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二十七話
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このジャングルに自分以外の人間がいる。
血生臭い、血痕跡がそれを物語っていた。
「ああ~ギデ様! どちらへ」
「人がいた! エルフを狙っている奴らかもしれない。他に仲間がいる可能性もある。お前もくれぐれ注意しろ!」
「わかりましたわ。けれど、心配はご無用ですわ~、この密林には――ギデ様!? 待ってくださいましぃ~!!」
アルラウネが呼び止めようとするよりも速く、ギデオンは駆けてゆく。
天啓を受けた直後は、あんなにも動きが鈍くなっていたのに今は、吃驚するほど身軽だ。
まるで、自分の背中に羽が生えているかのように走れば走った分だけ加速してゆく。
体力や腕力は以前より劣るものの、俊敏や器用さは段違いに上がっている。
今のギデオンは1対1の真っ向勝負より、こうした悪路でのゲリラ戦を得意とする。
パシュッ!!
微かに、風を切る音。
空気の流れの変化を察知した彼は、走ったままの状態から咄嗟に身を屈めた。
何かが背後を通過し、近くの鱗木に突き刺さった。
思わず、身体を反転させ戻ってみると木の幹に刺さった矢から、白煙が上がっていた。
「刺激臭が酷いな。これは毒矢か! 話に聞いた狩人とやらの仕業か? にしても、随分と原始的な作りだな」
狩人の罠、その仕組みを彼が観察していると横隣りの茂みが動いた。
急いで猟銃に手をかけようとすると見覚えがある薄墨の瞳が、こちらの様子を探っていた。
「ようやく、会えたな。エルフのお嬢さん」
「また君か……」
エルフの少女は、ギデオンと眼が合うと何事もなかったように木に刺さる毒矢を回収した。
その光景を目撃した彼から「まさか……」と小さく声が上がる。
落ち着きのない彼の様子に少女は小首を傾げて去ろうとする。
「待ってくないか? 今日は君と話をしに来たんだ」
「待たない、聞かない、話さない、それが人間から身を守る為の三箇条」
「そう、邪険にしないでくれ。そうだ、お菓子を持ってきたんだ! 一緒に食べよう」
「おかし? 人里の? それ……おいしい?」
「勿論さ。カスティーラという近くの街で一番人気のある銘菓さ」
お菓子という言葉を持ちかけた途端、彼女の態度が急変した。
表情では素気ないふりをしているが、エルフの特徴である長い耳は素直だ。
ピコピコと跳ねて、嬉しさをアピールしている。
「なるほどな。エルフは感情が耳に出るのか」
「何してんの? こっち来て、きゅうけいだよ」
少女の後に続いていくと、いつしか二人は果樹園の中にいた。
散々、探していた場所にこうもあっさりと辿りついた。
その事にギデオンは疑いを持ち始めていた。
「聞いていいか? もしかして、この果樹園は何か特別な仕掛けがあるのか? 例えば、正しい手順を踏まないと辿りつけないとか?」
「手順? さあ? それよりも、おかし……カス」
「カスティーラな。お茶も用意しよう、昨日の採取した茶葉の残りを早速、加工してもらったんだ」
昔、どこか国の女王はこう言った。
「塩があればどうにかできる。けれど、塩対応だけはどうもならない。ならば、甘くするしかないじゃない!」と。
女王がそう言ったのは嘘か真か、今となって誰にも知る由はない。
けれど、その何とも言えない悲壮感と切実なる心の叫びを表した一言に、多くの聖王国民が心を打たれた。
その感化の名残りなのか、聖王国には今でもお近づきの証という意味合いを込めて、甘い菓子を送る風習が定着している。
「んきゅんんん―――!!」
エルフの少女が、切り分けたカスティーラを口に含み、至福の声を上げる。
今まで一度も食した事がないと言う、お菓子。
瞬く間にその虜となった少女はパクパクと無心になりながら口の中にカスティーラを運んでいく。
まるで小動物みたいな仕草に、ギデオンは安堵した。
感情すら殺したまま人間を憎しみ赦さないという矛盾した決意。
理由はどうあれ感情が伴わない時点で、それは想いではなく強制、同調圧力の産物にすぎない。
やはり、見目麗しいエルフの彼女は笑顔が似合う。
誰かに縛られていないからこそ、本当の彼女が見える。
「よし、これで彼女との距離は大分、縮まった」その考え方こそ一番、甘かった――――
「ここに聖域って場所があるはずなんだが、聞いたことないか?」
「ん……知らない」
「…………くっ、何だったんだ。あのカスティーラを食べていた時のハイテンションは……足りないというのか? まだ、何かが不足しているのか!?」
「ねぇ? 明日も来るの?」
「そうだな……君の事や、ここの事を話してくれるなら来てもいいぞ」
「それは、ホショーしかねない……期待している」
「なっ……!! なんて、欲張りなんだ!」
こうして、その日から彼のジャングル通いが決定した。
何を訊ねても「知らない」問答のせいで未だ、名前すら不明のエルフの少女。
彼女を籠絡する為に試行錯誤するギデオン。
くしくも彼女のせいで、彼は大きな間違いを犯すことになる。
手段が目的に変わりつつある、その事に気づくまで丸三日を要した。
血生臭い、血痕跡がそれを物語っていた。
「ああ~ギデ様! どちらへ」
「人がいた! エルフを狙っている奴らかもしれない。他に仲間がいる可能性もある。お前もくれぐれ注意しろ!」
「わかりましたわ。けれど、心配はご無用ですわ~、この密林には――ギデ様!? 待ってくださいましぃ~!!」
アルラウネが呼び止めようとするよりも速く、ギデオンは駆けてゆく。
天啓を受けた直後は、あんなにも動きが鈍くなっていたのに今は、吃驚するほど身軽だ。
まるで、自分の背中に羽が生えているかのように走れば走った分だけ加速してゆく。
体力や腕力は以前より劣るものの、俊敏や器用さは段違いに上がっている。
今のギデオンは1対1の真っ向勝負より、こうした悪路でのゲリラ戦を得意とする。
パシュッ!!
