百万の契約

青いピアノ

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第3章 契約と運命

第196話 椿の契約管理能力

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数日前、機構の無機質な会議室。複数の指揮官とエレナ総監補佐の前に、契約執行官の百合が立っていた。彼女のアーモンド型の大きな瞳が不安そうに揺れ、手には杖が握られている。会議室の硬い空気とは対照的に、彼女の声には戸惑いが滲んでいた。

「え…?それで…私がステファニーを?」

「ええ…。酷なこととは承知の上でお願いしているわ。執行官として、ステファニーを罰してほしいの」

「そんな…。ていうか、ステファニーの契約はどういったものなんですか!?違反や破棄をしたら罰せられるって…」

「端的に言うわ。彼女は母型の家系、ハイアット家との間で"契約文化を守る"という契約をしているわ。彼女の一家に悪影響を及ぼした場合、契約管理機構《コードレジスト》にも悪影響を及ぼす。そのため、契約を守らなかった場合、彼女は最低二十年投獄されるか及ぼした悪影響を修復するという罰則を請け負っている。そして、この契約は機構の管理下にある…。つまり罰する者は仲介者としての機構側の人間でなくてはならない…」

「そんな罰を知っていてステファニーは…なんで」

「恋は人を盲目にする…。うっかり忘れていたのかもしれないし、後先考えていなかっただけなのかもしれないわ」

「……!でも、ごめんなさい、私は…」

すると指揮官の男が冷たく口を開いた。

「百合執行官。機構の命令は絶対。従わない場合、あなたにも罰が下りますが?」

「…わ、わかりました」

その日の夕暮れ、百合は機構の外にある静かな公園で椿と話していた。木々の葉が風に揺れ、遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。ベンチに座る百合の杖が地面に軽く触れ、彼女の瞳は夕陽に映えて複雑な感情を湛えていた。椿は隣で心配そうに彼女を見つめ、そよ風が二人の髪を軽く揺らしていた。

「えー!?じゃあ、百合はステファニーの元へ!?」

「うん、機構との契約印によって、ステファニーの位置は大まかにわかるの。だからこれからそこに向かうよ」

「…百合、僕も行くよ」と 椿が真剣な目で言う。

「え!?でも任務は?」

「前の任務は終わったから、まだ次の任務まで数日余裕がある。僕も行く」

椿はベンチから立ち上がり、百合の手を握って励ますように微笑んだ。公園の柔らかな光が二人の間に温かい雰囲気を添えていたが、百合の心には任務の重圧が影を落としていた。

「…ステファニーのいる島は戦争によって先住民たちが虐殺された島。今この島に人は住んでいない、名前も失った島。常夏の気候のこの島は、本来であれば美しい海と太陽の光が眩しい陽気な空気に包まれるみたいなんだけど、今は雨季みたい。使い魔の鼻でも追えるかどうか…。多分、かなり時間がかかるよ?」

「ストームを連れて行く。ワイバーンに乗って上空から探せばすぐに見つかるかもしれない。見つからなければ、僕達は地上から、ストームには空から探させよう」

「…でも私、こんな任務できないよ」

「やってるふりをすればいい。執行官の役目を果たすために。僕は、管理官としてステファニーの契約を管理する。調停官もいればいいんだけど…僕はバロー港のリアムさん以外知らないし…この際仕方がない」

「リアムさんは持ち場のバロー港から離れられないもんね…。私の知っている調停官も忙しすぎて連絡取れないし…。そうだね、まずは私達でやってみようか」

こうして、椿と百合はステファニーのいるとされる島へと向かった。椿は機構との契約外で管理官としての仕事を務めるため、万が一の責任問題に発展した際、綾香を巻き込まないようにと連れて行かないことにした。

そして現在。

「ステファニー! よく聞いて! 百合は監視を懸念して戦うふりをするけど、本気じゃないから気にしないで! そして…これから僕と契約をしよう! 僕に契約管理の依頼をしてほしいんだ! 機構はクリスティーナ総監補佐やその他の味方で、管理官や調停官を挟んだ執行手続きは排除する気だ。でも、個人が管理官や調停官に契約管理依頼をすることは制度上問題ない。これで僕はステファニーを守る正当な理由ができる」

「た、たしかに…! でも管理官のあなたでは調停の仕事はできないわ!」

「調停する必要はない! 管理すればいいんだ! ステファニーのお母さんとの契約内容では、機構やハイアット家に悪影響を及ぼした場合、及ぼした影響を修復すれば咎められないんでしょ? なら、修復すればいい!」

「…何を馬鹿なことを!? 金の板何十枚という世界ではないのよ!? だって信頼の問題でもある! これからどう信頼を回復しろというの!?」

「大丈夫!僕に考えがある!」

こうして、二人はエレナへの直談判に向かった。

エレナの執務室は、機構の無機質な雰囲気とは異なり、木目調の家具と柔らかな照明が落ち着いた空気を漂わせていた。しかし、その空気は今、緊張感に満ちていた。エレナはデスクに肘をつき、鋭い視線で椿を見つめている。

「…たしかに、ハイアット家の信頼を回復させることができれば問題はない。しかし、本当に、信頼が回復するあてがあるのか?」

ステファニーの契約違反を修復する道は、簡単ではない。それでも、彼は深く息を吸い、決意を込めて口を開いた。

「はい、あります。まず、ハイアット家の資金難により中断された兵器開発計画。機構が開発者との契約を凍結したことで、関係者たちの間に不信が生じ、それがハイアット家の名誉をさらに傷つけ、ハイアット家と機構の関係も悪化しました。まずはこの計画を再始動させることが鍵だと考えます」

エレナは眉を軽く上げ、興味深そうに身を乗り出した。

「兵器開発計画の再始動、か。だが、資金も技術者も不足している現状で、どうやって?」

「確認したところ、開発計画は機構と開発者間で合意された仕様を一部変更すれば、プロジェクトを再開できる可能性があります。兵器の最終形態は当初の計画とは異なるかもしれませんが、関係者が納得する形で進められれば、信頼の回復に繋がるはずです。これに関して知見のある技師を知っていますので紹介も可能です」

「ふむ…。だが、資金はどうする? ハイアット家は今回の騒動でかなりの損失を被っている。ハイアット家の資産を頼りにしていた計画だが…?」

「そこに関しても、ツテを当たってみようと思います」

エレナはしばらく黙って椿を見つめ、やがて小さく頷いた。

「…いいだろう。だが、時間がない。ステファニーの処罰を求める声は日に日に強くなっている。失敗すれば、君も責任を問われることになるかもしれないぞ。それでも進む覚悟はあるか?」

椿は迷わず頷いた。

「はい。ステファニーを守るためなら、どんな責任も負います」

椿はその後、ストームと共にエリシアの元を訪ね、事情を説明した。協議の結果、エリシアとその家族の聖属性魔法による制約を取り払うことを目指し、椿の調和と交歓の力を用いて、同一家に惜しみなく協力する代わりに一家の持つ技術力と資金を機構に一部貸し出すことが決まった。

「元より何でも椿さんの条件を呑むという話しでしたからね。これくらい、お安い御用です。ガブリ、お前もいいな?」

「もちろんですぜ、エリシア様。俺と部下たちでは実現できない兵器も山ほどあります。これを機に、機構の知恵と技術を借りることができるようになれば、今後の我等の発展にも繋がります」

椿とヴァルティエ家との間で契約が正式に決まると早速、ヴァルティエ家の代表エンジニアであるゴブリンのガブリが椿と共に機構本部へと向かった。契約管理機構《コードレジスト》及びその契約相手である兵器開発者との協議が開かれた。

機構とで兵器開発者との間で計画されていた兵器開発は、複数の人を乗せて空を飛ぶことのできる大型兵器。ガブリの蝶形の機械、つまり無人飛行機をベースに最大目標である人を乗せて空を飛ぶことのできる兵器の開発はできそうであるという結論に至った。

これにより、機構と兵器開発者との間で結ばれていた契約は継続されることとなった。また、資金もヴァルティエ家が貸し出すことで合意された。

同時に、突如解雇された兵器開発関係の者たちも再雇用される見込みとなった。

さらに、ヴァルティエ家が資金をステファニーへ貸し出し、ステファニーがハイアット家に対して信頼を損ねたことへの賠償をしたことで和解も成立した。

一連の成果は椿の貢献によるものだが、ステファニーが椿に依頼したという体裁がある。つまり、ステファニーが椿に依頼しなければこの一連の成果は成し得なかったと判断された。ステファニーはハイアット家を離脱するものの、ハイアット家及び契約文化に敵対する意志はないという姿勢を見せることができた。

この結果、クリスティーナ及びハイアット家に信頼を寄せていたあらゆる権力者や投資家たちが寛大な心のもと、ステファニーのハイアット家への裏切り行為への処罰を一時棚上げとすることになった。もちろん、それでも尚、納得のいかない者たちも残っており、ステファニーの身の安全が確保されたとは言い切れないが。
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