2 / 12
(2) 素足と魔法
しおりを挟む
素足で土足エリアに立っていることを認識し、どうやって足を洗ったものか5秒ほど考え込む。
そしたらセリヌが「いかがいたしましたか?」と尋ねた。
「あっ、いや、えーと、自分素足だったなーと思って。」
自分の懸念の核心部にはふれず、あくまで自然に自分の現状がほかの人と違うことを伝え、願わくば足を洗う機会を(比ゆ的な意味じゃなくて)、そして新品の靴を得られないかと、淡い期待を抱いてみる。
「これは失礼いたしました。素足では、この石畳の床は冷たいでございますよね。どこかに予備の靴があったと思うのですぐにお持ちいたします。」
と、セリヌの丁寧かつ親切な対応。さすが宮廷魔導士長。
だがしかし!違う、違うのだ。私にとって問題の核心は床が冷たいことではないのだ。さらには、その予備の靴というのが、新品なのかそれとも既に使われたものなのかで、OCD持ちの私の今後の時間が安寧になるか苦悩になるかが決まるのだ。
が、既に足が土足エリアにふれて汚れていると考えれば、新品の靴をもらっても、まずは足を洗う手はずを整えなければ、意味がないということにも気づく。
さあどうしたものか。いろいろ確認して、自分にとってベストな結果をもたらしたいが、OCDのことは知られたくない(OCDという概念がこの世界に存在するかどうか知らないが)。
ここでひらめく私。
「セリヌさん、お気遣いありがとうございます。ただ、正直に言うと、私の故郷の文化では、靴で歩く場所と素足で歩く場所を明確に分けています。そして、靴で歩く場所を素足で歩いてしまったら、足を洗うことが第一なのです。そして靴も、他人とは共有することは良しとされず、新しいものを自分だけで履いていくのが習わしなのです。」
前半部はともかく、後半部は、日本でも共有スリッパとかスキー靴のレンタルとかあることを考えると、相当もった、というかほぼ嘘になるのだが、相手は日本のことを知らないし、私にとっては譲れない部分である。
「なんと、三奈様の出身地を存じ上げないゆえ、大変な失礼を。それでは、まずは足を洗えるよう、魔法でお湯を用意いたします。靴は、使いの者に、新品をもってくるよう念を押しておきます。」
文化の違いに訴える私の戦略の勝利だ。
と、自分の明晰さ(?)に酔いしれかけたとき、「魔法」という単語が頭に再生される。
「え、この世界には魔法があるんですか!?」と思わず大声が出てしまった。
部下であろう白いローブの人たちに、私のリクエストについて話をしていたセリヌが、少し驚いた様子で振り返った。
「え、ええ、私どもの世界では魔法と呼ばれる技術がございます。」
(うわーっ、すごいすごいすごい、本物のファンタジーだっ!!)
自分の足の心配ごとなどなかったように、興奮が私の胸を埋め尽くした。
「すごいですっ!私の世界には魔法がなかったので、いや知識としては物語で登場したりはあったのですが、実在してはいなかったので、驚いちゃいました。」
「左様でございますか。魔法がないとなると、いろいろと生活にご不便が・・・。いえ、三奈様の世界を存じ上げないのですから、憶測は良くありませんね。」
セリヌはとても謙虚である。宮廷魔導士長という立場を考えれば、相当優秀であろうに。いや、おそらくその謙虚さこそが、彼女をここまでの高みに持ってきたのかもしれない。
「さて、それではまずお湯を生成いたしますので、まずは椅子にお掛けください。」とセリヌが言うと、白いローブの人が椅子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と返答し、初めての魔法が見れることに興奮しつつ腰掛けた。
セリヌが私の足のほうに両手をかざした。私は、足の周りに、なにか温かいものを感じ始めた。
「それではお湯で洗います。」とセリヌが言った。
そして、本当に自分の足の周りにお湯が現れ始めたのだ!しかもそのお湯は、自分の足をめぐるように動き回り、たとえるなら洗濯機の手洗いモードで動いている水のようだ。
(なるほど、これならたしかに汚れが落ちそうだし、お肌にもやさしい。)
ある程度したところで、セリヌが両手を私の足の方から聖堂の出口の方に向けた。と同時に、私の足の周りを駆け巡っていたお湯が、同じ方角に移動し、そして聖堂の外にあったであろう排水溝に落ちていった。
「こちらできれいになったかと存じます。靴のご用意もできておりますので、どうぞ。」とセリヌが言うと、別の白いローブの人が、汚れ一つない、シンプルだけどどこかオシャレな茶色の革靴を渡してくれた。
「ありがとうございます!」
きれいになった足と、新品のよさげな靴を手に入れ、意気揚々である。
「それでは、応接間までどうぞ。」とセリヌが言った。
(あ、そうか、魔法やら、足がきれいになったやらで一瞬忘れていたけど、私異世界に来ちゃったんだよね・・・。あれ、もしこれが現実として、帰る方法あるのかな・・・。)
急にどうしようもない不安が頭をよぎる。
それでも、魔法で足を洗ってくれ、新しい靴も用意してくれたセリヌ達のことは、なぜか信用できる気がした。
「分かりました、それでは伺います。」と私は答え、椅子から立ち上がった。
そして理解したのだ。
その椅子は、埃っぽかったことを・・・。
