金を独り占めしたように思える「芝居」を打ち、逃亡したとのことだった。
 その猿芝居により、午前1時前に絶命した加藤の事件は午前3時の殺人事件となり捜査は難航した。本田多恵および加藤典史の殺人事件の経緯に関しての報告はそこで終わった。

 話は、「デビルタイガー」グループによる「強盗」、「窃盗事件」に移った。本田多恵と加藤典史の頭部打痕が同一のバールによるものであることが発表されると同時に、加藤の遺体が履いていた靴に死体遺棄現場の土がついていなかったことと、ある目撃者証言であった「金髪」、「頬の大きな黒子ほくろ」、「左利き」が村上に一致することもあり、村上、田口含む4名を本田多恵に対する「強盗殺人」および加藤典史に対する「殺人」、「死体遺棄」の実行犯及び幇助犯として逮捕し、共立組の浅川を「殺人教唆」および民間人一名の「拉致監禁罪」で逮捕したと発表された。
 加藤の死体遺棄後のグループによる加藤のマンションを荒らしての「空き巣狙い」ターゲットリスト獲得についての言及はなかった。
 
 また民間人の協力により、12月24日の「デビルタイガー」の「闇バイト」を使った「空き巣狙い」の情報をつかんだ、府警の一括捜査により村上、田口の幹部メンバーと当日参加の闇バイト6名が現行犯逮捕されたことが付け加えられた。
 民間人の「拉致監禁」および「殺人未遂」の罪状で共立組若頭補佐の浅川和樹がデビルタイガーのアジトとされる門真市の倉庫街で現行犯逮捕された話の中で拉致された宇都宮の名と浅川を倒した稀世の活躍については語られないまま会見は終了し、質疑応答に入った。
 
 「えー、我らが稀世ちゃんの活躍の話はナッシングかよ!」と残念がる太田に、追加の料理を持ってきた三朗が
「きっと坂井警部が安さんや宇都宮君に報復の害が及ばへんように気をきかせてくれたんやと思いますよ。そりゃ、安さんの活躍が報じられへんかったんは残念ですけど、後の生活の安全が保障されたんやから「良し」としましょうよ!レスリングで勝つのと違って、短刀や拳銃持ったやくざをパイプ椅子ひとつで倒したってばらされたら安さんも困りますよね。安さんの大活躍は知る人だけ知ってたらいいんですよ。」
と太田と稀世に優しくフォローした。



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