最後の魔女

砂鳥 ケイ

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最後の魔女16 アンの想い

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 アンの記憶が私の中に流れ込んでくる。
 私と別れたあの日からの記憶が、走馬灯のように、映像がコマ送りのように高速に私の中に入ってくる。

 全てに絶望したアンは、シオン様に託された第3の指輪の力を使ってしまった。
 この指輪に込められた力は、使用者の一切の感情を抑え込み、ただ物事を淡々とこなすだけの人形と化すこと。つまりは、教会の忠実な僕となることだった。

 何処か感情のこもっていない瞳。彼女の変化はすぐに周りの者も察知した。
 しかし、特段気にする様子もなく、誰も心配そうな声を掛ける人物もいない。

 アンは正しかった。

 この教会の内部にはアンの味方をしてくれる者は誰一人として居なかったのだ。
 まさに人形となったアンも意識だけは常に存在していた。
 自分自身のことを、少し離れた所から見降ろしているような第三者的な感じで自分自身を常に見ていた。
 故に記憶がない訳ではなく、全て薄ぼんやりとだが覚えていた。
 時が経つに連れ、段々と後悔の念がアンを襲う。

 なんであの指輪を使ってしまったのだろうか。他に手は無かったのだろうか⋯

 アンとしては、今を、現実から目を背けたい一心で指輪を使ってしまった。だが、あそこで使用しなければ、恐らくアンの心は壊れていただろう。故に誰もアンの行動を非難することは出来ない。
 少なくとも私には出来ない。出来るはずがない。

 それからあっという間に23年もの歳月が経過した。幸いにも皮肉だったのは、従順になった彼女に教会は手を出さなかった。
 何事もなく、聖女の公務をこなして1日が終わるという生活をずっと続けるアン。

 指輪の効力は絶対ではない。効果の持続は運次第と前聖女は言っていた。1日で効果が切れるかもしれないが、ずっとこのままの可能性もあると。

 アンの生活に変化が訪れたのは、王都に正式に聖女が誕生した頃だった。
 紛れもない王都産まれの王都育ちの聖女だった。

 つまり、世代交代である。
 アンの王都での聖女としての任が終わり、アンの故郷でもある聖地アグヌスへと戻ってくる事が出来た。
 久しぶりに戻ってきた聖女様に国中は歓喜に沸いた。
 しかし、様変わりしてしまった彼女に民衆の動揺の声広がる。人形のように感情のこもっていない受け答えに皆が心配して心を痛めた。
 あんなに純粋無垢だったアンがここまで様変わりして戻ってきた事に憤りを覚える者達も複数いたのもまた事実。
 そんな時にアンを一番近くから支えてあげていた人物がいた。
 それはアグヌスの大聖堂で神官補佐をしているグランという男性だった。
 アンの機械的な物言いに、酷く心配していたグランは、アンに元に戻って欲しい一心で何度も何度も会話を繰り返していった。

 本当に何度も何度も・・。

 いつしかアンはグランと一緒に暮らすようになった。
 そうしているうちにアンに変化が訪れたのは、一緒に暮らすようになってから2年の歳月が流れた頃だった。

 指輪の影響が消えたのだ。

 グランの諦めない努力が奇跡を生んだのだろうか?
 それともただ単に今この時に指輪の効力が切れただけなのか、その真相は誰にも分からない。
 誰よりも無邪気だった。純粋だったアンが戻ってきた瞬間でもあった。

 そして、やがて2人は子を授かった。
 それが他でもないサーシャだった。

 サーシャは、指輪の影響を受けていた頃の母の姿は知らない。父であるグランから聞いただけだったが、心優しいサーシャもまたその話を聞き、心を痛めた。
 そこで、不意にアンの記憶の映像がパッタリと終わった。

「どうやらタイムアップのようですね」

 ハッと我に帰った私は、まるで長い眠りから覚めたような妙な感覚に苛まれた。
 目の前のアンの姿に驚いてしまい、思わず声を出しそうになってしまった。
 アンが、私の知っている頃の姿になっていたからだ。さっきまで、成長した姿だったにも関わらず。

「アンだよね?」

 目の前のアンは、優しく微笑んでいた。

「こうして2人並んでいるとあの頃を思い出さない?リア」

 何処と無く口調も大人びたそれではなく、あの当時の自由奔放のそれだった。
 突如起こった現象に私は理由を考えたが、考えても答えが出てくる訳もなく、そんな事は今はどうでもいい。目の前の事実だけを受け入れる。それだけだった。

