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知ってみてもいいですか?
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言うんだ。この病室のドアを引いて、それから「今朝のは冗談でした。」って。大きく深呼吸してから、大きくドアを引いた。
「失礼します!水津先生朝の告白は‥‥って、あれ?」
夜19時。仕事を終えて水津先生の入院というか住んでいる病室に訪れたがそこに先生の姿はなかった。
「おじゃましまーす。」
持ってきた差し入れをテーブルの上に置き、時間も時間なのでカーテンを閉める。やることがなかったのでベットの上にテーブルをセットして差し入れの中から晩御飯になりそうなお弁当と飲み物を取り出した。
「随分と家事に手慣れてますね。」
「そんなことないですよ。」
「もしかして尽くし上手になるように歴代の恋人に躾られたタイプ?」
「え?‥‥って、水津先生。いつの間に。」
気がついたら喋っていた相手である水津先生は、ドアにもたれかかって俺の姿を見ている。
あ、そうだ。朝の件冗談だって言わないと‥‥そう思って口を開いたけど、出てきた言葉は違う言葉だった。
「あれ?外雨降ってました?」
「違う。シャワー浴びてきただけ。」
「髪の毛びしゃびしゃじゃないですか!なんでドライヤーしてないんですか?風邪ひきますよ。」
「片腕でドライヤーやるの大変だからですよ。」
「じゃあ俺やるんで来てください。」
「はあ?」
しまった。ついいつも他人に接してるように関わってしまったけれど、相手は水津先生だ。こんなこと言ったらまた冷ややかな視線を‥‥。
「ん。」
かたん、と音を立てて目の前の椅子に水津先生が座る。意外すぎる行動に固まっていると、そのまま振り返った水津先生が上目遣いの状態で口を開いた。
「なに?乾かしてくれるんじゃないの。」
「いや、はい。乾かします。」
「やっぱり躾られてんね。」
緊張して上手く棚が開けられない。まって、俺は朝の件は冗談だって言いに来たんだよな?
言おう。そう思いながらドライヤーのスイッチを入れる。ゴオゴオ、とドライヤー特有の音が病室に鳴り響き、人より茶色い水津先生の髪がふわりと舞った。
やわらかい、な。
髪に指を通すと、女性のオイルをつけた人工的なサラサラ感とは違った髪の柔らかさに驚く。ふわふわで、ほのかに香るわざとらしくないシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「あの、水津先生‥‥。」
「木元先生、手大きいですね。」
朝のことは冗談だと伝えようとした矢先、きゅっと目を閉じた水津先生が口元を緩める。こんな優しい表情もするんだ、と思ったのと同時に心臓の奥が音を立てる。
「ドライヤー、上手いですね。まだ寝る時間じゃないのに眠くなってきました。」
「あんまり寝てないんですか?」
「幼稚園の教諭って持ち帰りの仕事が本当に多いんですよ。」
ふわ、と大きく水津先生は欠伸をすると閉じていた目をゆっくりと開いた。茶色の瞳を縁取る睫毛がゆっくりと上下に揺れて、それからまた閉じる。
「朝は早いし、持ち帰りの仕事も多い。仕事場では常に気を引き締めてるから本当に疲れるんですけど、休みじゃないとなかなか寝れないんですよね。」
「俺的には水津先生はもう少し楽に仕事してもいいと思うんですけど。」
だって、こんな姿誰が想像できただろうか?俺はあの事故がない限りはこんな水津先生の姿を知らなかったし、ずっと絶対零度の印象のままだった。
少なくとも仕事中ではない水津先生は人間らしい姿も多いし、金田先生にワガママにゃんにゃんって呼ばれる理由もわかる。
「子どもの命を抱える仕事をしているんです。そんな楽に仕事できませんよ。」
「そういうもんですかね。」
「木元先生は自分が幼稚園だった頃の先生との思い出はどれくらいありますか?」
「うーん、ほとんど覚えてないです。」
カチ、と音を立ててスイッチを切る。変な方向に向いてしまっている前髪を簡単に手櫛で戻すと、水津先生はくすぐったそうに目を細めた。
「大体の人はそうだと思います。幼稚園の先生の存在ってそんなものだと思います。それでも、子どもたちが覚えていなくても、その時がどんなに素敵だったか俺が覚えているからそれでいいんです。」
「‥‥。」
ああ、この人は冷たいんじゃない。仕事に向き合っているだけなんだ。じんわり、と自分の心の中にあった絶対零度の印象が溶けていく。本当はすごく暖かくて、それから子どものことを話すときの瞳はすごく綺麗な人なんだ。
「髪、ありがとうございます。片手使えなかったんで助かりました。」
ぼうっとしていた所を水津先生の言葉でハッと現実に引き戻される。仕事の時とは違ってぺったんこの前髪の水津先生はどこか幼い姿を連想させた。
「い、いえ。これくらいでしたらいつでもやります。ほら怪我の原因も、」
「付き合ってるからやってくれたんじゃなくて?」
ここで否定すれば良かったんだと思う。朝のことは冗談だって、言えば良かったんだと思う。それなのに言えなかったのは、
