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五十七話
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絶望するな、彼からすれば何と滑稽な言葉だろうか?
彼は絶望の先を知っていた。
人が越えてはならない、領域へ入り込んでいた。
取りかえしがつかなくなってからでは、遅すぎる。
元来た道は閉ざされてしまった。
逃げ場のない路の終点は血で血を洗うだけの修羅道が待っている。
だからこそ、まだ陽の光が当たる場所にいる彼女には道を間違えないで欲しい。
自分の二の舞になってはならない。
ギデオンは切実な願いを、祝福に変えローゼリアに捧げる。
たとえ仮初めの希望でも、まだ潰えていないのなら手放すだけ損だ。
一人では未来を変えられなくとも、エルフの皆やギルドの仲間たちが力を一つにすれば、その先の足場を築き上げられるはずだ。
ギデオンは彼らの強さとしぶとさを知っていた。
だからこそ、この逆風を次の一手に変えてみせた。
「創るんだ、ここに! エルフと人、未来の架け橋を!!」
「私たちで未来を? でも、どうすれば……?」
「僕達だけじゃない、皆でだ! 此処はもう更地だ。自然の力だけでは元の姿に治すことはできない。ならば、皆で手を取り合い、このジャングルを新しく生き返らせるんだ。そこにはエルフも人も関係ない、種族の壁を取り払った自由な場所を皆で創造するんだ」
「ギデ、私も見てみたい! 生まれ変わるこの場所を……それが人間と私たちを結ぶものになるのなら、父も母も喜ぶと思う。で? どうすればいい?」
傷ついたジャングルを、復活させる。
ギデオンの提案で勢いづいたのは良かったものの、その先はまだぼんやりとしかしていなかった。
そもそも活動内容自体、皆で案を出して指針を決めるつもりだった。
良くも悪くも彼は意外とアバウトな所があった。
プランニングを得意とする者がこの場所にいない以上、二人だけの会議に早くも暗雲が立ち込めようとしている。
「ならば、自然公園にすれば宜しい! 隕石、落下後にできたクレーターは、観光スポットとしての価値がありますぞ」
中身のある意見が思いもよらぬカタチで出てきた。
褐色の肌に、黒い顎鬚。
肩が凝りそうなほどの質量感ある黄金のネックレスに、指にはめた特大の宝石指輪。
絹のシャツに上等な燕尾服をまとう、いかにもな人物。
聖王国で彼の事を知らない者はいない。
アドミラル枢機卿と共に王国の双肩と称される稀代の大富豪。
モーリッチ・メイフィス、当人がギデオンの前に推参した。
「思ったよりも早かったな。もっとも、冒険者としての名声を高めていけば、アンタの方から会いに来てくれるとは思ってはいたよ、商業王」
「ほう……ギデオン殿も当方のことを覚えてくださってましたか」
「今はギデだ!」
ギデオンとモーリッチが顔を合わせるのは、これが三度目だった。
前回の天啓の儀では、会話もままならなかったが二人の関係は、それよりも前にさかのぼる。
初めて出会ったのは三年まえの王国御前試合のときだ。
脅威的な剣術を披露するギデオンを一目見た瞬間、モーリッチは悟ったという。
【この男は金になる!】と。
自身が持つ商才勘が、異常なまでにざわつくのを覚えたそうだ。
元から自身の勘に頼っている彼は、その場で彼に声をかけ、自身が経営する武具店のイメージキャラクターに起用した。
それがきっかけでギデオンはモーリッチと面識を持っていた。
「いやぁー、あの時はたんまり稼がせてもらいましたな」
「ギデ、この男と知り合いか?」
「昔、ちょっとな」
「これは愛らしいエルフのお嬢さん、初めまして。当方、商いで財を築き上げた大富豪こと、モーリッチと申します。どうぞ、ごひいきに」
「ったく、アンタは相変わらずだな。堂々と自分を大富豪と呼べるのは、この国ではアンタぐらいなもんだ」
「謙遜しても1ニーゼルにもなりませぬぞ、ギデ殿」
談笑する一方で両者は腹の探り合いをしていた。
いくら、敵対する理由がないとはいえモーリッチも司教殺害の容疑者の一人だ。
それと同様に、モーリッチからすれば彼はクロイツとアドミラルを手にかけた男となる。
とはいえ、金稼ぎこそが大富豪である彼の本質であり判断基準だ。
儲け話が絡むというだけで、相手が何であろうとなりふり構わず、接してくる。
金のなる木、ならぬ、金をならす人間。
モーリッチとはそういう傑物だ。
「先に訊いておく。モーリッチ殿、アンタは司教様を殺した人物に心当たりがあるか?」
もはや、当然のように出される質問。
モーリッチは眉を潜めて答える。
「解せませぬな。誰が犯人だと問われれば、一番怪しいのはギデ殿貴方ではないのですか? 事件直前にあれだけ司教に抗議しておきながら、よく他者が疑えますな」
確かに、モーリッチの言う通りだった。
今になって思い起こせば、どうして司教様に反抗的な態度を示したのか? 分からなくなっている。
無論、教会に対する不満が積もり積もってあの様な事に発展したのだが……。
恩師、一人にすべての責任をなすりつけるのはいささかやり過ぎだったと、ギデオンは肩を落とした。
「まぁ、犯人を知っていそうなのは宰相ぐらいでしょうな。なんせ、人脈が大きい。ありとあらゆるところから情報を得ている事でしょう……それよりもギデ殿、今日は挨拶ついでに土産を持参しました」
パンパン!
