魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

12-4

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 12-4

 平日の昼間だというのにジャンク通りは、労働者たちで賑わっていた。
 その多くが、帝国、連合国、魔族領の三方から集結した行商人たちだった。

 ギャリィーレイクは観光地という面だけではなく、様々、商品や情報が売り買いされる流通の街でもあった。
 土地柄もよくランブロート大陸のちょうど中間地点ということで人が集まりやすい。

「まぁ、せっかくだし何か食べてみようじゃないか?」

 クレスはそういうと近く店に足を運んだ。
 決して無作為で選んだわけではなく、一番気になる店だったからだ。

「らっしゃい。ギャリィーレイク名物、湖饅頭だよ。これを食べないでギャリィーレイクは語れない」

「饅頭を二つ下さい」

「まいどね~。お客さん運がいいよ、丁度二つ残っている。うちの饅頭はお客さんみたいなカップルに人気だからすぐ売れちまう」

 店主はクレスと同年代ぐらい青年だった。
 威勢が良く愛嬌あいきょうもある彼の店は、言うだけあってかなり繁盛していた。

「カ、カップルとかじゃ……なぁ?」

 思いがけない一言に、クレスは照れ笑いを浮かべた。
 そうしないと場が持たない気がしたからだ。

「ま、まったくだぁ。私たちがその……か、カップルだなんて……ゴニョゴニョ」

 しどろもどろになって指先を絡めるラクースの仕草に余計、意識してしまう。

(傍から見れば恋人同士がデートしているように見えるのか。というか、これってデートなのか?)

 頭の中で想像しつつもクレスは彼女と目が合うと視線をそらしてしまった。
 ラクースの方も同様のリアクションを取っていた。

「とりあえず、席につこう」

 二人して常設されているテーブル席についた。
 買ったばかりの湖饅頭が入った器は手に持つには、いささか熱い。
 ラクースが「あちちち」と小声をあげながら、テーブルの上に器を置く。
 
 湖饅頭とは、動物の腸にも似た半透明の膜の中に、熱々のスープと肉や野菜といった具材が閉じ込められている一品だ。
 
 食欲をかき立てる香辛料の香りが、これまたたまらない。

「じゃあ、いただくとしようか?」

「なぁ、私……猫舌なんだけど」

 湖饅頭が入った器を眺めながら、ラクースはどう饅頭を攻略しようか悩み抜いていた。

 「ゆっくり食べればいいよ、ラクース」

 仮面の口元を開くとクレスも自身の湖饅頭に手ををつけた。

 薄い膜をやぶれば、ドロリとしたとろみあるスープが具材とともに出てくる。
 濃厚な鶏油と野菜の旨味、食べる度に身体の芯からポカポカとしてくる。

 見た目は透き通った湖面。

 食べ応えのあるしっとりとした鶏肉が口の中でホロホロ溶けだす。

 しみ込んでいた野菜の甘みが後を追い、香辛料が鳥の臭みを消しつつ見事なまでに味を際立てている。

「申し分ない味だけど、何か物足りないな」

 ラクースがボソッと本音を漏らした。
 かなりグルメは彼女は人一倍、味にうるさい。
 別に料理を乏しているつもりではないようだが、たまに口をついて出てしまうようだ。

「まったく持って同感だな、獣人のお嬢さん。こんなモンがギャリィーレイクの名物だと? 冗談キツイぜ」

 ラクースの真後ろの席にいた男が、同じく湖饅頭を突っつきながら眉間にシワを寄せていた。
 男はわざと周囲に聞こえるように大声を張り上げて湖饅頭を酷評していた。

「お客さん、どうか致しましたか? うちの料理に問題があれば作り直しますが」

 騒ぎを聞きつけた饅頭屋の店主が慌ててやってきた。

 ここで無視するのは不味いと判断したのだろう。
 事情を覗いできるだけ対応しようとしている。

「何が問題かは、そこに居るお嬢さんに聞くんだな。俺よりもさきに、アンタの饅頭を非難していたようだからさ」

「ちょっと待て。私はべつに非難なんかしてないぞ」

 口は禍の元、さりげない一言が思わぬカタチで飛び火してきた。

 クレスたちの下に多くの人々が集まり出した。
 いずれもジャンク通りの関係者や面白がって様子を見に来た観光客である。

「さっき、物足りないって言っていたじゃないか。まさか、なかったことにしようなんて思わないよな?」

 周囲の異常性に気づいたときにはもう手遅れだった。

 このジャンク通りで商品にケチをつけるのはタブのようだ。
 なぜなら、ここにいる半数以上は、ベルベットカンパニーと繋がりがある者たちだ。

 批判していた男もどうやら、彼らの仲間のようだ。
 仲間の一人から金銭を受け取ると、すぐにその場から退場してゆく。
 客を装い、騒ぎを起こして周りの注意を引きつけるのが男の役目だった。