「そうですよ。だからまた明日もやります。」
水津先生のことをもっと知りたい、と強く思ってしまったからだ。
「失礼します!水津先生朝の告白は‥‥って、あれ?」
夜19時。仕事を終えて水津先生の入院というか住んでいる病室に訪れたがそこに先生の姿はなかった。
「おじゃましまーす。」
持ってきた差し入れをテーブルの上に置き、時間も時間なのでカーテンを閉める。やることがなかったのでベットの上にテーブルをセットして差し入れの中から晩御飯になりそうなお弁当と飲み物を取り出した。
「随分と家事に手慣れてますね。」
「そんなことないですよ。」
「もしかして尽くし上手になるように歴代の恋人に躾られたタイプ?」
「え?‥‥って、水津先生。いつの間に。」
気がついたら喋っていた相手である水津先生は、ドアにもたれかかって俺の姿を見ている。
あ、そうだ。朝の件冗談だって言わないと‥‥そう思って口を開いたけど、出てきた言葉は違う言葉だった。
「あれ?外雨降ってました?」
「違う。シャワー浴びてきただけ。」
「髪の毛びしゃびしゃじゃないですか!なんでドライヤーしてないんですか?風邪ひきますよ。」
「片腕でドライヤーやるの大変だからですよ。」
「じゃあ俺やるんで来てください。」
「はあ?」
しまった。ついいつも他人に接してるように関わってしまったけれど、相手は水津先生だ。こんなこと言ったらまた冷ややかな視線を‥‥。
「ん。」
かたん、と音を立てて目の前の椅子に水津先生が座る。意外すぎる行動に固まっていると、そのまま振り返った水津先生が上目遣いの状態で口を開いた。
「なに?乾かしてくれるんじゃないの。」
「いや、はい。乾かします。」
「やっぱり躾られてんね。」
緊張して上手く棚が開けられない。まって、俺は朝の件は冗談だって言いに来たんだよな?
言おう。そう思いながらドライヤーのスイッチを入れる。ゴオゴオ、とドライヤー特有の音が病室に鳴り響き、人より茶色い水津先生の髪がふわりと舞った。
やわらかい、な。
髪に指を通すと、女性のオイルをつけた人工的なサラサラ感とは違った髪の柔らかさに驚く。ふわふわで、ほのかに香るわざとらしくないシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「あの、水津先生‥‥。」
「木元先生、手大きいですね。」
朝のことは冗談だと伝えようとした矢先、きゅっと目を閉じた水津先生が口元を緩める。こんな優しい表情もするんだ、と思ったのと同時に心臓の奥が音を立てる。
「ドライヤー、上手いですね。まだ寝る時間じゃないのに眠くなってきました。」
「あんまり寝てないんですか?」
「幼稚園の教諭って持ち帰りの仕事が本当に多いんですよ。」
ふわ、と大きく水津先生は欠伸をすると閉じていた目をゆっくりと開いた。茶色の瞳を縁取る睫毛がゆっくりと上下に揺れて、それからまた閉じる。
「朝は早いし、持ち帰りの仕事も多い。仕事場では常に気を引き締めてるから本当に疲れるんですけど、休みじゃないとなかなか寝れないんですよね。」
「俺的には水津先生はもう少し楽に仕事してもいいと思うんですけど。」
だって、こんな姿誰が想像できただろうか?俺はあの事故がない限りはこんな水津先生の姿を知らなかったし、ずっと絶対零度の印象のままだった。
少なくとも仕事中ではない水津先生は人間らしい姿も多いし、金田先生にワガママにゃんにゃんって呼ばれる理由もわかる。
「子どもの命を抱える仕事をしているんです。そんな楽に仕事できませんよ。」
「そういうもんですかね。」
「木元先生は自分が幼稚園だった頃の先生との思い出はどれくらいありますか?」
「うーん、ほとんど覚えてないです。」
カチ、と音を立ててスイッチを切る。変な方向に向いてしまっている前髪を簡単に手櫛で戻すと、水津先生はくすぐったそうに目を細めた。
「大体の人はそうだと思います。幼稚園の先生の存在ってそんなものだと思います。それでも、子どもたちが覚えていなくても、その時がどんなに素敵だったか俺が覚えているからそれでいいんです。」
「‥‥。」
ああ、この人は冷たいんじゃない。仕事に向き合っているだけなんだ。じんわり、と自分の心の中にあった絶対零度の印象が溶けていく。本当はすごく暖かくて、それから子どものことを話すときの瞳はすごく綺麗な人なんだ。
「髪、ありがとうございます。片手使えなかったんで助かりました。」
ぼうっとしていた所を水津先生の言葉でハッと現実に引き戻される。仕事の時とは違ってぺったんこの前髪の水津先生はどこか幼い姿を連想させた。
「い、いえ。これくらいでしたらいつでもやります。ほら怪我の原因も、」
「付き合ってるからやってくれたんじゃなくて?」
ここで否定すれば良かったんだと思う。朝のことは冗談だって、言えば良かったんだと思う。それなのに言えなかったのは、
「そうですよ。だからまた明日もやります。」
水津先生のことをもっと知りたい、と強く思ってしまったからだ。
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