RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ

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冒険者が統べる村

焔姫の魔術師

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この奥にギルドマスターがいる。
ここまで正面きっての争いになってしまった以上、話合いで解決できるとはちっとも期待していない。
今まで何度も穏便にとは言ってきたけど、私は堅実主義者であっても平和主義者ではない。
ここ数日の間にモリスンを使役してジップ村の治安レベルを分析した結果、口約束をしたぐらいでは約束を反故にされる事が多々あると判明している。
おそらく今回の事を水に流しても、タンゾウさんが再びダイインスレイブに捕らえられるのは時間の問題。
その程度は容易に想像がつく。
武力による衝突を肯定するつもりはないが、場合いによっては白黒はっきりさせないと収拾がつかない。
少なからず、ダイインスレイブのギルマスには償いをして貰わなければ安心など得られるはずもない。

「ん? ……意趣返しのつもり」

ドアノブに手をかけようとしたタイミングで、何かが焼け焦げる臭いが鼻先をかすめた。
反射的に身体の重心点をずらし床に倒れ込むと、私の背丈に合わせた火柱が扉から水平に噴出した。
魔法だ……それも中位クラス、ウィザードがよく使うフレイムポール。
取り込まれでもしたらこんがりと丸焼きにされてしまう。

「上品な所作とは真反対に随分と……えげつない攻撃魔法を放つんですね」

「あら、勘づいちゃいましたかぁ。迫真の演技だと思ったのにぃ」

「素振りは完璧でも、魔力の隠ぺいがうまくなければ意味のないことです」

カツン、カツンとヒールが床を鳴らす。
私のそばにフラッとやってきたのは、受付けのゾイだ。
一度、露店市場の通りで見かけたが、あの時は顔をはっきりみることができなかった。
そのせいもあって魔力の波長を感知するまで一般人だと誤認していた。
彼女の正体は、あのナックとかいう筋肉ダルマの姉、ゾイ・ビーンズだ!

「でも、よかったわ~。ずーと探していましたの、私のだめだめぇ~な弟君を痛めつけてつけてくださった魔術師さんを。もうね、すごく大変でしたのよ。カシュウったら大騒ぎしちゃって、なだめるのにぃ手を焼きましたわ」

「まさか、そんな理由でタンゾウさんを人質にとったの? 私をおびき寄せるためだけに!」

「いいえ、違いますわ。そうですわね、魔術師を見つけるという点では否定はできませんが……私たち家族にとって、あの男は前々から弊害へいがいでしたの。そして、処分する算段がついたから迎えにきましてよ!」

「そんな身勝手な言い分は許されないわ。 タンゾウさんがいなくなれば悲しむ人間だっている……彼は渡しません、返して下さい!」

「まあ、なんて優しい子なのかしら~お姉さん感激しちゃったぁ。私たちの因縁すら知らない、よそ者の分際で、どうして他者の揉め事に介入してくるのかしらぁ? それこそ横暴で単なる自己を満たすだけの行為、吐きそうなほど気味が悪いですわ」

「どうして……っか、理由ならちゃーんとあるわ。よそ者だから、あなたの言い分なんか知ったこっちゃないって理由がね。ゾイ・ビーンズ、私にはあなたをどうこう従わせる権利はないのと同様、あなたが敷いたレールの上に私が載らないといけないルールは存在しないわ」

「そういう開き直っているだけの可愛くもない子は、お断りでしてよ!」

屋内に響くヒールのタップ音。
その軽快なリズムに合わせて、私の周囲に火の球が出現する。
始まった……タップする回数の増加に比例して、辺りの空間を埋め尽くす火球も多くなっていく。
間違いない、ゾイは旋律を奏でることで魔法の詠唱時間をショートカットしている。
そのトリガーは、おそらくタップダンスで正解。
行為自体は無駄に体力を削ると思うが、魔術師本人が得意としている事なら魔力の強化に充分な影響を与えているはずだ。
球数多く出現した炎は、既にこちらの身動きを取らせない為のおりと化していた。
一見すると、逃げ場を失ってしまって万事休すのシチュエーション。
でも、実際はこけおどし……広範囲に魔力を拡散させてしまったせいで火球弾、一個一個の威力、強度は通常のファイアボールよりも劣る。
ゾイの火魔法を遮る為、自身の周りに水魔法スプレッドカーテンを生成した。
このまま、魔法そのものを潰してやってもいいけど、ここは手短に片づけたい。
私はモップの柄にエンチャントをかけ水のカーテンを絡め取った。
水属性特有の性質、形状変化を利用し柄の先端からほとばしる水しぶきを作りむちのように振るう。
それとなく、自宅の庭にてゴムホースで水撒きしている気分になり何とも言い難いが効果はてきめん。
瞬く間に自身の進路を遮る火球を消化していく。
道が開けると空かさずライトニングムーブの魔法を使用。
床を流れるような高速の滑走で、瞬時にゾイの前に踊り出た。

足を踏ん張りつつ相手の脇腹をモップの柄で狙い打つ。
直角を描くように態勢を変えたせいで摩擦が生じ床が悲鳴をあげる。
少々、強引な動きだが魔術師を倒すには魔法を使用した直後に攻撃するのが一番、安全で効果的だ。
なぜなら、魔法には使用した直後に発生するクールタイムがあるからだ。
個人での差はあるも平均な魔法使用回数は一回、連続使用は不可能に近い。
リキャストタイムと呼ばれるこの現象は、脳に負荷をかけないように身体がかけるブレーキ、いわばセーフティロックそのもので本人の意志とは無関係に働く。
これがあるおかげで、魔術師は廃人にならなくて済む。
魔法術式を構築するには、それほどの莫大な情報量を必要とし、それを素早く的確に処理する能力が求められる。
だからこそ魔法を乱発できないし、使いどころも見極めなければならない。

