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十三話

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何を言っているのか理解し難い。
下馬するギデオンのめた瞳がそう訴えていた。

「ステータスオープン……」

直に、書状に触れ確認を取る。
疑う余地もなく本物、受領サインの筆跡も父のものだ。

「真実とは時として残酷だのぅ」

自身の顎鬚あごひげを指先でとかしながら、アドミラルは淡々と語った。

「思えば、アラドという男は不憫ふびんの象徴みたいな奴だったな。事故で自身の娘を失い、妻には病気で先立たれ一時は生きる希望さえも失っていた。そんな折、奴は遠征先の合戦場で一人の赤子を拾った……それがデギオン、貴公だ」

「知っている……父から聞かされていたからな。どうして、そんな昔話をする?」

「まぁ、面白いのはここからだ、最後まで聞き給え。余程、孤独に耐え兼ねられなかったのだろう、アラドは捨て子を養子とし我が子のように育てようと決めた。実際、アラドは拾った息子を実子以上に大切に育て、息子であるギデオンも彼の期待に応えまいと、聖王国建国以来まだ二名しか誕生していないパラディンを目指して、健やかに成長していった。周囲から見れば、何とも微笑ましく何とも美しい家族の形、まさに人々から羨望せんぼうの眼を向けられるに相応しい親子だった」

「そいえば枢機卿。貴方も家族を失って独り身でしたね、それで僕たち親子をねたんだというわけですか?」

「おお――お! 神よ、何たることを……あのギデオンが、ワシの気持ちに気づいておらぬでは、ありませんか!」

枢機卿は仰々ぎょうぎょうしくも眼元に手をあてがい、嘆いていた。
一瞬、肩を振るわせ泣いているのかと思いきや、男は笑いを懸命にこらえていた。

「ぶっぶはっはああ!! 良い! 実に良いぞ! ギデオンよ、アラドなど捨ててワシの子にならぬか? ワシはのぅ、ずっと前からお前を欲していたのだよ。だからこそ、貴公がパラディンでなかったことが分かった時、心が打ち震えたのだ! 苦労したぞ、周囲に気取られないように我慢するのは! その美貌、その才覚、その野心、思慮深さと不屈の精神。貴公こそワシの後継者としては申し分ない逸材だぁ――」

「う、売られたって……まさか」

ギデオンは再度、書状に目を通した。
さきほどは気が動転していたせいか、内容の確認を怠っていた。
そこには、ギデオンをアドミラルに譲渡する代わりに没収されたグラッセ家の領地を返上するといった契約が交わされていた。

「そうだ! ギデオン、すでにお前は我が息子だ」アドミラルは満悦の笑みを浮かべている。

「何を身勝手な……僕は信じないぞ! 父上がアンタに僕を売り渡すわけがない。そんなこと……あってはならないんだ」

「気持ちは分かるぞ……けど、こうも考えられる。お前がワシの元に来れば、ただそれだけでアラドも従者たちも救われる。お前自身も政界の長たるワシの跡取りとして何不自由ない暮らしをしていけるんだ。皆が幸福、皆がハッピー、大団円。それなら、お前だって納得できるだろう。アラドだって理解の上、断腸の思いでサインしたのだ、すべては最愛の息子が幸せになる為にと」

「ならば、どうしてクロイツは僕を捕え罰しようとした? アンタが僕を大事だと思うのなら阻止できたはずだ。アンタの言っている事は所詮は上辺だけの耳障りの良い言葉ばかりだ。そうやって、父もたぶらかしたんだろう」

「クロイツ、あの狂信者め……あれが暴走したのはワシにとっても誤算だった。それにワシが率先してお前を助けようとすれば、周りに怪しまれてしまう。ワシとしても心苦しいが、仮にお前が捕まってもワシの力で無罪放免にできる。それに奴の後始末だって、こちらで済ませておる……おっと! 口が滑ってしまったか」

わざとらしく口元を押えるアドミラル。
その言葉に、ギデオンは絶望せざるを得なかった。
最も知られていけない秘密を、最も知られたくない人間に握られてしまった。
無論、シルクエッタが憲兵にありのままの真実を話す訳がない。
肝心な部分は上手く誤魔化してくれたはずだ。
となると……アドミラルは、何らかの方法を使いずっとギデオンの動向を監視していたことになる。

「答えろ! 司教様を殺したのは枢機卿、アンタの差し金か!? 僕には、その動機がアンタにはあるように思える」

「答えはノーだ! ただし、あの場に結界を張らせたのはワシだよ」

「何の為の結界だ?」

「まぁんだ! 分からないのか!? 司教は国の要人であり信徒だ。この宗教国家において聖職者は絶体! 万が一、現場の証拠からお前に容疑がかけられでもしたら、流石のワシも手に負えない。司教は毒殺だ、状況からしてもあの時、聖水を振りまいたお前は、第一容疑者になってもおかしくはなかろう。すべては愛! そう、このワシの息子に対する愛なのだ!!」

「愛ではなく自画自賛の間違いだろう。アンタにとって家族って何なんだ? 僕を選んだのは、ただ自分にとって都合のよい者だと判断したからだろ? アンタは家族の本当価値を理解できていない! 理解できていないからこそ、失った家族を事すらないがしろにしているんだろう!」
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