そしたらセリヌが「いかがいたしましたか?」と尋ねた。
「あっ、いや、えーと、自分素足だったなーと思って。」
自分の懸念の核心部にはふれず、あくまで自然に自分の現状がほかの人と違うことを伝え、願わくば足を洗う機会を(比ゆ的な意味じゃなくて)、そして新品の靴を得られないかと、淡い期待を抱いてみる。
「これは失礼いたしました。素足では、この石畳の床は冷たいでございますよね。どこかに予備の靴があったと思うのですぐにお持ちいたします。」
と、セリヌの丁寧かつ親切な対応。さすが宮廷魔導士長。
だがしかし!違う、違うのだ。私にとって問題の核心は床が冷たいことではないのだ。さらには、その予備の靴というのが、新品なのかそれとも既に使われたものなのかで、OCD持ちの私の今後の時間が安寧になるか苦悩になるかが決まるのだ。
が、既に足が土足エリアにふれて汚れていると考えれば、新品の靴をもらっても、まずは足を洗う手はずを整えなければ、意味がないということにも気づく。
さあどうしたものか。いろいろ確認して、自分にとってベストな結果をもたらしたいが、OCDのことは知られたくない(OCDという概念がこの世界に存在するかどうか知らないが)。
ここでひらめく私。
「セリヌさん、お気遣いありがとうございます。ただ、正直に言うと、私の故郷の文化では、靴で歩く場所と素足で歩く場所を明確に分けています。そして、靴で歩く場所を素足で歩いてしまったら、足を洗うことが第一なのです。そして靴も、他人とは共有することは良しとされず、新しいものを自分だけで履いていくのが習わしなのです。」
前半部はともかく、後半部は、日本でも共有スリッパとかスキー靴のレンタルとかあることを考えると、相当もった、というかほぼ嘘になるのだが、相手は日本のことを知らないし、私にとっては譲れない部分である。
「なんと、三奈様の出身地を存じ上げないゆえ、大変な失礼を。それでは、まずは足を洗えるよう、魔法でお湯を用意いたします。靴は、使いの者に、新品をもってくるよう念を押しておきます。」
文化の違いに訴える私の戦略の勝利だ。
と、自分の明晰さ(?)に酔いしれかけたとき、「魔法」という単語が頭に再生される。
「え、この世界には魔法があるんですか!?」と思わず大声が出てしまった。
部下であろう白いローブの人たちに、私のリクエストについて話をしていたセリヌが、少し驚いた様子で振り返った。
「え、ええ、私どもの世界では魔法と呼ばれる技術がございます。」
(うわーっ、すごいすごいすごい、本物のファンタジーだっ!!)
自分の足の心配ごとなどなかったように、興奮が私の胸を埋め尽くした。
「すごいですっ!私の世界には魔法がなかったので、いや知識としては物語で登場したりはあったのですが、実在してはいなかったので、驚いちゃいました。」
「左様でございますか。魔法がないとなると、いろいろと生活にご不便が・・・。いえ、三奈様の世界を存じ上げないのですから、憶測は良くありませんね。」
セリヌはとても謙虚である。宮廷魔導士長という立場を考えれば、相当優秀であろうに。いや、おそらくその謙虚さこそが、彼女をここまでの高みに持ってきたのかもしれない。
「さて、それではまずお湯を生成いたしますので、まずは椅子にお掛けください。」とセリヌが言うと、白いローブの人が椅子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と返答し、初めての魔法が見れることに興奮しつつ腰掛けた。
セリヌが私の足のほうに両手をかざした。私は、足の周りに、なにか温かいものを感じ始めた。
「それではお湯で洗います。」とセリヌが言った。
そして、本当に自分の足の周りにお湯が現れ始めたのだ!しかもそのお湯は、自分の足をめぐるように動き回り、たとえるなら洗濯機の手洗いモードで動いている水のようだ。
(なるほど、これならたしかに汚れが落ちそうだし、お肌にもやさしい。)
ある程度したところで、セリヌが両手を私の足の方から聖堂の出口の方に向けた。と同時に、私の足の周りを駆け巡っていたお湯が、同じ方角に移動し、そして聖堂の外にあったであろう排水溝に落ちていった。
「こちらできれいになったかと存じます。靴のご用意もできておりますので、どうぞ。」とセリヌが言うと、別の白いローブの人が、汚れ一つない、シンプルだけどどこかオシャレな茶色の革靴を渡してくれた。
「ありがとうございます!」
きれいになった足と、新品のよさげな靴を手に入れ、意気揚々である。
「それでは、応接間までどうぞ。」とセリヌが言った。
(あ、そうか、魔法やら、足がきれいになったやらで一瞬忘れていたけど、私異世界に来ちゃったんだよね・・・。あれ、もしこれが現実として、帰る方法あるのかな・・・。)
急にどうしようもない不安が頭をよぎる。
それでも、魔法で足を洗ってくれ、新しい靴も用意してくれたセリヌ達のことは、なぜか信用できる気がした。
「分かりました、それでは伺います。」と私は答え、椅子から立ち上がった。
そして理解したのだ。
その椅子は、埃っぽかったことを・・・。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる