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五話 アニキ、世話になる
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ちんまりした店先とは反対に、店の中はわりと広い。
カウンター席だけではなく、テーブル席もゆったりと出来るぐらいの余裕がある。
最近、リホームでもしたのか? 内装は真新しく清潔感ある真っ白な壁がピカピカと輝いている。
その中にある、どこかレトロな雰囲気。
それは入口の片隅に置いてある招き猫や飾り気のないシンプルなカレンダーといった小物がもたらしているアクセントのおかげだといっても過言ではない。
懐かしの黒電話が乗っかっているカウンターの向こうから、真っ白い雲のような湯気が漂っていた。
コチラへと向かって流れてくる至福の気流は、ボクの鼻孔をくすぐり空腹を加速させる。
「ちょっと、そこに座って待っていろ」
お爺さんがカウンターの椅子を動かし手招きしていた。
本当にここに座っていのか? 戸惑いながらも身体はちゃっかりと席についていた。
ほどなくして、カウンター越しから手が伸びた。
シワだらけのゴツゴツとした職人の手だ。
その先にゴトッと音を立てながらラーメンが出てきた。
そう、ボクの視界はラーメンしか捉えていなかった。
それがどんな器に入っていて、どのようなトッピングがされているのか意識に干渉しない。
ただ、黄金色のスープに浮かぶ麺だけを見詰めていた。
「遠慮せずにさっさと喰いな。せっかく作ったラーメンが伸びちまう」
「でも……ボク……お金が」
「そんなの子供が気にするんじゃねぇよ。ウチは、お客さんに美味いって言って貰いたくて商売してんだ。コイツはサービスだ。店の味が気に入ってくれたら、また今度、友達でも誘って来てくれや」
何だか、視界がぼやけきた。ラーメン湯気のせいだ。
涙腺が緩みっぱなしなのも、鳥ガラの塩スープがアッサリとしながらも深いコクを醸し出してくれちゃっているからだ。
モチモチとした食感の平麺がスープとよく絡んでくるせいで箸が止まらない。
空腹で冷え切っていた身体に店主の優しさとラーメンの温かさが染み入る。
「ごっそうさんでした」
無我夢中で食べたら、あっという間に器が空になっていた。
スープ一滴も残さずに平らげるのは、イエローとして当然の行為だ。
本来ならば、ここから本喰いに入るところなんだけど、生憎と持ち合わせがない。
荷物を取りに行くにはまた、あの廃工場に戻る必要がある。
まぁ、恐らくはセコイヤに回収されていると思うけど……。
「うっ!!」
「どうしたい?」
「ちょ……お手洗い借りてもいいですか?」
「ああ、そこの突き当りの右側だ」
すっかり忘れていた……トイレにずっと行けていなかったんだ……。
お尻がムズムズとする。暴虐の化身が生まれそうな予感がする。
アウトコースからインを突くように華麗にコーナリングを決めながら、ボクはトイレに直行した。
即座にパンツを下ろし、エコノミー席に腰をすえた。
「ん? ああ……」
下半身越しに銀河が見えた。
すでに、気づいていたけど大事な物が股間から無くなっていた。
アニメとか映画だったら、大抵こういう場合は大騒ぎするんだけど……ボクの感性が故障しているらしく、意外と落ち着いていた。
変に動揺しなかったのは、一気に変態せずに徐々に変態したからだ。
パンツは脱げても腰から外せないガーターベルトが憎たらしい。
今や、ほぼ女子と化してしまった自分の容姿を認めたくはないが、受け入れることできる。
なぜなら、元の容姿からして受け入れる努力が必要だったからだ。
万年、脂肪漢だったボクををなめないで欲しい……。
駄目だ……自慢することじゃないな。
便器の上で気張りながら、ふと思った。
この姿でなければ、あの店主のお爺さんはボクに優しくしてくれたのだろうか?
