百万の契約

青いピアノ

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第4章 契約世界への挑戦

第249話 勇気ある進撃

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「来ましたね。だいぶ早かったですが、休めましたか?」


フレアが優しい声で尋ねた。彼女は三本の柱の間に立ち、背後の炎が彼女のシルエットを際立たせていた。


「はい! お陰様で! でも…この服、慣れないですね」


綾香は恥ずかしそうに笑った。フレアはくすっと笑い、柔らかく答えた。

「ふふふ。下半身が見えてますね。でも、気にしないでください。ここにいるゴブリンたちはほとんど気にしませんよ」

「そういえば、ここのゴブリンたちは一体…?町まである…」


綾香の問いに、フレアは穏やかに説明を始めた。


「ここは、天炎の精霊様、すなわち天炎様に仕えるゴブリンの住処です。私たちは全員、天炎様が必要とするものを用意するために働いています。ゴブリンとは、世間では汚れたもの、素行の悪い種族とされています。外の世界でもそうでしょう? しかし、すべてのゴブリンが悪いことばかり好きなわけではありません。私たちのように、罪を償いたいと願うゴブリンも多いのです。そういったゴブリンたちが、天炎様によってこの聖域に連れてこられるのです。私たちは”汚れ”を隠すため、布で身を包むことを許されています。いえ、そうしなければならないのです。でも、あなたはまだ純粋な心を持っている。だから、あなたは別なのです」


「なるほど…」


「それと、ここには何でも揃っています。食べ物は肉や魚、ケーキまで。飲み物は水やジュース、酒まであります。娯楽は、ゲームやスポーツ、カラオケにカジノまで。でも、こういったものに迂闊に手を出してはいけません。万が一、欲に溺れれば、あなたはここから永久に追い出されます。町の外れにたむろするゴブリンたちのように」


「は、はい」

綾香は真剣に頷いた。フレアは微笑み、言葉を続けた。

「天炎様は、あなたを長らくお待ちでした。その期待に沿うことを願います」

フレアは綾香を、魔法陣のある広間へと案内した。広間は静寂に包まれ、壁の炎が放つ光が魔法陣を照らし、複雑な模様が浮かび上がっていた。空気は重く、魔力の濃度が肌にまとわりつくようだった。

「ここは?」綾香は神秘的な空間に息を呑んだ。
「ここには、天炎様のお体の一部が祀られています」

フレアが天井を指すと、そこには小さな、しかし力強いオレンジ色の炎が燃えていた。炎はまるで生きているように揺らめき、部屋全体に温かな光を投げかけていた。

「ここにある三十の炎は、かつてこの地を訪れた者たちが灯したものです。これらの炎が、天炎様のお体の一部である炎を守っています。私と数人のゴブリンは、これらの炎が消えないよう見守っています。あなたにもこの役目を担っていただきます」

フレアはにこやかにそう言うと、綾香を信頼の目で見つめた。

「具体的にはどうすれば?」


「まずは、あなたの炎を灯しましょう。今度は、あなたが天炎様の炎を守る番です。まずは、三十一番目の炎をともしてください」

そう言ってフレアは器を渡した。

綾香は火遁を放つが、不思議と炎は器にとどまらず、消えていく。

この器は、聖なる器だという。天炎様の炎を守るにふさわしい炎となったとき、はじめてその器に炎が消えることなくとどまると聞かされた。

「あ、あれ…?」

「聖なる炎は、自己を捨て、天炎様と一体になることで生まれるのです。あなたの炎はまだ、あなた自身に縛られていますね」

どれだけの時間が経ったのかわからない。この地じゃ、太陽も月も見えない。天炎様の炎の明かりが四六時中昼間みたいに洞窟を照らす。神殿の洞窟は魔力濃度が七百、気温は千度を超える。炎と熱への耐性がある私でも、焼け焦げるような暑さと魔力の圧に押されて、息をするのも苦しい。汗が滝みたいに流れ、薄い半透明の修行着は熱で縮んでもう存在しないも同然。裸同然で座禅を組み、なんとか火になりきるイメージを作ろうとする。

でも、消えない炎の出し方がわからない。この難題にぶち当たって、気分転換に町を散策してたら、町の外れで騒音が聞こえた。駆けつけてみると、欲に溺れたゴブリンが炎で焼かれてた。

「どうしたの?」とゴブリンに尋ねると、そいつは答えた。

「やつは甘いお菓子に溺れた。この地で更生しようとしたのに、ケーキを百個も食べて、自分の役割を果たさなかった。馬鹿なやつだ」

別のゴブリンが口を開いた。

「そいつの心は誰にも届かず、苦しみをケーキの甘さで紛らわせてた。でも、その甘さは一時の慰めにすぎず、本当の苦しみは消えなかったんだ」

私はゴブリンたちと朝食と夕食を共にした。市場には豪華な食材が並ぶけど、修行者に与えられるのは豆煮や茹でた芋みたいな質素な食事。山育ちの私にはそんなの全然苦じゃない。毎朝五時に起きて、瞑想したり、炎を操る練習を夜八時まで続けた。耐火性があるとはいえ、この灼熱には慣れなくて、わざと火遁を放って周囲の気温を上げ、耐性を鍛えた。

夜、ベッドに横たわって、洞窟の天井を見つめる。オレンジ色の光が石壁を照らし、肌を刺す熱と胸を押し潰す魔力の圧を感じる。この地は本当に息をするのも苦しい

――でも、もっと苦しいのは、心にのしかかるもう一つの重さ。

椿のこと。

彼は初めて「大切だ」と言ってくれた人。だけど、いつもどこか冷めた瞳の光が、私の心を締め付ける。すると、フレアさんの言葉が脳裏に響いた。

「聖なる器は、天炎様の意志を体現する純粋で調和した炎を求める」

目を閉じ、自分の炎を内から見つめる。そこにはまだ欲があった。椿に好かれたい、認められたいって、誰にも言えない欲。この小さな火が、私の炎を曇らせてるのかもしれない。

椿を守りたい、好かれたい。それは尊い願いのはずなのに、どこか独りよがりで、天炎様の奉仕とはずれてる気がした。

洞窟の奥、いつもの瞑想の場で、その問いに立ち向かう。魔力の圧に身を沈め、熱を拒まず受け入れる。洞窟の熱を自分の炎と調和させるように、ゆっくり息を吐く。

「椿…」

心の中で彼の名を呼ぶ。彼の笑顔、彼の言葉、そして彼が本気で愛してないかもしれない不安。それらが心の中で燃え上がって、乱れる。

気づいた。これまでの炎は、私のため、認められたいがために燃えてたんだ。

その瞬間、ざわついてた心の炎が静かに消えた。

目を閉じ、深く息を吸う。椿への想いを否定しない。それは大切で、苦しかった。でも、その想いを手放し、天炎様の意志に捧げよう。

「私が強くなりたいのは、椿のためだけじゃない。困ってる人のため。そして、私の炎は天炎様のために燃えるべきだ」

――燃えたゴブリンの話を聞いた。真っ黒に焦げたそいつは、ケーキを抱えて、涙を浮かべて笑ったって。「どうしても欲しかったんだ。でも、本当に欲しかったのは、誰かに『よくやった』って言ってもらうことだったんだよ」

私は黙ってその話を聞いてた。器の前で目を閉じると、ゴブリンの声が心の奥でこだました。両手を掲げ、炎を灯す。それは紅蓮でも神火でも黒炎でもない、懐かしい焚き火みたいな、優しく静かな炎だった。

その炎を器に差し出す。炎はふわりと揺れ、器の縁に触れると、音もなく静かに沈んだ。まるで、最初からそこにいるべきだったかのように。

――宿った。

天炎様の紋が器の表面に浮かび、神殿全体が脈動する。熱も魔力の圧も、今だけは優しく揺れてる。まるで私を祝福するみたいに。

微笑んで目を開けた。すると、フレアさんが次の試練を告げてきた。

「今度は、三十一の炎を消えないように見守ってくださいな。それが私たちの役割です」

この試練も難しい。魔法陣の中心で坐禅を組み、信念を貫く。椿に認められなくても、好かれなくてもいい。困ってる人のため、天炎様のためにこの力を使うって決めた。

強い信念こそ、炎を燃やし続ける鍵だった。

でも、試練の最中、何度も誘惑に惑わされた。ある日、魔法陣の近くの裏道で、ゴブリンの商人が怪しげな笑みを浮かべて近づいてきた。「お嬢さん、特別な品があるよ。こっちだよ」と囁いて、布に包まれた小さな包みを差し出してきた。「これはな、好きな男の本心が読める魔法の手紙だ。開けば。好きな男の心がわかる。欲しいだろ?」

私の手が一瞬震えた。魔力濃度七百、千度を超える灼熱の中で、椿に会いたい、触れたいって想いが胸を締め付ける。彼の冷めた瞳の裏にある本心を知りたい――その衝動が、汗と熱にまみれた体を突き動かす。手紙を開けば、椿の声が聞こえるかもしれない。「綾香、戻ってきて」って彼が呼ぶ姿が脳裏をよぎった。

でも、私は目を閉じ、深呼吸した。あのケーキに溺れたゴブリンの話を思い出す。そいつも、欲に流されて役割を捨てた。この手紙も、私の心を惑わす甘い罠だ。椿の本心を知りたいって欲は、聖なる炎を曇らせる。「天炎様のために」って心の中で唱えて、ゴブリンの手を振り払った。「いらない」って静かに告げ、魔法陣に戻った。

ゴブリンたちが「こっちだよ」って甘い誘惑で惑わそうとしても、私は信念を貫いた。
こうして、修行の二年目が終わりを迎えた。過酷な環境で鍛えられた体は引き締まり、大きかった胸はさらに目立って、半透明の小さな衣は縮んでお尻があらわになったけど、恥ずかしさなんてなかった。

私はただの「強い炎使い」じゃなく、弱さや欲望を包み込み、超えて「聖なる炎」を灯す聖者になれた。

フレアさんが「頃合いですね」って言うと、神殿の奥の隠し階段を指した。
「この上です。ただし、その衣は脱いでください。純粋なるあなたと天炎様は話したいのです」

私はもう躊躇いもなく、裸になった。

そのまま階段を登り、大きな広間にたどり着く。そこには、赤い長髪の裸の女性
――天炎の精霊様の人間の姿が立ってた。
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