 そうすることで、屋台の不利益になるような発言する客を制裁するのが連中の目的らしい。

「困るなぁ、お客さん。これじゃ、営業妨害ですよ。ねぇー? 皆さんもそう思うでしょう?」

 さっきまでと打って変わり、饅頭屋の店主の表情が悪どい物になっていた。
 人とはこうも変わるのか……と失望するぐらいだ。

 初めてのことではないが、片田舎育ちのクレスにとっては何度、経験しても慣れない。
 こういう輩は相手にしない方がいい。
 のだが……ベルベットカンパニーの息がかかっている以上は、無事は済まされそうにない。

「とりあえず賠償金でも払ってもらいましょうか? ねぇ~?」

「だから、なんで非難したことなっているんだ?」

 饅頭屋とラクースが言い争いになっていた。
 その様子をみて、周囲からは彼女に対するヤジが飛ぶ。

 中には、クレスたちに空き瓶を投げつけてくる者もいた。

 足下で砕け散る瓶の破片をかわし、クレスは店主に告げた。

「だったら、この湖饅頭より美味いジャンクフードを出せば自分たちが正しいってことを証明できるよな?」

 クレスの爆弾発言に野次馬の声が途絶えた。
 誰一人として、ベルベットカンパニー相手にバトルクッキングをしかけてくるとは思いもしなかったらしい。

「へぇー、お客さんは見たところ素人じゃねぇな、バトルクッキングか。いいぜ、受けて立つ」

「いや、受けるのは自分たちの方だ。
バトルクッキングを申し込んだ方はルールを決められない縛りがあるらしいからな。
それとも名店の店主である貴方が、こんなカップル風情に勝つ自信がないとでも?」

「おもしろい。俺はどちらでも構わない、ルールを提示しな」

 簡単に挑発に乗る饅頭屋にクレスはニッと笑みを浮かべた。
 相手が仕掛けてきたのだ。これを利用しないわけがない。

 ピンチを好機に切り替えるクレスならではの発想だ。

「勝負内容はランニングクッキングだ。
 ここから、ベルベットカンパニーの本社に向かうまでの間、移動しながら調理をする。
 制限時間はごくわずか。妨害は無制限だが、途中で止まることは認められない。
 協力者のヘルプは一度だけ可能、魔道具の使用制限は一回のみとする。
 審査員はベルベットカンパニーの社員に行ってもらう」

「待てよ! それでは湖饅頭は作れない」

「別に他の料理は出せばいいだろう? 俺たちが貴方の饅頭よりも美味い物を調理すればいいだけで、何も湖饅頭と勝負する必要はないのだから。その方が貴方にとってもダメージが少ないのでは?」

「ちぃ、言わせておけば。舐めるなよ! 毎日、湖饅頭を作っているんだ。ランニングしてでも作れるわ」

 啖呵たんかを切る饅頭屋は、自ら進んで逃げ場をなくしていた。
 幸いにも、こちらには持ってきた小型の魔導窯がある。

 備えあればうれいなしとは、このことだろう。

「クレス、その魔導窯……壊れている奴じゃないのか? だって、ほら」

 ラクースが魔導窯のふたを開くと中に、故障中と札が貼られていた。
 無言のままクレスは魔導窯の蓋を閉じた。

「誰だよ。内側に札を貼った奴は……」

「そろそろ、開始してもいいか?」

 土壇場で窮地に追い込まれるクレスたち。
 饅頭屋の方も苦戦していたようだが、なんとか準備が完了したようだ。

「どうする、代用品でも探すか?」

「いや、このままで良い。代わりに見つけてきて欲しい物があるんだ」

 かまをバックパックに詰めるとクレスはラクースに耳打ちした。
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