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二百九十九話
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南の都、満願に一人の若者がいた。
歳は十代後半ほど、赤茶けた髪と漢らしくしっかりとした眉がトレードマークの少年は聞けば隣国からやってきたという。
隣国と聞いて、満願の人々が真っ先に思い浮かべたのはアーヴェラント帝国のことだった。
近頃、領主ガリュウの下で二人の帝国軍人が雇われたと、もっぱらの噂になっていた。
人々は彼の来訪を歓迎した。
少年もまた気さくな性格をしており、誰とでも分け隔てなく接していた。
その人柄、ゆえか自然と親交を持つ者が増え、一週間も経たないころには満願の一員として受け入れられ空いた平屋に住むようになった。
少年の名はオッド。彼の傍にはいつも幼い魔人がいた。
ウネというアウラウネの女の子でオッドによく懐いていた。
魔人の子供と聞いても人々は別段驚かない。
龍神族の血をひく彼らにとっては魔人は同類同然、否定する方がおかしいと喧伝する者もいる風潮だ。
屈託のない笑顔で日々を送るオッドであるが、その心の内には悩みを抱えていた。
近く西域にいるという姫様の噂を聞いた。その特徴は聞けば聞くほど同級生であるカナッペと合致していた。
ことの真実を知るために西域への移動を望むも、とある男の忠告により断念せざるを得ない状況となっていた。
北と南の軍がほぼ同時に西域へと進軍を開始する。
当然ながら、このタイミングで行くのは危険を伴う。
たとえ西が戦場になろうともオッドは構わず向かうつもりだった。
そこに西へとつながる関所が封鎖されたという一報が飛び込んできた。
実質、移動手段を失ったオッドは歯痒さから唇を噛みしめた。
南域では空から移動することは基本禁止されている。
その為、グリフォンになって移動を試みようとするも危うく撃ち殺されそうになった。
一度ならず二度も危険にさらされたのだ。すでにグリフォンへと変身するのが軽くトラウマになっていた。
気ばかり焦るが、今は辛抱の時だとオッドは自分に言い聞かせた。
必ず好機が訪れることを信じ待つほかなかった。
「とっつぁん、屋根の修理が終わったぜ」
「ご苦労さん。今日も精が出るねぇ~、今日はまだ仕事があるんか?」
「いいや、師匠に呼ばれているから今日はここで終いだな」
持ち前の器用さを生かして、オッドは便利屋として活躍していた。
実家が農家だった彼は、農作物の扱いはモチロンのこと、家畜の飼育や家具なども修繕できる。
便利屋としての評判は上々だった。
元々、南は大規模な農耕地帯であるためオッドの知識は、非常に有用だった。
それまで鳥や獣により田畑を食い荒らされてきた農家も、彼が手作りした臭い玉のおかげで問題が解決したと聞く。
おかげで、生活費もそれなりに蓄えられてきた。
ウネ用の栄養剤の購入資金にも当面は困りそうにない。
が……養っているのは彼女一人だけではない。
「ただいま、今戻ったぞ」
「オッド、オッド、オッド、おかえり」
平屋に戻るトタトタと歩きながらウネが抱きついてきた。
オッドは両手で抱き上げると彼女はキャッキャッしながら喜んでいた。
「おう、戻ってきたようだな。酒はまだか?」
居間の奥で腰を下ろした長髪の男が酒をあおっていた。
薄汚れた着物にやつれた顔と、見るからに不健康そうな感じの中年だ。
無精ひげが生える頬を、指で掻きながら男は悪びれることもなく空の酒瓶をオッドに差し出してきた。
「ったく、また昼間から飲んでんのかよ!? そんなんじゃ、身体が持たねぇ―ぞ!」
「ふっ……これが飲まずにいられるかよ! ガリュウの奴め、このタイミングで西に主力部隊を向けるとは、愚策にもほどがある。東が何を言ってきたのかは知らんが、従った時点で不味いことになっているのに気づかないとは……実に嘆かわしいぞ」
「んで、俺を呼びだしたのはそんな話をするためじゃないだろう? カイ師匠」
「ああ、実はだな――――――」
カイと呼ばれた男は重苦しそうな面持ちで、オッドの方を見ていた。
よほど深刻な話なのか? いつになく真剣な気を漂わせている。
その様に固唾を飲むオッド……。
「何を話そうとしていたのか、忘れてしまったのだよ」
「そりゃ、重症だわ……どうせ、大した話じゃないから今日の稽古をつけてくれよ」
「さりげなく辛辣な言葉を吐き出すとは、さすがは我が弟子だ」
何か面白いのか謎であるが、カイは満足したようで笑みを浮かべていた。
胡坐をかいていた両膝を素手でパァンと叩くと立ち上がり、衣類を干していた槍をつかみ取る。
「よし! 相手してやろう」
「ひでぇー……武器の扱い方だな」
ガサツすぎる師の振る舞いにオッドも、ほとほと飽きれていた。