モーリッチが手を叩くと大きな箱を抱えた男がジャングルの奥から現れた。
彼は絶望の先を知っていた。
人が越えてはならない、領域へ入り込んでいた。
取りかえしがつかなくなってからでは、遅すぎる。
元来た道は閉ざされてしまった。
逃げ場のない路の終点は血で血を洗うだけの修羅道が待っている。
だからこそ、まだ陽の光が当たる場所にいる彼女には道を間違えないで欲しい。
自分の二の舞になってはならない。
ギデオンは切実な願いを、祝福に変えローゼリアに捧げる。
たとえ仮初めの希望でも、まだ潰えていないのなら手放すだけ損だ。
一人では未来を変えられなくとも、エルフの皆やギルドの仲間たちが力を一つにすれば、その先の足場を築き上げられるはずだ。
ギデオンは彼らの強さとしぶとさを知っていた。
だからこそ、この逆風を次の一手に変えてみせた。
「創るんだ、ここに! エルフと人、未来の架け橋を!!」
「私たちで未来を? でも、どうすれば……?」
「僕達だけじゃない、皆でだ! 此処はもう更地だ。自然の力だけでは元の姿に治すことはできない。ならば、皆で手を取り合い、このジャングルを新しく生き返らせるんだ。そこにはエルフも人も関係ない、種族の壁を取り払った自由な場所を皆で創造するんだ」
「ギデ、私も見てみたい! 生まれ変わるこの場所を……それが人間と私たちを結ぶものになるのなら、父も母も喜ぶと思う。で? どうすればいい?」
傷ついたジャングルを、復活させる。
ギデオンの提案で勢いづいたのは良かったものの、その先はまだぼんやりとしかしていなかった。
そもそも活動内容自体、皆で案を出して指針を決めるつもりだった。
良くも悪くも彼は意外とアバウトな所があった。
プランニングを得意とする者がこの場所にいない以上、二人だけの会議に早くも暗雲が立ち込めようとしている。
「ならば、自然公園にすれば宜しい! 隕石、落下後にできたクレーターは、観光スポットとしての価値がありますぞ」
中身のある意見が思いもよらぬカタチで出てきた。
褐色の肌に、黒い顎鬚。
肩が凝りそうなほどの質量感ある黄金のネックレスに、指にはめた特大の宝石指輪。
絹のシャツに上等な燕尾服をまとう、いかにもな人物。
聖王国で彼の事を知らない者はいない。
アドミラル枢機卿と共に王国の双肩と称される稀代の大富豪。
モーリッチ・メイフィス、当人がギデオンの前に推参した。
「思ったよりも早かったな。もっとも、冒険者としての名声を高めていけば、アンタの方から会いに来てくれるとは思ってはいたよ、商業王」
「ほう……ギデオン殿も当方のことを覚えてくださってましたか」
「今はギデだ!」
ギデオンとモーリッチが顔を合わせるのは、これが三度目だった。
前回の天啓の儀では、会話もままならなかったが二人の関係は、それよりも前にさかのぼる。
初めて出会ったのは三年まえの王国御前試合のときだ。
脅威的な剣術を披露するギデオンを一目見た瞬間、モーリッチは悟ったという。
【この男は金になる!】と。
自身が持つ商才勘が、異常なまでにざわつくのを覚えたそうだ。
元から自身の勘に頼っている彼は、その場で彼に声をかけ、自身が経営する武具店のイメージキャラクターに起用した。
それがきっかけでギデオンはモーリッチと面識を持っていた。
「いやぁー、あの時はたんまり稼がせてもらいましたな」
「ギデ、この男と知り合いか?」
「昔、ちょっとな」
「これは愛らしいエルフのお嬢さん、初めまして。当方、商いで財を築き上げた大富豪こと、モーリッチと申します。どうぞ、ごひいきに」
「ったく、アンタは相変わらずだな。堂々と自分を大富豪と呼べるのは、この国ではアンタぐらいなもんだ」
「謙遜しても1ニーゼルにもなりませぬぞ、ギデ殿」
談笑する一方で両者は腹の探り合いをしていた。
いくら、敵対する理由がないとはいえモーリッチも司教殺害の容疑者の一人だ。
それと同様に、モーリッチからすれば彼はクロイツとアドミラルを手にかけた男となる。
とはいえ、金稼ぎこそが大富豪である彼の本質であり判断基準だ。
儲け話が絡むというだけで、相手が何であろうとなりふり構わず、接してくる。
金のなる木、ならぬ、金をならす人間。
モーリッチとはそういう傑物だ。
「先に訊いておく。モーリッチ殿、アンタは司教様を殺した人物に心当たりがあるか?」
もはや、当然のように出される質問。
モーリッチは眉を潜めて答える。
「解せませぬな。誰が犯人だと問われれば、一番怪しいのはギデ殿貴方ではないのですか? 事件直前にあれだけ司教に抗議しておきながら、よく他者が疑えますな」
確かに、モーリッチの言う通りだった。
今になって思い起こせば、どうして司教様に反抗的な態度を示したのか? 分からなくなっている。
無論、教会に対する不満が積もり積もってあの様な事に発展したのだが……。
恩師、一人にすべての責任をなすりつけるのはいささかやり過ぎだったと、ギデオンは肩を落とした。
「まぁ、犯人を知っていそうなのは宰相ぐらいでしょうな。なんせ、人脈が大きい。ありとあらゆるところから情報を得ている事でしょう……それよりもギデ殿、今日は挨拶ついでに土産を持参しました」
パンパン!
モーリッチが手を叩くと大きな箱を抱えた男がジャングルの奥から現れた。
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