百万の契約

青いピアノ

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第3章 契約と運命

第174話 封印の呪文

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木霊喰らいは辺りの魔力を一通り食い尽くすと、足元のロコたちの存在に気づいた。

この悪霊の異質さは荒地全土に届いていた。

「なんだ、この魔力は…」

脱走奴隷、原住の民、岩血のゴブリン、その他全ての生き物が不安に震えた。

レイチェルに自爆にまでもっていかれ、血だらけとなったエルルもまた、この化け物を見て危機を感じずにはいられなかった。

「…撤退ね。マリリー様にお伝えしないと」

そのままエルルは煙のように姿を消した。

「ダメ!雷精の槍も雷鳴槍も効いてなさそう!」
「氷の魔法では無理ね…。風も光もダメとなると…」
「魔法剣も魔法銃もまるで無意味…!これではどうしようもない」
「どーすんだよ!?指揮官!サリュー執行官!?」

対応策が見出せない中、真弓が魔力を吸われる。サクが結界を張り、真弓を守る。しかし、結界も効果なく彼女は魔力欠乏症となり、倒れた。

「あ……」 

「ダメか…!俺の結界も吸い込まれた」

「真弓!!!」

叫んだ百合を木霊喰らいが狙う。口元から大きく空気を吸うように百合の魔力を喰らうと、百合も力を失い、その場に倒れた。

「百合執行官!!」

新の表情に焦りの色が滲み出る。

ルークが「彗星の突撃」で悪霊の腹を狙う。しかし、まるでそこには初めから何もないかのように、ルークはすり抜けた。

「物理攻撃も効かない相手にどうしろと…」

「…サリュー執行官。さらに増援を呼べば何とかなりそうですか?」

新は困り果てた表情で聞いた。答えは聞かなくともわかっていた。

サリュー執行官は静かに答えた。

「いいえ…。おそらく何人呼んでも仕方がないかと」

その声には、諦めではなく、覚悟のような響きがあった。彼女はゆっくりと、左手の掌を顔の前にかざす。その手のひらの上には、いつの間にか、浄風の聖櫃が静かに浮かんでいた。白木の表面に刻まれた渦巻き模様が、微かに光を放っている。

「サリュー執行官、それは…!?」

新が声を上げた。聖櫃を目にしたロコやルークたちの顔にも、絶望と理解の入り混じった表情が浮かぶ。彼らは、それが何を意味するのかを悟ったのだ。

サリューは何も答えず、ただ静かに聖櫃を両手で包み込むように持ち上げた。その盲目の瞳は、何も見ていないはずなのに、まるで聖櫃の奥底を見据えているかのように真っ直ぐだった。彼女の口から、抑揚のない、しかし魂を揺さぶるような詠唱が紡ぎ出される。

「風よ、我が魂の盟友よ。

無限に広がる大気よ、我が命の源よ。

今、我は汝に、我が存在の全てを捧げん」

木霊喰らいは、その異質な詠唱に反応したかのように、動きを止めた。周囲の魔力の吸収が一時的に止まり、その巨大な体がわずかに震える。サリューの周囲に、緑がかった透明な風が螺旋を描きながら集まり始めた。

「穢れし闇より生まれし者よ、世界を蝕む悪意の根源よ。汝の暴虐、今ここに終焉を迎えん」

風の渦は次第に勢いを増し、翠玉のような強い輝きを帯びる。その中心に立つサリューの髪や衣が激しく波打ち、まるで彼女自身が風と一体化したかのようだった。木霊喰らいは再び魔力を貪ろうとするが、サリューから放たれる清浄な風の圧力に阻まれ、苦悶の唸り声を上げた。

「吹き荒れる翠玉の嵐よ、研ぎ澄まされし霊気の刃よ。我が身を喰らい、魂を糧とし、永劫の檻と化せ」

サリューの肉体から、無数の光の粒子が立ち上り始める。それはまるで、彼女の存在そのものが分解されていくかのようだった。同時に、木霊喰らいの巨体には、風の刃が目に見えないほど高速で打ち付けられ、その存在が希薄になり始める。しかし、木霊喰らいもまた、最後の抵抗とばかりに、全身から黒い魔力を噴き出し、サリューへと襲いかかろうとした。


「命を風に変え、魂を鎖となし、汝を封じん、聖なる箱の内に。二度と出でる能わず、二度と害を為す能わず。永訣の誓い、ここに成し遂げん!」

最後の言葉が戦場に響き渡ると、サリューの肉体は完全に光の粒子となって風に溶けていった。その光の粒子は、木霊喰らいを包み込み、翠玉色の嵐となって浄風の聖櫃へと猛烈な勢いで吸い込まれていく。聖櫃の四隅に埋め込まれた翡翠の宝玉が、眩いばかりに強く発光した。木霊喰らいの苦悶の声は、風と共に聖櫃の中へと消え失せ、その巨大な姿は見る見るうちに縮小し、最終的に完全に消滅した。

全ての風が箱の中へと吸い込まれた瞬間、聖櫃は一度強く輝き、その後、全ての光が消え去り、静寂が戦場を支配した。そこにいたのは、ただ静かに地面に横たわる聖櫃だけであり、サリュー執行官の姿はどこにもなかった。木霊喰らいの存在も完全に消え去り、その痕跡すら感じられなくなっていた。

「サリュー執行官…」

新は呆然と立ち尽くし、ただその名を呟くことしかできなかった。風が吹き抜け、聖櫃の白木の表面に刻まれた渦巻き模様が、まるで彼女の魂の残滓のように静かに輝いていた。
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