歳は十代後半ほど、赤茶けた髪と漢らしくしっかりとした眉がトレードマークの少年は聞けば隣国からやってきたという。
隣国と聞いて、満願の人々が真っ先に思い浮かべたのはアーヴェラント帝国のことだった。
近頃、領主ガリュウの下で二人の帝国軍人が雇われたと、もっぱらの噂になっていた。
人々は彼の来訪を歓迎した。
少年もまた気さくな性格をしており、誰とでも分け隔てなく接していた。
その人柄、ゆえか自然と親交を持つ者が増え、一週間も経たないころには満願の一員として受け入れられ空いた平屋に住むようになった。
少年の名はオッド。彼の傍にはいつも幼い魔人がいた。
ウネというアウラウネの女の子でオッドによく懐いていた。
魔人の子供と聞いても人々は別段驚かない。
龍神族の血をひく彼らにとっては魔人は同類同然、否定する方がおかしいと喧伝する者もいる風潮だ。
屈託のない笑顔で日々を送るオッドであるが、その心の内には悩みを抱えていた。
近く西域にいるという姫様の噂を聞いた。その特徴は聞けば聞くほど同級生であるカナッペと合致していた。
ことの真実を知るために西域への移動を望むも、とある男の忠告により断念せざるを得ない状況となっていた。
北と南の軍がほぼ同時に西域へと進軍を開始する。
当然ながら、このタイミングで行くのは危険を伴う。
たとえ西が戦場になろうともオッドは構わず向かうつもりだった。
そこに西へとつながる関所が封鎖されたという一報が飛び込んできた。
実質、移動手段を失ったオッドは歯痒さから唇を噛みしめた。
南域では空から移動することは基本禁止されている。
その為、グリフォンになって移動を試みようとするも危うく撃ち殺されそうになった。
一度ならず二度も危険にさらされたのだ。すでにグリフォンへと変身するのが軽くトラウマになっていた。
気ばかり焦るが、今は辛抱の時だとオッドは自分に言い聞かせた。
必ず好機が訪れることを信じ待つほかなかった。
「とっつぁん、屋根の修理が終わったぜ」
「ご苦労さん。今日も精が出るねぇ~、今日はまだ仕事があるんか?」
「いいや、師匠に呼ばれているから今日はここで終いだな」
持ち前の器用さを生かして、オッドは便利屋として活躍していた。
実家が農家だった彼は、農作物の扱いはモチロンのこと、家畜の飼育や家具なども修繕できる。
便利屋としての評判は上々だった。
元々、南は大規模な農耕地帯であるためオッドの知識は、非常に有用だった。
それまで鳥や獣により田畑を食い荒らされてきた農家も、彼が手作りした臭い玉のおかげで問題が解決したと聞く。
おかげで、生活費もそれなりに蓄えられてきた。
ウネ用の栄養剤の購入資金にも当面は困りそうにない。
が……養っているのは彼女一人だけではない。
「ただいま、今戻ったぞ」
「オッド、オッド、オッド、おかえり」
平屋に戻るトタトタと歩きながらウネが抱きついてきた。
オッドは両手で抱き上げると彼女はキャッキャッしながら喜んでいた。
「おう、戻ってきたようだな。酒はまだか?」
居間の奥で腰を下ろした長髪の男が酒をあおっていた。
薄汚れた着物にやつれた顔と、見るからに不健康そうな感じの中年だ。
無精ひげが生える頬を、指で掻きながら男は悪びれることもなく空の酒瓶をオッドに差し出してきた。
「ったく、また昼間から飲んでんのかよ!? そんなんじゃ、身体が持たねぇ―ぞ!」
「ふっ……これが飲まずにいられるかよ! ガリュウの奴め、このタイミングで西に主力部隊を向けるとは、愚策にもほどがある。東が何を言ってきたのかは知らんが、従った時点で不味いことになっているのに気づかないとは……実に嘆かわしいぞ」
「んで、俺を呼びだしたのはそんな話をするためじゃないだろう? カイ師匠」
「ああ、実はだな――――――」
カイと呼ばれた男は重苦しそうな面持ちで、オッドの方を見ていた。
よほど深刻な話なのか? いつになく真剣な気を漂わせている。
その様に固唾を飲むオッド……。
「何を話そうとしていたのか、忘れてしまったのだよ」
「そりゃ、重症だわ……どうせ、大した話じゃないから今日の稽古をつけてくれよ」
「さりげなく辛辣な言葉を吐き出すとは、さすがは我が弟子だ」
何か面白いのか謎であるが、カイは満足したようで笑みを浮かべていた。
胡坐をかいていた両膝を素手でパァンと叩くと立ち上がり、衣類を干していた槍をつかみ取る。
「よし! 相手してやろう」
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めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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