この恋は氷点下2℃につき。

4月の思い出。

文字の大きさ
6 / 14

5℃

しおりを挟む

「なんでいるんですか‥‥?」
「いちゃ悪いんですか。」

翌日、いつものサービス出勤よりも早い時間に幼等部に来てみた。あんなことがあった次の日だから、いつもより早い時間に目覚ましをかけていつもは見ないニュース番組を見て、なんでお天気お姉さんが今日の星座占いやっているんだろう?なんて思いながら過ごした。
そんなこんなで誰もいないであろう時に幼等部に行くと、ちょうど玄関を解錠しようとしている水津先生がいた。その左手はもちろん包帯がグルグル巻かれており思わず凝視してしまう。

「あの入院は、」
「教員寮で一人暮らしが不便だから治るまでは入院という形で住んでるだけです。別に仕事には行ける余裕があるので出勤します。」
「え、でも利き手なしでどうやって仕事するんですか!?ピアノとか‥‥。」
「ヤブ医者の情報に騙されないでください。俺は両利きですし、ピアノだって左手は伴奏で右手がメロディーなので困りません。」

相変わらずの冷たい回答に昨日の病室の姿は夢ではないかと疑う。しかしやはり目の前の水津先生は現実で、器用にドアを開けて中に入ってしまった。

「待ってください!俺も入ります。」
「木元先生こそ今日早くないですか?」
「まあ、一応。」

あんなことがあったんだ。そりゃ早く来るようななる。それよりも知られていた名前に思わず心臓がどきりと音を立てた。

「水津先生はいつもこんな早い時間に来てるんですか?」
「まあ一応。本来ならここで朝ごはんを食べてますから。」
「本来なら?今日は食べてないんですか?」
「今日は食べれませんでした。」
「病院食出ないんですか?」
「出たんですけど、ヤブ医者の嫌がらせで俺の嫌いなものばっか出されたんです。」

水津先生は苦虫を噛み潰したような顔をして小さく舌打ちをする。すごい、こんな水津先生の表情見たことないし、あの絶対零度と呼ばれる水津先生をここまでにできる金田先生は何者なんだ?

「あの、よかったらサンドイッチ食べますか?」
「大丈夫です、木元先生のご飯でしょ。」
「いや朝ごはんはもう食べてて、これは2時間目と3時間目の間に食べる予定のおやつなので大丈夫です。」

水津先生は「野球部かよ。」と小さくつ呟くも、俺がリュックからコンビニで買ったサンドイッチをひらひらさせると子どものように瞳を輝かせた。でも咳払いをするとそっぽを向いて「いや、平気です。」と続ける。
が、タイミングを見計らったように、ぐ~~~と大きなお腹の音が響いた。

「本当に食べてください。」
「‥‥平気です。」
「マジで遠慮とかなくていいんですけど。」
「‥‥。」

チラッと顔だけこちらに向けた水津先生の顔は少し赤くなっていて、その姿は昨日の病室での姿と被る。

「‥たまご、入ってないのある?」

小さく発されたその言葉は聞き取るのが大変だったけれど、八の字に曲げられた眉とか恥ずかしそうな表情に思わず心臓の奥がキュッと鳴った。ああ、金田先生が水津先生のことをニャンニャンって呼んでいる理由がわかった気がする。

「ツナサンドがありますよ。たまごアレルギーなんですか?」
「‥‥違う、嫌いなだけ。今朝、金田にたまご粥と卵焼きと卵豆腐と卵の味噌汁用意されたから一口は頑張ったけど食べれなかった。」
「ぶっ‥‥!あ、すみません。」
「今笑いましたよね?」
「笑ってません。」

思わず子どもか!とツッコミを入れたくなってしまった。それと同時に絶対零度と呼ばれる水津先生の苦手なものや意外すぎる姿に、この人もちゃんと可愛らしい所があるんだなあ、と思った。
未だに吹き出してしまったことを睨んでくる水津先生に「まあまあ。」と宥めて袋から取り出したツナサンドを差し出す。

「!」

水津先生はツナサンドを食べた。しかしそれは俺の手から受け取ったのではなく俺の手にある状態でかぷり、とツナサンドに齧りついているのである。
思いがけない状況に目を見開いてしまうと、ツナサンドを齧った状態の水津先生が俺を見上げてくる。

長い睫毛の下にある少し色素の薄いその瞳は、口を開けて間抜け面をしている俺を映し出していて。
綺麗、という言葉の意味を目の当たりにしたような感覚が身体の中を突き抜ける。

「‥‥っ、」

どきん、と心臓が確かになった気がした。

「ん。これエイトマートの?美味いな。ありがとうございます。」

それは寄り付かなかった猫がようやく擦り寄ってきた感覚だ、と脳ではそう処理していても、心臓が思春期の高校生のようにどきん、どきん。と心臓が音を立て始める。なんだこれ。これまでの人生で一通り付き合ったりしてきたけれど、どの恋愛でもこんな感覚に陥ったことはない。なんだ?この感覚。

「あ、の。」
「なんですか?あ、これお金払いますよ。いくらですか?」
「水津先生、俺と付き合ってみませんか?」
「は‥‥?」
「え‥‥?」

自分でも何を言っているのかわからなかった。でもそれは水津先生も同じようで口の横にパンのカスをつけたまま固まっている。
暫く静止画のような時間が続いたが、先に動き出したのは俺の脳だった。
そうだ!俺はこの前の合コンの罰ゲームで水津先生に告白することになってたんだ!いつもより朝早く活動しているから脳が思い出すよりも先に口が動いたんだな!あはは!後は冗談です、って言えば完璧!

「なーんて、」
「うん、いいよ。」
「そうですかー!よかったです、‥‥‥ん?」

今、なんて言った?
デジャヴか?って思うような静止画の時間がまた始まる。なんとか脳をフル回転させて乾き切った口の中で唾をゴクリ、と飲み込んだ。

「‥‥あの、俺日本語わからなくなったかもしれません。『うん、いいよ』って英語だと『Yes』で韓国語だと『응』で中国語だと『好的』で、」
「フランス語だと『Oui.』でスペイン語だと『Vale』だけど?他なんか聞きたい言語あんのか。」
「いや、ないです。ないんですけど信じられなくて‥‥。」

今まで告白されてきた人生だから、罰ゲームの人生初告白が男でも成功しちゃった感じ?ビギナーズラックってやつ?

「なんでそんな驚いてるんだ?お前から告白してきたんだろ。」
「本当に俺と付き合うつもりですか?」
「お前、俺と付き合いたいから告白してきたんじゃないの?」

いや、ビギナーズラックなんて簡単な言葉じゃこれは解決できないな。さて、どうしようか。

「水津先生俺のこと好きなんですか!?」
「いや、好きじゃないけど告白されたら基本付き合うようにしているから、受け入れただけだけど。」
「へ‥‥?」
「ただ俺は木元先生に嫌われてると思ってたから最初びっくりしてすぐOK言えなかっただけ。ま、そんな感じで別に付き合うのは全然誰でも構わないから。」

なんだ、それ?っていうか、もしかして今日の占いは恋愛運最強で罰ゲームだとしても、悪名高い先生に告白しても成功してしまうとかだった?
ごめん、俺ちゃんと見ていなかった。頼むよ、お天気お姉さん。それもちゃんと放送してくれよ。

「じゃあ俺エプロン着替えてくるので。ツナサンド代は後で教えてください。」

水津先生はいつもと変わらない表情で更衣室と書かれた部屋に入っていく。っていうか、待って。

「俺、冗談って言うタイミング逃した‥‥?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...