「会いたかったよアン」
「私もよリア」

 そして、アンは何故私に自分の記憶の一端を垣間見せたのか理由を説明してくれた。

「私に⋯こんなことを言う資格がない事は分かってる。だけど、私が託されたけど出来なかった王都の教会を救って欲しいの。それに、私の二の舞にならないようにサーシャを守って欲しい」

 消え入りそうな儚げな声。
 その姿は本当に消えかかっており、段々と薄くなっていく。
 アン曰く、王都の教会は以前と変わらずやりたい放題しており、民衆を苦しめていると言う。
 リアにとっては全く関係のない話だったが、既に答えは決まっていた。

「アンが望むなら」
「うん、大好きよ⋯私のリア⋯ありがとう⋯本当にリアに出逢えて良かったよ⋯」

 そのまま跡形もなく消えてしまった。
 最後の最後まで笑顔だったのは、きっと私は一生忘れる事はないだろう。
 私の魔法、輪廻魂魄帰還リジェネレーションの効力が切れてしまった。
 私自身、もっても2,3分だと思っていたけど、実際は10分くらいだったと思う。
 サーシャは、終始アンに抱き付いていた。
 しかし、抱き着きながら途中から意識がなくなったのか気を失っているようだった。
 気を失っているサーシャを担ぎ、サーシャの部屋まで運ぶ。
 ベッドにそっと寝かせ、彼女が起きるまで私は待った。

「こ、ここは⋯あれぇ? 確か私は、お母様と⋯」
「うん、サーシャ途中で気を失ってた」

サーシャは目を閉じてフルフルとその小さな身体を震わせていた。

「良かった⋯⋯。あれは夢じゃないよね? 夢じゃないんだよね?」

 サーシャが私の両腕を掴み必死に問い掛ける。
 サーシャにとっては、例え魂だけとはいえ、亡くなったはずの母親に会えた事が、もしかしたら夢だったのではないだろうかと不安一杯だった。母親であるアンを抱きしめた時に感じた確かな温もりを夢でしたでは終わらせたくない。魂の姿の母親に温もりなど感じるはずがないのは、サーシャ自身もよく分かっている。
 しかし、確かにサーシャは感じたのだ。
 私もその理由は分からない。
 母娘の愛のなせる技だとでも言うのだろうか。

「うん、夢じゃない。全部現実」
「良かったぁ」

 勢いよく私に抱き着くサーシャ。その目元には涙を流していた。大粒の涙が零れおちる。
 私はサーシャを諭すように背中をさすっていた。

 サーシャの気が収まるまで暫くこのままでいよう。

「お母様に合わせてくれてありがとうリア」
「うん、私も会えて嬉しかった」
「あ、そういえば、リアはどんな話をしたの?」

 その言葉に私が真剣な顔立ちになった事にサーシャが一瞬たじろぐ。

「その事でサーシャに話さなければならない事がある」

 私の呟きに、サーシャが首をかしげる。
 不思議そうなその顔もまた可愛い。思わずギュってしそうな邪念を振り払う。

 私はアンから受けた想いと、垣間見たアンの記憶を掻い摘んでサーシャに話した。

 サーシャは黙って私の話を聞いていた。
 所々頷きながら食い入るように耳を傾けていた。

 母親の過去を話すことに私自身躊躇いはあったけど、サーシャだけは知っておかないといけないと思ったのだ。
 アンの願いは、アンの果たせなかった想い、王都を教会の魔の手から救い出すこと、それとサーシャの手助けをして欲しいというものだった。

「お父様とお母様から少しだけ話は聞いていたけど、まさかそんな壮絶な出来事があったなんて」

 私はサーシャに確かめなければならない。今の話を聞いてサーシャがどう思ったのか。母親を苦しめた輩をどう思うのか。これからどうしたいのか。
 しかし、私が質問をする前にサーシャは答えを話してくれた。

「リア。私と一緒に王都に向かってくれませんか?」
「母親の仇を撃つの?」
「うん、それもあるかな。でもね、一番はお母様のやり遂げれなかった事を私がやり遂げたい。何より、今この現在も苦しんでいる王都の人々を助けてあげたい。でも⋯⋯」

 サーシャは目を閉じて、何かを考え込んでいた。

「私はちっぽけな存在。私1人では何も出来ないかもしれない。だけど、リアと一緒なら、きっとやり遂げれると思うの」

 私の答えは最初から決まっていた。

「王都に行きましょう」
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