魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

9-1

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 9-0 閑話

 華やぐ古都、魔王城を背に拡がる城下には食料不足にもめげずに生活を送る魔族たちの姿があった。

 決して容易に屈しはしない。それが彼らを魔族たらしめる誇りだ。
 表では皆が息巻いて好況を振り撒いているが、裏を返せばそれだけ必死である。

 水面下では未曾有みぞうの危機が彼らの生活を逼迫ひっぱくしていた。
 このままでは、魔族に未来がないとうれう者さえ出てきた。

 その中で小さく揺らぐ灯火が生まれた。
 火は民衆を傷つけることもなく、何かを奪うわけでもなく、ひたすら魔族の足下を照らし続けた。

 決して道に迷わないように。誰一人としてはぐれないように。

 その先へ続く、新世界へと誘おうしていた。


 9-1

 城下に新たなる火種が舞い込んできた。
 それは、今までに類を見ない厄介事だった。

 ベルベットカンパニーは、ファストフードを主力として自社のフランチャイズ店舗を世界中に展開しようと注力している大手の飲食企業フードメーカーだ。

 だとしても、魔族領まで足を伸ばすほど命知らずの企業だったとは……クレスですら予想できなかった。
 それに、魔族でもない彼らが無傷で魔都までこられたのは普通に考えてもおかしい。

 十中八九、これには裏がある。そうクレスは考えた。

「どうします? クレス様。あのオババ、まだ話が終わりそうにないですよぉ~」

「何が目的で工房にいるのか知りたいな。もう一度、中に入るぞ」

「仕方ないですねぇ……けど、帰るつもりじゃなかったんですか?」

「相手がベルベットカンパニーなら、トラブルを起こす可能性は大いにある。ってか、もう起こしているだろう」

 バキッ!

 今度は、こっそりではない。ドアノブのレバーを勢い良く下げてクレスたちは入店した。

 依然としてベルベットカンパニーの男女が、工房主であろう男性に食って掛かっていた。

「頼もう!」

 工房に響くクレスの声に老婆は一瞥いちべつくれただけで、また話込み始めた。
 あくまでも、相手にしないスタンスを取るつもりなのだろう。

 ならばと、近くにいた若い男性の方へと声をかけた。

「あの―――――」

「参ったねぇ―――。もしや、もしかするとミーに声をかけようとしているのかなぁ? 悪いが野郎には興味がナッシィ――――ング」

 両手で小さく×を作る男はヤバイレベルでハイテンションだった。
 見た目からして三十代前後だが、挙動不審で他人の話に耳を傾けない。
 まともに会話すら成り立たず、近くにいるだけで無性に腹立しさを与えてくる。

 取っ掛かりがない以上、軽はずみに接してはいけない。
 クレスは彼の動きをさらに細かく観察していた。

 男は服のシワを気にしているようだった。
 ラッパように裾が広がったズボンと、ピチッとした長袖のシャツを着ている。
 スラリとしたその体型には似合う装いだが、フック(J型)のような、もみあげが全てを台無しにしている。

 シワが出来そうになるとすぐに手で伸ばそうとする。
 すると今度は肘を曲げた反対の袖にシワができる。
 それをひたすら繰り返している仕草は、自分を尻尾を追いかける犬のようだ。

