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幼き者

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 「兄上、待ってー。」

 「父上に探されては困る。早くせよ。」

 「だって足の指が痛いの。」

 「麻影様、オイラがおぶってさしあげま  

 す。」

 
 西に傾きかけた陽に焦りながら

 三人の幼き子らが京のはずれの河原を

 走っていた。

 

 歳の頃は女の子が四つ、その兄らしき

 童が六つ、それに供する子も同い歳くらい

 だろうか。


 「本当に母上にお会いできるのですか。」

 「まだまだ歩かねばならぬが、母上の

 付き人であったお瀧の話がまことなら

 真夜中にはつけるはず。」


 すでに辺りは暗くなり始め、風も冷たく

 なってきていた。

 麻影と呼ばれた娘の頬はほてり、足は

 おぼつかなくなっている。

 屋敷より外へは滅多に出ないからか

 しきりに周りをキョロキョロ見ながら

 兄に付き従っている。



 「父上は何故母様をよそへやってしまった

 のですか。」

 麻影は小走りながらも不安な気持ちを

 落ちつかせようと懸命に尋ねてみた。



 「知らぬ。何も教えては頂けなかった。

 だが病ではないとお瀧が申しておったから

 案ずることはない。」

 この兄、雪之助はその名の通り雪のように

 色が白く、麻影とよく似ておなごのようで

 あった。



 「雪之助様、オイラが最後にお方様を
 
 お見受けしたのは先一昨日でございます。

 まだこのあたりにいらっしゃるとは思え

 ませぬが。」


 二人の兄妹に寄り添うように恐々と

 歩いているのはこの二人の屋敷の女中

 チヨの息子元太であった。

 幼馴染である雪之助より年上のはずだが

 逆らうこともせず、ひたすら二人に

 仕え、優しい心根の子であった。



 それには答えず、ひたすら歩き続けたが

 先に墓がいくつか並ぶのが見え、

 やがて山の入り口にさしかかった。



 するとざわざわと木々の枝葉がこすれあう

 音がするや否や、目の前に二人の浪人侍が

 現れた。


 「へへー、こんな場所こんな時間に

 えらくかわいい旅人だなぁ」

 そのうちの一人が無精髭に手をやり

 にやにや笑いながら言った。

 「なぁ、お前ら。わしらここしばらく

 うまいもん食ってねえんだ。少しばかり

 金めのもん、くれねえか。」


 京にはあちらこちらにお役人がいるが

 この町外れ、しかも宵の口には誰も

 姿を見せなかった。

 

 「雪之助様、こいつらは捨て置きましょう。

 先を急がねば。」

 しかし雪之助は足がすくみ、動けなくなっ

 ていた。麻影はあどけない仕草で袂に触れ

 答えた。

 「お侍様、わたくし達は母上を探しに行く

 途中なのです。お渡しできるものは何も

 なく、あいすみませぬ。」




 「ははは、かわいそうに。母上とはぐれた

 か。いや、捨てられたのかも知れぬなぁ。

 わしらも世に捨てられた者とくりゃ、

 仲間ではねえか。融通してくれてもよかろ

 うに。」



 「ぶ、無礼なやつ!わたくしは青山家の

 長子、雪之助と申す。訳あって先を急ぐ。

 そこを退いてもらいたい。」

 どこか気品を感じさせる表情に圧倒された

 かに見えたは一瞬、気づけばすぐ近くにま

 で迫り、腰の刀に手をかけながら


 「この辺りの山は山神さんのもんだ。

 つまり誰の物でもねえってこと。えらそう

 な物言いをするようになったのは

 親からそう学んだからよのう。

 ならここで恨みを買おうが親を恨めよ。

 金がねえならそのおなご、こっちへよこ

 せ。」

 その言葉に麻影は怯え後退りした。

 元太は麻影の前に立ち、震えながらも

 麻影を守ろうとしていた。


 「麻影、私の後ろにおれ」

 「父上様~!」

 麻影のふりしぼった泣き声はおそらく

 奥に潜む墓にすら聞こえなかっただろう。

 
 「お前らは間抜けか。わしの話を何も聞い

 ていないのか。おい、ぼうず、そのおなご

 を渡せばお前は見逃してやるよ。

 おなごは金になるからなぁ。うひひっ」



 下卑た笑いにゾッとした麻影が思わず

 足元の石を拾って投げつけた。


 「兄上、逃げましょう。」

 「雪之助様、あの山小屋まで行ければ

 今夜は休めましょう。お侍様、どうか

 お許しください。家を抜け出し、お方様

 を探しているのです。明日になればお方様

 より、道中お助けくださった方として褒

 美が頂けるはずですよって、見逃して

 くらあさい。」



 それでもなお、前に立ち塞がり麻影の

 姿を頭から足の先までニヤニヤしながら

 じっとみて、1人年老いた方がずりずりと

 すり足で近づいてきた。

 腕を捕まえればすぐにつかめるものを

 あえてやらぬは傷めつける格好の相手に

 この子らを狙い定めたからだろう。



 そこへ麻影が両の手に翡翠に輝く石を掲げ

 2人に見せた。

 「こ、これはお庭の竜頭の湧き水の岩場の

 石じゃ。まんまるでつるつるしておる。

 これを持つと怪我などたちまち治ってしま

 う優れ物。これをお渡しするゆえ、道を

 開けてくださいませ。」



 その手には屋敷の中に流れる竜頭の小滝の

 清水に浮かぶ透明な石がのっていた。

 遊びに使っていたのをそのまま持ってきた

 のだろう。
 
 しかしそんな石で誤魔化せる相手ではない。

 余裕のない者ほど、威勢よく啖呵を切り、

 いたぶる小動物を手放そうとはしないもの

 である。



 そのとき、その石が不思議に青く輝きはじ

 めた。もう辺りは暗く、石の光がぼぉっと

 妖気を集めたような具合になったのだ。



 すると高い杉の木の上からさぁーっと

 何者かが降ってきた。

 いきなり目の前に衣擦れの香の香りと

 片腕を金の布で巻いた、やけに目が鋭く

 一度見ると手離せなくなるような

 美しい目鼻立ちをした男が現れたのだ。



 











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