「弾かれた? 神眼解放!」

確実に一撃入ったと思ったところで力が逆流した。
振った柄はゾイの胴体の手前で何かにぶつかり止められていた。
その何かとは、魔法だ! さきほど、火球を飛ばしたばかりだというのに、同様のモノが今度はゾイの周囲に浮遊している。



「シングルキャストにしては次詠唱までの立ち上がりが速い上に隙が無い。異常なまでの再使用速度の速さ、何か裏がある」

「くふふふっ、あなた強いですわね。凄まじい魔力量と突拍子もない魔法技能のセンス、悪くありませんわ。け れ ど あなたは私には勝てない。くふっ、だってぇ~私たちには絶対に埋められない経験値の差がありますもの。あなた、実戦経験が圧倒的に不足しているでしょ?」

守りを固めていた火球が私に降りかかってきた。
刹那、金色の瞳が読み取ったのは追撃能力有りという情報。
ダウンバーストで一気に距離を遠ざけたいが、そうもいかない。
風属性魔法は基本、火属性魔法との相性が悪い。
さらに身を突風で無理やり押し飛ばすとなるとバランスを崩し転倒する可能性が高い。
ここで一撃でも被弾してしまうのは、かなり不味い。
追撃、ホーミングとはかなり厄介な攻撃だとアーカイブスも告知している。
ここはライトニングムーブで回避しつつ、水属性のエンチャント攻撃で着実に対処したほうがいい。
上下右左縦横無尽、つきることがないんじゃないかと思うほど、ひっきりなし火球が迫りくる。
そのたびに水の棒術で打ち消すが、なにぶん不規則に飛んでくる火球すべてを鎮火させるのは簡単ではないし、憎たらしい事にゾイが動きを操作してかく乱してくる。
こんな時、アースウォールが使えたら三秒で問題解決できるんだけど……室内では発動できない。

「ふぅ~ん、赤毛ちゃん面白い事を思いつきますわね」

私は助走をつけながら床板のくぼんだ部分に柄を突き立て天井高く飛んだ。
走り高跳びのようにアーチを描いて勢い任せに飛べれば火球を回避するのに申し分はないのだが、ただの柄にそのような便利機能はなく、せいぜい直立させるのが限界だ。
ともあれ、スピードがのった大多数の魔法攻撃を一斉に進路変更するのはゾイでも困難だ。
被弾する直前で私が回避行動をとった為に、追って狙っていた火の玉たちは一所に密集し過ぎて完全に行き場を見失っている。
制御が利かなくなったソレらは次々に互いを相殺そうさつし燃え盛った炎を辺りにまき散らしている。

「さすがにこのままだと丸焼きになるわね、だったら」

私を中心にして天井高く噴出する水流。
厄介ものたちは怒髪冠を衝いたような激しい流れに飲み込まれ、たちまち消え去っていく。

「アクアビュートですか。まさか、私のブレイズガードナーをしのぐなんてなかなか楽しませ上手ね~」

「まだ、余裕ぶっているみたいだけど……そろそろ本気で来たら?」

「それはお互い様でしてよ」

ゾイが目元を細めて笑っていた。
何を目論んでいるのか? 考える必要もないし、興味がない。
あるいは好敵手に出会えて高揚感に浸っているとか……いずれにしても謎は、じきに解ける。
このいくら前進しても、さっきから一向に縮まないゾイとの距離とか――――。

「ふふっふ、さっきから足踏みしているけど何がしたいのかしら? 赤毛の魔術師さんは」

「何か仕組んだわね。そこらじゅうにマナが漂ってきているみたいだけど、コレ魔法じゃないよね?」

「凄いですわ! もう、そこまで掴んでいるなんて。けど足りない、足りてない。もっとぉ、ゾクゾクさせて~私にひりつくようない恐怖と病みつきになりそうな痛みを頂戴な」

顔がだらしなくなっている……他人の性癖をとやかく言うつもりはないけど一言だけ。

「私があなたに付き合うわけないでしょ! そもそも相手を近づけないようにして恐怖もクソもないと思うけど。時間稼ぎのつもりかもしれないけど意味ないわよ」

「つれませんわ、ひどぉ~い。だったら、魔法の打ち合いなんてどう? 近接は私苦手ですし、純粋に魔法の力を競いましょうよ。 それともぉ、複合属性持ちのクソ雑魚さんは火力勝負じゃ勝ち目ないと諦めて敬遠なされますかぁー」

うわっ……急に子供っぽい喋り方してきたよ。
分かりやっすい挑発だ。
ここまでの状況から踏まえると、おそらくゾイは火の単一属性だ。
扱える属性が多いほど、有利に思われがちな魔法だが、実はそうでもない。
適性属性が増えるほど個々の属性能力が劣化してしまうという縛りがある。
数値にすれば、単純に分散。
単一で100なものも複合二つでは50、50と分かれる。
鍛錬次第では力の割合もある程度は調節可能ではあるものの、それでも器用貧乏であることには変わらない。
質の差で単一に劣る。
ゾイは私を複合属性の魔術師だと思っている、加えて火力自慢が特性の火属性だ。
わざわざ、自分の得意分野で勝負を挑んでくれたわけだ。
なら、断る道理は一切ない。
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