「うおーい。今、ミーのことを滑稽こっけいだと思っただろう、思っただろう。嘘だぁぁあ――――絶対に思った、絶対」

「滑稽? ああ思ったとも、天下のベルベットカンパニーの食客ともあろう者が鍛冶師と言い争っているんだなんて、飛んだ笑い草だ」

「おままままえ、どこでソレを知った?」

 先に反応を見せたのは老婆の方だった。
 人間だという事がバレれば、彼らにとって都合が悪いのは想像に難くない。

 男の方は小指で鼻の穴をほじっていた。
 まったくもって危機感の欠片すらない。
 大物なのか、大馬鹿なのか……いずれにしても、真っ当な思考を持っていない。

「クソッ、面倒な輩が来たねぇ。ほれ、レプンツェンさっさとずらかるよ」

 手荷物の大きなカバンを男の方へ投げつけて老婆はスタスタと店の外へと出て行った。
 とても足腰の弱い老人の動きではない。

 独り残された男はレプンツェンと呼ばれていた。それがこの男の名前だとは言い切れない。
 なぜなら、返事をする素振りすら見せなかったからだ。

 グルリと一周、店内を見回し彼女がいないことに気づくと、ようやく小走りで去っていった。


「親方、大丈夫ですかぁ?」

「おう、ミミコ。久しぶりだなぁぁぁ~~」

 魔都工房ギャロッツ―――――

 そこの鍛冶師であり店主でもある親方は、スキンヘッドにサングラスをかけた強面の男性だった。

 鍛冶師にしてはやけに色白で、全身赤一色の衣服を身につけていた。

 これで巨大な鍛冶用のペンチを片手に、そこいらの路地をうろつけば、その筋の人だと誤解されそうだ。

「それで要件はなんだぃ?」

「イートインゴットでトングを二本作製して欲しいのですが」

「なっぁにぃいいいいいい――――!!」

 アゴを前後させながら、クレスに顔を使づけてくる様は、恐喝未遂でしかなかった。
 
 こんな、素振りが許されるのは客が魔族だからだ。
 その親方に対して、さっきの二人は平然と言い返していた。

(どんだけタフな神経をしているんだ)

 パンダネになっていなければ確実に委縮していた。
 そう、言い切れる自信がクレスにはあった。

「イートインゴットかぁ……加工するのに、莫大な費用と時間を要するぞ」

「どれくらいでしょうか?」

「料金は計算しねぇーと分からんが、完成まで一年はかかるな」

「よし、帰るか」

 即決だった。一年も待たないとイケない上に、費用がかかる。
 そんな条件は論外だった。

 ただでさえ、魔族領は物入りなのにこんなことで浪費してはいられない。

「まぁ、待ちな。イートインゴットにこだわらないのであれば、ウチにもトングはある。さっきのバァさんを追い払ってくれた礼に割り引いてやってもいいぜ」

「本当ですかぁ! やったー」

 親方の切符の良さにミミコが飛び跳ねた。
 希望していた物とは違うが、トングが必要であることは変わりない。

「ほら、こん中から好きなのを選びな」

「じゃあ――――――」

 伸ばしたクレスの手がピタリと止まった。
 用意されたトングに指先が触れそうで触れない位置をキープしていた。

 クレスの目線はある一点だけを見詰め固まっていた。

「親方、ゼロが二つ多いッス」

「うん? これぐらいはするだろう。ウチは専門店だからな」

「そう言われましても、無理ッス。自分には手が出せません」

 気まずい空気が流れた。
 魔族領の貨幣は一通り教わったが、平均的な物価までは習っていない。

 事前に予算をミミコに言わなかったのは失敗だった。
 イートインゴットなら、それなりの金額は出してもいいが通常のトングにそこまで金をかけられない。

「クレス様、出世払いでいいのでは?」

「えっ? どういうこと?」

「どうもこうも、魔族領一のパン屋を作るんですよねぇ~。だったらその時に払えばいいじゃないですか!」

 魔族領一のパン屋。

 ミミコの言葉はたまにクレスを驚かせる。
 パン屋を開くことだけが目標になってしまっていた。

 その先にある光景をミミコは、誰よりも先に見ている。

「相変わらず、オメェさんは面白いことを言うな、ミミコ。で、兄ちゃんは作るんかい? 魔族領で一番のパンを」

「一番ではありません。世界最高のパン屋を目指します」

「ほうぉぉ~、コイツはデケェェエ――――なぁ!」


 上機嫌に笑いながら親方はクレスの背中を叩いてきた。
 喜んでくれるのは有難いが、なんやかんやで出世払いは許してくれそうにない。

 それは名店だから仕方のないことだと、半ば諦めるクレスに親方が続けて言った。

「オメェさんの力量を示してみせろ。それが出来たら、コイツら全部、オメェさんに譲ってやってもいい。さっきの奴らは自分の力量もわきまえず、高価な包丁を要求してきた。オラぁよう……コイツら全部、テメェのだと思ってんだ。その子供が泣き出すような、相手に引き渡す親にはなりたくねぇんだ」
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