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第3章 契約と運命
第175話 屋毒の過去
しおりを挟む霧生玄蛙、屋毒代琉、げんさん――名は多いが、本当の名などとうに忘れた。
屋毒一族というのは、かつて栄えた毒を操る忍びのことを指す。当時は世界中から求められた。殺し屋、政治家、ギャング、町人まで、俺たちの毒を欲した。だが、その名声は呪いだった。忍び狩りなどという言葉が生まれる前から、俺たちは蔑まれ、理不尽な虐殺に晒されてきた。
そこで手を組んだのが獣人の蛙族だった。
屋毒一族は毒の知識を理由に、獣人蛙族は異形の姿を理由に、共に迫害された。生き延びるため、俺たちは手を組んだが、俺のようなハーフはどちらの側からも疎まれた。蛙にも人にも、獣人にも見えぬ不気味な姿は、誰の目にも恐怖だった。両親すら俺を捨てた。
幼い頃、村が焼き払われた夜、俺は見た。家族が、仲間が、「穢れたもの」と呼ばれ、剣で斬られ、火で焼かれた。
変化の術で人間の仮面をかぶり、俺は生きる道を選んだ。
忍びへの迫害が強まる中、俺は忍びを捨て、魔法に手を伸ばし、商売を始めた。魔法は俺に新たな居場所を与えた。始めたのは小さな魔法を使った芸だった。その後、ガムやグミに魔力を込め、動く人形に変える駄菓子を作ると、子供たちが目を輝かせ、評判は広がった。次に武器商売だ。名工マルズと組み、高品質な剣を安価で売った。マルズの剣は世界に名を馳せ、俺の名も響いた。農業、漁業、魔鉱石、奴隷――あらゆる分野で成功を重ねた。かつて俺を「化け物」と罵った者たちが掌を返して擦り寄ってきた。気に食わなかったが、哀れな奴には金を貸した。返ってくることは稀だったが、誠実な者は俺を慕った。
だが、成功は敵も生んだ。妬み、憎しみ――ある夜、俺の家族と家が炎に消えた。燃える我が子を抱こうとしたが、熱が拒んだ。泣き喚き、地面を叩いた。絶望の淵で、俺は抜け殻だった。
そこに現れたのが、若かりし頃の大火観真奈香。黒髪が夜に溶け、黄金の瞳が闇を貫く女。金を返しに来ただけだったが、俺の涙を見て、静かに座り、話を聞いてくれた。言葉は少なく、ただそこにいた。彼女の瞳は俺の痛みを映す鏡だった。「生きろ」とは言わなかったが、彼女の存在が俺に息を吹き返させた。彼女は立ち去る前、そっと手を握り、こう言った。「また会おうね、げんさん」。その一言が、俺の心を繋ぎ止めた。商売に戻り、いつか彼女に再会することを夢見た。
霧ノ都の雷雨大名との出会いはその後だ。奴は俺の商売の才を聞きつけ、取引を持ちかけてきた。「雫の国で忍び狩りが始まる。俺に力を貸せ」と。条件はこうだ――大名は資金と保護を提供、俺は魔奴隷、鉱石、武器を優先供給する。契約書は罠だらけだったが、奴の裏をかき、取引を成立させた。俺は霧ノ都の影の支配者として、富を築いた。
だが、雫の国が堕ち、忍び狩りが本格化した時、すべてが変わった。俺の経営する歓楽街「憂楽」に、真奈香が売られてきた。腹に子を宿し、鎖に繋がれた姿で。彼女は目を血走らせ、看守に爪を立て、叫んだ。「私の子に触れるな!」俺は見た。彼女の黄金の瞳に、かつて俺を救った炎が燃えていることを。
俺は大名に訴えた。「あの女を助けてやれんかな」と。だが、大名は鼻で笑った。「なぜだ? あいつは大火観を名乗っているが、山猫の血筋だ。儲かるだろ?」と聞く耳を持たなかった。追い打ちをかけるように、大名は囁いた。「大火観一族に命を狙われる夢をこのところよく見るんだ。だから忍び狩りと手を組んで、あの一族を捕え、倒した。山猫の血筋とはいえ、大火観だ。あいつは逃せない。ここでお前はあいつを見張っておけ」。俺は愕然とした。大名が忍び狩りと結託していたなんて――俺の知らぬところで、真奈香はさらに深い闇に飲み込まれようとしていた。
俺は動こうとした。金を積むか、力で奪うか――だが、真奈香は俺より先に動いた。大名の宝珠、力を司る秘宝を盗み出し、生まれたばかりの娘、綾香の体内に封印した。大名の命により、俺は契約者として綾香に縛られた。血と汗にまみれた彼女は、なお美しい笑顔だった。彼女は連れ去られ、俺は二度と会えなかった。
綾香は俺の呪いとなった。めんどくさいなんて言葉じゃ足りない。だが、彼女の瞳には、真奈香の黄金の炎が宿る。あの女が残した最後の贈り物だ。その綾香が俺を捕えて連行する。
まったく、どうかしているぜ、この世の中は。俺を救ってくれた女を救えないどころか、その女の子どもに狙われるだなんてよ。
なんて面倒くさいんだ。
呪うぜ、俺の運命。
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