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天上へ続く箱庭
皇帝
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「がはっ―――こんな……ところで――――オレは、負けるわけには…………いかねぇぇんだ!!」
天を仰ぎ、絶叫するナック。
すでに獣化は解除され、徐々に人の姿に戻りつつある。
セピア色の世界が、再び色づいていく。
マガツヒノユリカゴが放つ、奇怪な光は消え去り、月は闇夜の中へ隠れてしまった。
両膝を地につけ、うつらうつらとなる。もう、指一本も動かせない。
そんな私にパチパチと拍手を鳴らし賛辞を送る男が一人いた。
「素晴らしい! 久々に最高のレイトショーを見せて貰った!!」
「どうして……あなたがこんな場所に? タンゾウさん?」
ディングリングを伴い、彼は塔の屋上に上がっていた。
私の知る様とは打って変わり、今、間近にいるタンゾウさんは別人ではないのかと疑ってしまうほど豹変していた。
眼元を細めながら、困惑する私を眺めつつ恍惚とした表情を浮かべている。
何がそんなに愉しいのか分からない? はっきり言って不気味だ。
「驚いたか? 残念ながら、今はタンゾウではない。だが心配はない、そなたのことはしっかりと覚えているぞ」
「一体、何がどうな―――」
「ねぇ! これ、どうすんだい? 立ったまま失神しているけど」
小枝を手にしたディングリングが楽し気にナックの脇腹を突いていた。
当然、反応はない。
ナックは白目をむいたまま硬直していた。
そんな少女の様子を一瞥しながらタンゾウさん? は答える。
「ディング、彼女の詭弁に乗ろうじゃないか! もっとも、二グレドとルベドの記憶を覗いたが奴らの目論見は依然みえてこないままだ」
「まったく……オマエが寝坊していたせいでボクの仕事が増えたじゃないか。プロテクトをかけてある可能性も否めないだろ? 自白させた方が確実だぞ~代わりは、いくらでもいるし」
「そうやって貴様は、よく人のモノを壊すよの。これだけの素材を生み出すのにどれだけの手間がかかると思うのだ?」
「あーあ、また出たよ。皇帝のくせにケチ臭ッ!」
「皇帝……」
私の反応を見て、ディングリングは小首をかしげていた。
それが何を意味するのか? 疑問でしかない。
ただ、彼女の言葉を鵜呑みにすれば、そこにいる男は高貴な人物となる。
違う、そんな事は些末な話だ……この荒れ狂いながら莫大に膨れ上がり続けている魔力量は、タンゾウさんのモノの比ではない。
それどころか、人間が保有できる量ではないだろう……この魔力量は――。
一体、彼は何者なんだ?
皇帝と名乗り上げられても、そもそも現世では決して関与することがない雲の上の存在だ。イマイチ、ピンとこない。
単純に自称しているだけの可能性も捨てきれないが、この男がキケンな力を秘めているのは不変の事実である。
寧ろ、魔王と呼んだ方がしっくりとくるまである。
「感謝しているぞ。そなたのおかげで、コアの成長がめざましい。これなら、完成する時期も早くなろう」
「コア? あれほど、リシリちゃんの事を助けようと懸命になっていたのに……なんで、そんな話をするの?」
「アッハハ、コイツは自分に関する記憶を封印することで、別人になりきっていたのさ。おやおや? 納得いかないって顔をしているね。なら、おいで~サクリファイスに」
「魔導士よ、全てを知りたいか? ならば招待しよう。我が居城、サクリファイス城塞に。余はいつでも歓迎するぞ」
「時間だ、ザルハス。モチ君、ボクたちの用は済んだから帰還させて貰うよ。そいじゃ、またねー」
パチン! ディングリングが指を鳴らした。
直後、私はゾイのいた五階大広間に転送されていた。
傍にはナックが寝そべっている。
まるで、悪夢を見ているようだ……あの心優しいタンゾウさんが私達を欺き騙していたなんて、到底受け入れられるはずがない。
しきりに周囲を見渡すがそこに彼の姿はなく、つい今しがたの出来事が現実だったと唇を噛みしめた。
唯一の救いはリシリちゃんとビーンズの三人が無事だったことだ。
予想通り、魔女は約束を反故にはしなかった。
私は、足を引きずりながらも祭壇に上がるとリシリちゃんを抱きとめた。
全身を覆っていた氷はすでに溶けてなくなっていた。体温もしっかりしていて暖かい……どこも怪我は負っていないようだ、良かった。
彼女は何事もなかったかのように小さな寝息を立てていた――――――
「あいだだだたたあたっ!! お婆ちゃん、痛いよ! もっと、やさしく」
「ったく、馬鹿な事をする娘だね! 自分の身体に雷属性のエンチャントを施すなんて命があっただけでも儲けものだよ。我慢しなっ!」
塔での戦闘後、私はアリシアお婆ちゃんの練功治療を受ける羽目になった。
どうやら、リシリちゃんを抱きしめた直後に気を失ってしまったらしい。
目覚めるとお婆ちゃんの家のベッドで寝かされていた。
こうなった原因は分かっている。
左右両拳を合わせた掌底攻撃、獣戒による致命傷を避けるため、雷撃用に溜めこんでいた魔力を咄嗟に体内に取り込み肉体を硬化させた。
その代償として、全身がズタボロになってしまったというわけだ。
お婆ちゃんの話によれば、ここに運ばれてきた時点で数か月は身動きできないほどの深刻な状態だったらしい。
けれど、私の身体の自然治癒力は異様なほど早く、そこから三日後には何とか起き上がれるまで回復していた。
コンコン! と扉をノックする音が聞こえた。
私とモリスンが薬棚の整理を手伝う中、お婆ちゃんが扉を開くと珍しい来客の姿があった。
「お久しぶりです、アリシア先生」
「モチから聞いたよ……アンタも大変だったねぇ、ゾイ。こうして、アンタ自身と直接会うのも何年ぶりかね?」
「……もう覚えてませんわ」
因縁とも言える再会。
今回の騒動で、手下を使い散々この家を荒らした張本人の御出ましとは驚きだ。
さすがのゾイも気不味いらしくお婆ちゃんと眼を合わそうとはしない。
今から血で血を洗う戦いが始まるんじゃないかと、少々肝を冷やしたが、そんな空気でもないらしい。
以外にも、お婆ちゃんの方は気にもとめず、いつも通りぶっきらぼうな素振りでゾイに接していた。
「それで謝罪でもしにきたのかね? わたしゃ、これでも忙しいんだ、用が済んだんならさっさと帰んな」
うん、ぶっきらぼうだ……本当は積る話とかしたいくせに素直じゃないんだから。
「そうですわね。あらぬ疑いをかけてしまい申し訳ありませんでしたわ。でも、本日は魔導士さんの方に用があって参りました。少し、お時間を頂けまして?」
「わ、私!?」
「いってきな、モチ。伯爵令嬢が、わざわざ自分の足でやってきたんだ。よほどの事さね」
ゾイの申し出にどう応じていいものか戸惑っていると、おばあちゃんが強引に背中を押してきた。
たとえ、その先が断崖絶壁でも彼女は親獅子のごとく突き落としてきそうで怖い。
とにかく、お婆ちゃんに命じられた以上は従うべきだろう。そうしないと今日の晩御飯が出てこなくなってしまう。
「不服といった感じですわね。そう時間はとらせませんから大丈夫です。開け、インペリアルゲート」
「いや、全 然 大丈夫じゃないと思うんですけど!? それ、私を次元の狭間に飛ばした反則技だよね!」
「何の話ですの? これはコアの力を利用した転移魔法ですわ。転移といっても性能自体は低いので、次元の狭間どころか長距離移動も難しいですわよ」
空間に通り道となる穴を開けておきながら、次元の狭間など聞いたこともないと真顔で答えるゾイ。
あれはイレギュラーだったとでも言うのか?