その問いは愚問か――――
「ゲンジさん、やめときな。事情も聞かずに届け出るんじゃないよ」
「だが、家族が心配しておるかもしれんぞ」
トイレから出てくると調理場の方から話し声が聞こえた。
聞き耳を立てて様子をうかがうと、お爺さんと奥さんでらしき? 女性が口論していた。
内容からして十中八九、ボクのことだ。
自意識過剰で話が片づけば気が楽なのに……そう都合よくとはいかない。
ここで逃げ出すのが潮時なんだろう。
これ以上、ボクに関わればお爺さんを巻き込んでしまう。
なるべく、足音を立てずに――――
「そこの娘よ、まさか? このチエコさんに会わずに帰ろって魂胆じゃないよね」
忍び足で、ソローリとするボクの前に、お婆さんがカウンターを飛び越えて参上した。
言葉通りカウンターの上に片手をついて鞍馬の競技選手のように飛び出してきた。
老人とは思えないほどの身体能力を持つ、この卒業できていないスケバンはボクを絶句させてくる。
取り敢えず、顔を傾けながら近距離で人をガン見するのは止めて欲しい……。
「圧が……圧々……圧」
「話は奥にいる爺様から聞いたぜぃ。アンタ、私と同じで訳ありみたいだね……ビンビンと伝わってくるよ。救いようのない波動がぁあん! 取り敢えず、話して味噌? 力になるかもしれないぜっ」
「ええっ……」意味不明だけど、お婆さんと一緒くた……妙に嫌だわ。
カウンター席だけではなく、テーブル席もゆったりと出来るぐらいの余裕がある。
最近、リホームでもしたのか? 内装は真新しく清潔感ある真っ白な壁がピカピカと輝いている。
その中にある、どこかレトロな雰囲気。
それは入口の片隅に置いてある招き猫や飾り気のないシンプルなカレンダーといった小物がもたらしているアクセントのおかげだといっても過言ではない。
懐かしの黒電話が乗っかっているカウンターの向こうから、真っ白い雲のような湯気が漂っていた。
コチラへと向かって流れてくる至福の気流は、ボクの鼻孔をくすぐり空腹を加速させる。
「ちょっと、そこに座って待っていろ」
お爺さんがカウンターの椅子を動かし手招きしていた。
本当にここに座っていのか? 戸惑いながらも身体はちゃっかりと席についていた。
ほどなくして、カウンター越しから手が伸びた。
シワだらけのゴツゴツとした職人の手だ。
その先にゴトッと音を立てながらラーメンが出てきた。
そう、ボクの視界はラーメンしか捉えていなかった。
それがどんな器に入っていて、どのようなトッピングがされているのか意識に干渉しない。
ただ、黄金色のスープに浮かぶ麺だけを見詰めていた。
「遠慮せずにさっさと喰いな。せっかく作ったラーメンが伸びちまう」
「でも……ボク……お金が」
「そんなの子供が気にするんじゃねぇよ。ウチは、お客さんに美味いって言って貰いたくて商売してんだ。コイツはサービスだ。店の味が気に入ってくれたら、また今度、友達でも誘って来てくれや」
何だか、視界がぼやけきた。ラーメン湯気のせいだ。
涙腺が緩みっぱなしなのも、鳥ガラの塩スープがアッサリとしながらも深いコクを醸し出してくれちゃっているからだ。
モチモチとした食感の平麺がスープとよく絡んでくるせいで箸が止まらない。
空腹で冷え切っていた身体に店主の優しさとラーメンの温かさが染み入る。
「ごっそうさんでした」
無我夢中で食べたら、あっという間に器が空になっていた。
スープ一滴も残さずに平らげるのは、イエローとして当然の行為だ。
本来ならば、ここから本喰いに入るところなんだけど、生憎と持ち合わせがない。
荷物を取りに行くにはまた、あの廃工場に戻る必要がある。
まぁ、恐らくはセコイヤに回収されていると思うけど……。
「うっ!!」
「どうしたい?」
「ちょ……お手洗い借りてもいいですか?」
「ああ、そこの突き当りの右側だ」
すっかり忘れていた……トイレにずっと行けていなかったんだ……。
お尻がムズムズとする。暴虐の化身が生まれそうな予感がする。
アウトコースからインを突くように華麗にコーナリングを決めながら、ボクはトイレに直行した。
即座にパンツを下ろし、エコノミー席に腰をすえた。
「ん? ああ……」
下半身越しに銀河が見えた。
すでに、気づいていたけど大事な物が股間から無くなっていた。
アニメとか映画だったら、大抵こういう場合は大騒ぎするんだけど……ボクの感性が故障しているらしく、意外と落ち着いていた。
変に動揺しなかったのは、一気に変態せずに徐々に変態したからだ。
パンツは脱げても腰から外せないガーターベルトが憎たらしい。
今や、ほぼ女子と化してしまった自分の容姿を認めたくはないが、受け入れることできる。
なぜなら、元の容姿からして受け入れる努力が必要だったからだ。
万年、脂肪漢だったボクををなめないで欲しい……。
駄目だ……自慢することじゃないな。
便器の上で気張りながら、ふと思った。
この姿でなければ、あの店主のお爺さんはボクに優しくしてくれたのだろうか?
その問いは愚問か――――
「ゲンジさん、やめときな。事情も聞かずに届け出るんじゃないよ」
「だが、家族が心配しておるかもしれんぞ」
トイレから出てくると調理場の方から話し声が聞こえた。
聞き耳を立てて様子をうかがうと、お爺さんと奥さんでらしき? 女性が口論していた。
内容からして十中八九、ボクのことだ。
自意識過剰で話が片づけば気が楽なのに……そう都合よくとはいかない。
ここで逃げ出すのが潮時なんだろう。
これ以上、ボクに関わればお爺さんを巻き込んでしまう。
なるべく、足音を立てずに――――
「そこの娘よ、まさか? このチエコさんに会わずに帰ろって魂胆じゃないよね」
忍び足で、ソローリとするボクの前に、お婆さんがカウンターを飛び越えて参上した。
言葉通りカウンターの上に片手をついて鞍馬の競技選手のように飛び出してきた。
老人とは思えないほどの身体能力を持つ、この卒業できていないスケバンはボクを絶句させてくる。
取り敢えず、顔を傾けながら近距離で人をガン見するのは止めて欲しい……。
「圧が……圧々……圧」
「話は奥にいる爺様から聞いたぜぃ。アンタ、私と同じで訳ありみたいだね……ビンビンと伝わってくるよ。救いようのない波動がぁあん! 取り敢えず、話して味噌? 力になるかもしれないぜっ」
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