微かに、風を切る音。
空気の流れの変化を察知した彼は、走ったままの状態から咄嗟に身を屈めた。
何かが背後を通過し、近くの鱗木に突き刺さった。
思わず、身体を反転させ戻ってみると木の幹に刺さった矢から、白煙が上がっていた。
「刺激臭が酷いな。これは毒矢か! 話に聞いた狩人とやらの仕業か? にしても、随分と原始的な作りだな」
狩人の罠、その仕組みを彼が観察していると横隣りの茂みが動いた。
急いで猟銃に手をかけようとすると見覚えがある薄墨の瞳が、こちらの様子を探っていた。
「ようやく、会えたな。エルフのお嬢さん」
「また君か……」
エルフの少女は、ギデオンと眼が合うと何事もなかったように木に刺さる毒矢を回収した。
その光景を目撃した彼から「まさか……」と小さく声が上がる。
落ち着きのない彼の様子に少女は小首を傾げて去ろうとする。
「待ってくないか? 今日は君と話をしに来たんだ」
「待たない、聞かない、話さない、それが人間から身を守る為の三箇条」
「そう、邪険にしないでくれ。そうだ、お菓子を持ってきたんだ! 一緒に食べよう」
「おかし? 人里の? それ……おいしい?」
「勿論さ。カスティーラという近くの街で一番人気のある銘菓さ」
お菓子という言葉を持ちかけた途端、彼女の態度が急変した。
表情では素気ないふりをしているが、エルフの特徴である長い耳は素直だ。
ピコピコと跳ねて、嬉しさをアピールしている。
「なるほどな。エルフは感情が耳に出るのか」
「何してんの? こっち来て、きゅうけいだよ」
少女の後に続いていくと、いつしか二人は果樹園の中にいた。
散々、探していた場所にこうもあっさりと辿りついた。
その事にギデオンは疑いを持ち始めていた。
「聞いていいか? もしかして、この果樹園は何か特別な仕掛けがあるのか? 例えば、正しい手順を踏まないと辿りつけないとか?」
「手順? さあ? それよりも、おかし……カス」
「カスティーラな。お茶も用意しよう、昨日の採取した茶葉の残りを早速、加工してもらったんだ」
昔、どこか国の女王はこう言った。
「塩があればどうにかできる。けれど、塩対応だけはどうもならない。ならば、甘くするしかないじゃない!」と。
女王がそう言ったのは嘘か真か、今となって誰にも知る由はない。
けれど、その何とも言えない悲壮感と切実なる心の叫びを表した一言に、多くの聖王国民が心を打たれた。
その感化の名残りなのか、聖王国には今でもお近づきの証という意味合いを込めて、甘い菓子を送る風習が定着している。
「んきゅんんん―――!!」
エルフの少女が、切り分けたカスティーラを口に含み、至福の声を上げる。
今まで一度も食した事がないと言う、お菓子。
瞬く間にその虜となった少女はパクパクと無心になりながら口の中にカスティーラを運んでいく。
まるで小動物みたいな仕草に、ギデオンは安堵した。
感情すら殺したまま人間を憎しみ赦さないという矛盾した決意。
理由はどうあれ感情が伴わない時点で、それは想いではなく強制、同調圧力の産物にすぎない。
やはり、見目麗しいエルフの彼女は笑顔が似合う。
誰かに縛られていないからこそ、本当の彼女が見える。
「よし、これで彼女との距離は大分、縮まった」その考え方こそ一番、甘かった――――
「ここに聖域って場所があるはずなんだが、聞いたことないか?」
「ん……知らない」
「…………くっ、何だったんだ。あのカスティーラを食べていた時のハイテンションは……足りないというのか? まだ、何かが不足しているのか!?」
「ねぇ? 明日も来るの?」
「そうだな……君の事や、ここの事を話してくれるなら来てもいいぞ」
「それは、ホショーしかねない……期待している」
「なっ……!! なんて、欲張りなんだ!」
こうして、その日から彼のジャングル通いが決定した。
何を訊ねても「知らない」問答のせいで未だ、名前すら不明のエルフの少女。
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手段が目的に変わりつつある、その事に気づくまで丸三日を要した。
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