彼女の言葉を真に受けていいものなのか? 少しだけ訝しんでしまう。
白を切っているわけでもなさそうだ……と思いたい気持ちはある。
そう、相手がゾイ・ビーンズという狡猾な女性でなければ。
「着きましてよ」
「はっ!? はぁあああ――! しまったー、考え事に夢中になってて呆然としたまま着いてきてしまった……ってか! ここはどこなの?」
「ここは大樹の塔、四階。ダンジョンコアの制御実験室がある場所ですわ。関係者以外、立ち入り禁止の場所ですが貴女は既に部外者とは言い切れないので、知る権利があると判断に至りましたわ」
天を仰ぎ、絶叫するナック。
すでに獣化は解除され、徐々に人の姿に戻りつつある。
セピア色の世界が、再び色づいていく。
マガツヒノユリカゴが放つ、奇怪な光は消え去り、月は闇夜の中へ隠れてしまった。
両膝を地につけ、うつらうつらとなる。もう、指一本も動かせない。
そんな私にパチパチと拍手を鳴らし賛辞を送る男が一人いた。
「素晴らしい! 久々に最高のレイトショーを見せて貰った!!」
「どうして……あなたがこんな場所に? タンゾウさん?」
ディングリングを伴い、彼は塔の屋上に上がっていた。
私の知る様とは打って変わり、今、間近にいるタンゾウさんは別人ではないのかと疑ってしまうほど豹変していた。
眼元を細めながら、困惑する私を眺めつつ恍惚とした表情を浮かべている。
何がそんなに愉しいのか分からない? はっきり言って不気味だ。
「驚いたか? 残念ながら、今はタンゾウではない。だが心配はない、そなたのことはしっかりと覚えているぞ」
「一体、何がどうな―――」
「ねぇ! これ、どうすんだい? 立ったまま失神しているけど」
小枝を手にしたディングリングが楽し気にナックの脇腹を突いていた。
当然、反応はない。
ナックは白目をむいたまま硬直していた。
そんな少女の様子を一瞥しながらタンゾウさん? は答える。
「ディング、彼女の詭弁に乗ろうじゃないか! もっとも、二グレドとルベドの記憶を覗いたが奴らの目論見は依然みえてこないままだ」
「まったく……オマエが寝坊していたせいでボクの仕事が増えたじゃないか。プロテクトをかけてある可能性も否めないだろ? 自白させた方が確実だぞ~代わりは、いくらでもいるし」
「そうやって貴様は、よく人のモノを壊すよの。これだけの素材を生み出すのにどれだけの手間がかかると思うのだ?」
「あーあ、また出たよ。皇帝のくせにケチ臭ッ!」
「皇帝……」
私の反応を見て、ディングリングは小首をかしげていた。
それが何を意味するのか? 疑問でしかない。
ただ、彼女の言葉を鵜呑みにすれば、そこにいる男は高貴な人物となる。
違う、そんな事は些末な話だ……この荒れ狂いながら莫大に膨れ上がり続けている魔力量は、タンゾウさんのモノの比ではない。
それどころか、人間が保有できる量ではないだろう……この魔力量は――。
一体、彼は何者なんだ?
皇帝と名乗り上げられても、そもそも現世では決して関与することがない雲の上の存在だ。イマイチ、ピンとこない。
単純に自称しているだけの可能性も捨てきれないが、この男がキケンな力を秘めているのは不変の事実である。
寧ろ、魔王と呼んだ方がしっくりとくるまである。
「感謝しているぞ。そなたのおかげで、コアの成長がめざましい。これなら、完成する時期も早くなろう」
「コア? あれほど、リシリちゃんの事を助けようと懸命になっていたのに……なんで、そんな話をするの?」
「アッハハ、コイツは自分に関する記憶を封印することで、別人になりきっていたのさ。おやおや? 納得いかないって顔をしているね。なら、おいで~サクリファイスに」
「魔導士よ、全てを知りたいか? ならば招待しよう。我が居城、サクリファイス城塞に。余はいつでも歓迎するぞ」
「時間だ、ザルハス。モチ君、ボクたちの用は済んだから帰還させて貰うよ。そいじゃ、またねー」
パチン! ディングリングが指を鳴らした。
直後、私はゾイのいた五階大広間に転送されていた。
傍にはナックが寝そべっている。
まるで、悪夢を見ているようだ……あの心優しいタンゾウさんが私達を欺き騙していたなんて、到底受け入れられるはずがない。
しきりに周囲を見渡すがそこに彼の姿はなく、つい今しがたの出来事が現実だったと唇を噛みしめた。
唯一の救いはリシリちゃんとビーンズの三人が無事だったことだ。
予想通り、魔女は約束を反故にはしなかった。
私は、足を引きずりながらも祭壇に上がるとリシリちゃんを抱きとめた。
全身を覆っていた氷はすでに溶けてなくなっていた。体温もしっかりしていて暖かい……どこも怪我は負っていないようだ、良かった。
彼女は何事もなかったかのように小さな寝息を立てていた――――――
「あいだだだたたあたっ!! お婆ちゃん、痛いよ! もっと、やさしく」
「ったく、馬鹿な事をする娘だね! 自分の身体に雷属性のエンチャントを施すなんて命があっただけでも儲けものだよ。我慢しなっ!」
塔での戦闘後、私はアリシアお婆ちゃんの練功治療を受ける羽目になった。
どうやら、リシリちゃんを抱きしめた直後に気を失ってしまったらしい。
目覚めるとお婆ちゃんの家のベッドで寝かされていた。
こうなった原因は分かっている。
左右両拳を合わせた掌底攻撃、獣戒による致命傷を避けるため、雷撃用に溜めこんでいた魔力を咄嗟に体内に取り込み肉体を硬化させた。
その代償として、全身がズタボロになってしまったというわけだ。
お婆ちゃんの話によれば、ここに運ばれてきた時点で数か月は身動きできないほどの深刻な状態だったらしい。
けれど、私の身体の自然治癒力は異様なほど早く、そこから三日後には何とか起き上がれるまで回復していた。
コンコン! と扉をノックする音が聞こえた。
私とモリスンが薬棚の整理を手伝う中、お婆ちゃんが扉を開くと珍しい来客の姿があった。
「お久しぶりです、アリシア先生」
「モチから聞いたよ……アンタも大変だったねぇ、ゾイ。こうして、アンタ自身と直接会うのも何年ぶりかね?」
「……もう覚えてませんわ」
因縁とも言える再会。
今回の騒動で、手下を使い散々この家を荒らした張本人の御出ましとは驚きだ。
さすがのゾイも気不味いらしくお婆ちゃんと眼を合わそうとはしない。
今から血で血を洗う戦いが始まるんじゃないかと、少々肝を冷やしたが、そんな空気でもないらしい。
以外にも、お婆ちゃんの方は気にもとめず、いつも通りぶっきらぼうな素振りでゾイに接していた。
「それで謝罪でもしにきたのかね? わたしゃ、これでも忙しいんだ、用が済んだんならさっさと帰んな」
うん、ぶっきらぼうだ……本当は積る話とかしたいくせに素直じゃないんだから。
「そうですわね。あらぬ疑いをかけてしまい申し訳ありませんでしたわ。でも、本日は魔導士さんの方に用があって参りました。少し、お時間を頂けまして?」
「わ、私!?」
「いってきな、モチ。伯爵令嬢が、わざわざ自分の足でやってきたんだ。よほどの事さね」
ゾイの申し出にどう応じていいものか戸惑っていると、おばあちゃんが強引に背中を押してきた。
たとえ、その先が断崖絶壁でも彼女は親獅子のごとく突き落としてきそうで怖い。
とにかく、お婆ちゃんに命じられた以上は従うべきだろう。そうしないと今日の晩御飯が出てこなくなってしまう。
「不服といった感じですわね。そう時間はとらせませんから大丈夫です。開け、インペリアルゲート」
「いや、全 然 大丈夫じゃないと思うんですけど!? それ、私を次元の狭間に飛ばした反則技だよね!」
「何の話ですの? これはコアの力を利用した転移魔法ですわ。転移といっても性能自体は低いので、次元の狭間どころか長距離移動も難しいですわよ」
空間に通り道となる穴を開けておきながら、次元の狭間など聞いたこともないと真顔で答えるゾイ。
あれはイレギュラーだったとでも言うのか?
彼女の言葉を真に受けていいものなのか? 少しだけ訝しんでしまう。
白を切っているわけでもなさそうだ……と思いたい気持ちはある。
そう、相手がゾイ・ビーンズという狡猾な女性でなければ。
「着きましてよ」
「はっ!? はぁあああ――! しまったー、考え事に夢中になってて呆然としたまま着いてきてしまった……ってか! ここはどこなの?」
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