251 / 295
第4章 契約世界への挑戦
第245話 油断はしない
しおりを挟む岩肌の地面を三時間かけてゆっくりと下ると、気温はすでに百度を優に超え、魔力濃度は二百六十に達していた。熱気に加え、肌を突き刺すような魔力の圧がじわじわと体力を奪っていく。
ひどく乾燥したこの地帯は、凶暴な魔獣の巣窟として知られている。
「あと半日も歩けば魔力濃度三百に達する。この程度でくたばるなよ」
先頭を歩くリゼが、涼しげな顔で後ろを振り返った。
少し離れてついてくるのは、肩で息をするゴルフと、汗をぬぐいながら歩く茜。とくに毛皮に覆われたゴルフは、熱気で全身がぐったりとしていた。
「綾香、あんたは流石に余裕そうだな」
「うん…。これくらい、なんともないよ」
綾香は自分のリュックに加え、ゴルフと茜の荷物まで背負っていたが、その表情には疲れの色ひとつない。
そのとき、地面が突然震え出す。
ドカッ!という轟音とともに、大地を突き破って現れたのは岩喰いワーム。全長十メートル、無数の細かい歯を持ち、黒く硬い肌で岩地をも貫く魔獣だ。
「お、出てきたな!ここらから魔獣が襲ってくる!気をつけろ、お前らー!」
「うぅ、リゼさん…。そうは言っても、日陰もないこんな場所じゃ、熱中症になるってば…」
茜が木の杖に体を預け、ふらつくゴルフの肩を支えながら進む。
「茜…それより……あのワームをなんとかしないと」
「綾香、あんたこのワーム倒せる?」
リゼが眉を上げて訊く。
「もちろん!」
綾香は手印を結び、口をぷっくりと膨らませた。そして炎をまとった矢のような魔力を吹き出す。
「火遁・火射一閃《かしゃいっせん》!」
ドンッ――
炎の矢が岩喰いワームの黒い皮膚を貫き、その巨体は地面に沈んだ。
ズズン――
「へー、やるじゃん」
「す、すごいな。あの子は…」
「ちょっと、あの子のこと好きになったりしないでしょうね!?」
茜が睨むように言うと、ゴルフは耳をぴんと立てて慌てる。
「んな!?な、なるわけないだろ!?お、俺は…茜一筋というか!」
「ふーん、怪しい。あの子の胸ばっかり見てるくせに…」
やがて四人は魔力濃度三百、気温百二十度の灼熱エリアへと踏み込んだ。照り返す地面の輝きに、視界すら揺れる。
「どこまで行っても明るいんだね…。これも精霊様のおかげなの?」
「そういうこと!すごいんだから、天炎の精霊様は!」
リゼが誇らしげに胸を張る。
「この辺は……人骨らしきものがちらほらと落ちているな。まさか、もう死者が……?」
「ん?ああ…。この辺は大口蜥蜴の巣窟でね。十五メートルの巨体に、十メートルの口を持つ化け物が出るからね」
「そ、そんなやつが……!」
直後、前方から地響きとともに、大蜥蜴が走ってくる。その後ろには、誰かが追われていた。
「ね、ねえ!あれがそう!?」と茜が叫ぶ。
「ああ、あれだな。誰か追われてるな……」
リゼが目を細めて見据える。
「たたたたすけてくれー!」
茶色いベストに青いジーンズ、金髪のよく似合う細身の男が、必死に逃げながら叫んでいた。顎には短い髭、筋肉質だが小柄で、見た目はどう見ても商人。綾香が前に飛び出し、炎を掌に纏う。
「紅蓮掌《ぐれんしょう》!」
ドン!
衝撃波とともに炎が蜥蜴の頭部に叩き込まれ、巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。
ズシーン――
「はあ、はあ……!た、助かった!嬢ちゃん、華奢なのにやるなー!」
男が綾香を見るや否や、目を大きく開き、口元がにやける。
「お、俺はマガン!螺旋状の深窟の隣町、カボイ町の商人だ!礼をさせてくれ!」
後から来たリゼが眉をしかめて問う。
「商人?この先に物資を運んでる連中か。仲間はどうした?」
「や、やられたよ…あの蜥蜴にな。仲間五人、ギルドで雇った護衛四人、全滅だ」
「災難だったな。どうする?戻るか、それとも――」
マガンはチラリと綾香を見ると、にやっと笑って言った。
「俺はあんたらについて行くよ。いいだろ?」
ゴルフが無言でマガンを睨んでいた。その後の道中、マガンは綾香の隣を当然のように歩く。
「なあ、あんたどこから来たの?強いね!かっこいい女、俺好きだなー」
「あはは、契約管理機構《コードレジスト》だよ」
「マジ!?あの機構!?尊敬するよー!」
リゼと茜は後ろからそのやりとりを見て、顔を寄せ合う。
「あれは完全に綾香にベタ惚れだね…」
「綾香は気づいてなさそう…。モテるね~」
茜はそう言うと、ゴルフをにらみつけた。
「お、俺は別に……!茜一筋だって言ったろ!?俺はただ、綾香さんが心配なだけだ。彼女は優しそうな雰囲気を出しているから、あの男のカモにされるんじゃないかと…」
「カモ?」
「女にはわからないか…?ああいう男は本気で彼女を好きになってはいないよ。ただ、狙いやすいと思っているだけさ」
日が傾く頃、一行は洞穴を見つけ、五つに分かれた空間に各自寝床を確保した。
綾香は一番奥の小部屋に入り、荷物を下ろして長い髪をほどく。ひょうたん型の水筒を手に取り、ごくごくと喉を鳴らす。
そのとき――
「や、やあ綾香さん」
入口に現れたのはマガンだった。手には焼きたての肉。
「実は…さっきのお礼に、これ持ってきたんだ。一緒に食べない?」
「わあ、ありがとう!どうしたの?こんなにたくさん…」
「商人だからね!異空間保存で。今、外で焼いてきたんだよ!」
「じゃあ、いただこうかな!」
綾香が笑顔で返すと、マガンは綾香のすぐ隣に腰を下ろす。
肩と肩が触れ合う距離――マガンは肉を勧めながら、綾香の笑顔と胸元に視線を泳がせた。
「俺、よく食べる女、好きなんだよな……」
ごくりと唾を飲むその音に、綾香は気づかない。
「……あいつ、綾香には肉分けて、俺らにはなしってどういうことだよ」
ゴルフがブツブツ文句を言い、茜が呆れ顔。
「ほんと、これだから男は……」
「それより、綾香のやつ大丈夫かな?」
リゼが表情を引き締めて言う。
「巡礼者は不純な行為は禁止されてるし、綾香は彼氏とうまくいってないらしい。ゴルフがさっき言っていたように、心の隙を突かれて万が一のことがあれば…」
「えっ、あの子、彼氏いたの!?」
ちょうどその頃、酔ったマガンが綾香に顔を近づけていた。
「いーじゃん、あやかちゅわーん♪」
「やめてください!」
綾香の怒気が高まり、次の瞬間――
「私には大切な人がいるんです!彼以外とは決して何もしないと、私は誓ったんです!」
ドガ!
綾香の蹴りがマガンの腹に突き刺さり、彼は泡を吹いて倒れた。
「綾香!今なんか音が……大丈夫!?」
リゼが駆け寄ると、綾香は目を潤ませながら、でもきっぱりと答えた。
「うん、リゼさん。もう、あんな男放っておいて、先行こう!」
0
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる