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第3章 契約と運命
第200話 崩れ始める契約世界
しおりを挟む「王子様には、大きな借りができちゃったね…」
ステファニーは頬を赤くしながら上目遣いで椿の目を見つめながら、控えめな声で呟いた。同時に、彼女のしなやかな手が椿の左手に伸び、優しく包み込んだ。
緑のベンチに座る椿とステファニーを優しい陽の光が照らす。
椿はドキドキと心臓の鼓動が速くなり、緊張から体が硬直する。
「か、借りなんかじゃないよ…。と、友達でしょ?仲間でしょ?そうでなくても、困っているなら助けたい。僕が勝手にそう思ってやっただけだよ…」
そこへ、綾香と百合が背後から声をかけてきた。
「ひと段落してよかったね、三人とも!」
「本当、私も何だか精神的に疲れたよ…」
ギクリと跳び上がる椿は緊張した様子で綾香と百合の方向へと振り返った。
「二人とも…!驚かさないでよ」
「え?驚かした?ごめん」
きょとんとする綾香に椿は少し恥ずかしくなり、慌てて目を逸らすと、綾香は「変なの」と呟く。
「椿、今日の仕事は終わったの?」
仕事とは、椿と椿の周りを取り囲む女性たちへの配慮から使われるようになった言葉である。これはすなわち、希望の魔力の儀式実験を指す。椿はここ最近、比較的楽な通常任務をこなしており、週に複数回、ガンナの募った数人の女性、エリシア、サナエと儀式を行っているのである。
「朝の分は終わったよ。エリシアさんとサナエさんとこの後に会わないといけないんだけど…」
「大変だねー…」とさりげなく聞いた百合は後悔しながら言った。
『あーあ、なんだかあれから椿との関係に全然進展がないよ…』
『椿くん、今日も帰ってこないのかな…』
『王子様…。私のせいとはいえ…やっぱり彼を他の女にとられるのは少し辛いな…』
その頃、ヴァルティエ家。
「お母さん、あの管理官の男との魔力融合はどの程度進んでいるの?」
三女のアメリアがガブリと兵器の設計について会議を開いている際に、ふと尋ねた。エリシアはうっとりとした表情で、昨夜の儀式を思い出しながら言う。
「…今のところほとんど毎日儀式を行っているけど、聖属性の性質が薄れる速度は鈍化しているわ。正直、サナエさんの言う、魔力融合後に魔力を安定化するだけでは何かが足りない気がしているの」
「…そう。数値は共有してもらってる?」
「ええ…。…そういえば、アメリアも気になっていたわね」
「うん。特殊な性質を持たない魔力の持ち主でも、一定程度で本来の魔力性質を保つことはわかっているんでしょう?何度やっても聖属性の性質はお母さんから消えないんじゃないかな?」
「…それは、もちろん、可能性として十分にあるわ。特に、彼の魔力にも聖属性の性質はわずかに現れて定着している。彼の中にも聖属性がある限り、完全には取り除くことはできない」
「だとすると、私はまだ儀式に参加しない方がいいのかな。場合によっては、一度頻度を下げて、彼が他の女性と魔力の融合を進めてからの方がいいのかも…」
「他の魔力性質で中和するイメージね…」
「俺もその方が良いと思うぞ。サナエが提案した時はデータ不足だったが、この数週間で魔力の定着には数回の儀式で済むことが分かったんだ」
「そうね…。名残惜しいけど…その通りかもしれないわ」
その頃、西の要塞島、契約管理機構《コードレジスト》本部防衛拠点の一つ。静寂を切り裂く警報が、島の空気を震わせていた。夕暮れの空に不穏な影が広がり、遠く霧ノ都の方向から異様な魔力の波が押し寄せる。
「なんだ!? この魔力の数!」
防衛塔の監視員が叫び、双眼鏡を握る手が震えた。地平線の彼方、黒い雲のように蠢く無数の怪鳥が視界に飛び込む。その背には、禍々しい輝きを放つ魔力砲台を搭載した巨大な怪鳥が混じる。鳥の群れに乗る無数の敵の影もまた、空を埋め尽くす。
「防衛局本部へ緊急連絡! 霧ノ都より膨大な魔力反応! 使い魔に乗った軍勢が空中から西の要塞島へ接近中!」
通信士の声は焦燥に裏打ちされ、指先が震える。
「おい、あれを見ろ! もう肉眼で敵の軍勢が見えるぞ!」
別の監視員が叫び、指差す先では怪鳥の群れが急速に拡大。鋭い鳴き声が風に乗り、島全体に不気味な響きを撒き散らす。
「結界を強化しろ! 防壁を即座に展開! 魔力砲台を準備! 都の狙いは不明、総力戦に備えろ!」
指揮官の号令が響き、防衛拠点は一瞬にして戦闘態勢へ移行。防衛用の結界が青白い光を放ちながら立ち上がるが、敵の速度は想像を遥かに超えていた。
ドォン!
突如、轟音が島を揺らし、防蟻壁の一角が赤熱する。魔力砲台を背負った怪鳥が放った一撃が、結界を貫き石壁を粉砕。破片が火花を散らし、守備兵の間に動揺が走る。
「防壁が! 一撃で破られた!?」
「そんなバカな! あの砲台の威力は…!」
次々と飛来する魔力砲の閃光が、要塞島の防衛線を焼き尽くす。怪鳥の群れは容赦なく急降下し、敵兵が飛び降りてくる。剣戟の音、絶叫、爆発音が交錯し、島は瞬く間に戦場と化した。
「本部! 敵の進軍速度が速すぎる! 防壁はすでに半壊、守備隊は壊滅寸前!」
通信士が叫ぶが、応答はノイズに掻き消される。怪鳥の咆哮が空を支配し、要塞島の西側は火の海と化していた。
「敵の数は?狙いは分かるか?おい…!?西の要塞島!聞こえるか!?応答せよ!!」
わずか一時間足らず。
西の要塞島は、圧倒的な敵の猛攻に耐えきれず、主要防衛線を突破された。炎と煙が立ち上る中、生き残った兵士たちの顔には絶望が滲む。
西の要塞島が戦闘を始めた頃、本部の拡声器から、冷徹な声が島中に響き渡った。
「全島民に告ぐ。直ちに避難せよ。直ちに避難せよ。西の要塞島に敵軍が襲撃。既に半壊状態。本島から二十キロ先にも無数の敵軍を確認。本島も迎撃態勢に入る。我々はただちに緊急事態を宣言する。繰り返す――緊急事態を宣言する!」
平穏な契約管理機構《コードレジスト》の島々に、突如として現れた空を覆う怪鳥の影が、契約世界の未来を飲み込むかのように広がっていた。
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