百万の契約

青いピアノ

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第5章 契約と誓約の戦

第266話 芋泥棒

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コンテナを無造作に積み上げて形成された町、それが「ならず者の町」だった。周囲に建物や街道はなく、平坦な更地に突如現れるその姿は、まるで別世界のようだった。廃材で組まれたゲートをくぐると、錆びた看板に「ようこそ」と書かれているが、どこか薄ら寒い。

椿と百合は町の異様な外観に足を止めた。コンテナの隙間からのぞく影、不規則に積まれた貨物の迷路。まさに無法者の巣窟のような印象だった。だが、彼らが一歩足を踏み入れると、その印象は覆された。

中では子どもたちが笑顔でボールを追いかけて走り回り、若い夫婦が手を繋ぎながら屋台の軽食を選び、年配の獣人たちが日なたでチェスのようなボードゲームを楽しんでいる。空には洗濯物がはためき、どこからか音楽も聞こえてくる。

「ここが……ならず者の町?」椿が困惑の声を漏らし、目を丸くして辺りを見渡す。

百合も眉を寄せ、「思ってたのと違う」と小さく呟いた。

一方、ペッパー商人は何食わぬ顔で通りを歩いていた。

「お前ら、あまりキョロキョロするな。怪しまれるぞ」

足早に歩くペッパー商人に、椿と百合も駆け足で追いつく。町の住民たちの表情が徐々に変わっていくのがわかる。目を細め、ひそひそと話す者たち。通りすがりに鋭い視線が突き刺さるようだった。
しばらく進むと、巨大なコンテナを囲むようにして形成された広場に辿り着く。土埃の舞う地面に、鉄のコンテナが山のように積まれ、間には台車や縄で結ばれた積み荷があった。その中には、黄金芋や元気百倍ニンニク、ななつ星ワイン、トナナナカイの塊肉、ジャイントピラルクの干物といった、各地の珍しい食材が並べられていた。

ペッパー商人が眉をひそめる。

「おい、執行官と管理官。あそこにある黄金芋のマーク……あれは俺が下請けに渡したものと同じだ。いや、待て!あそこにいる女、あいつが下請けのやつだ!」

彼の指さす先には、短く刈られた銀灰色の髪と斑点模様の皮膚を持つ、ヒョウ族の獣人の女がいた。黒革のジャケットを羽織り、陽に焼けた笑顔で数人の仲間たちと談笑している。

ペッパー商人の存在に気づいた女は、目を細めながらこちらへ歩み寄ってきた。口元には余裕の笑みが浮かんでいる。

「よう! ペッパー! 元気か!? わざわざ荷物を引き取りに来たのか?」
「ふざけるな……! 芋があるならとっとと送りやがれ! 罰金払わされたんだぞ、こっちは!」

彼女が不敵に笑うと、椿と百合にも視線を向けた。その目が鋭く細まり、次の瞬間には口元に不敵な笑みを浮かべた。

「おやおや…。機構嫌いのお前が契約執行官様と管理官様を連れてくるとは何事か…。おい! お前ら!!」

彼女の怒声と同時に、周囲の商人風の男たちが武器を手に椿と百合を取り囲む。空気がピンと張り詰め、通りにいた市民たちは一斉に姿を消した。

椿は静かに杖を構えた。百合は一歩前に出て、きっぱりと言う。

「ペッパーさんはピリピリと一緒に隠れていてください。ここは私たちがなんとかします」

「た、頼むぞ!」と商人は慌てて笛を吹き、巨大な土掘り蜥蜴ピリピリと共に地中へと潜った。

その直後、コンテナの屋根から矢が、頭上からは魔法の光が飛び交った。百合が素早くドーム状の魔障壁を展開し、攻撃を弾き返す。

ヒョウ族の女が爪と牙をむき出しにして椿に襲いかかる。椿は長杖を振って受け止め、落ち着いた声で問いかけた。

「なぜ品はあるのに発注者に届けない?」

女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「万が一のために品は用意しておくが、発注者が契約を守れず契約違反になれば、執行官が発注者を罰する。そうなれば、この品は我々のもの。手間もかからず儲かるって寸法さ」

椿は唇を噛みしめ、怒気を込めて「卑怯な……!」と声を荒げた。

直後、天空から青白い光が走り、ヒョウ族の女がその場に倒れ込んだ。周囲の者たちが騒然とする。

「な、なんだ!? この若造!?」
 「ヒョウコさんが一撃で…!?」

百合も目を見開く。

「椿……今の、“精霊の怒り”? 無詠唱で……!?」

百合の驚くのと無理はない。高位魔法の無詠唱呪文は並大抵の努力では身につかない。それを二年間霧ノ都で囚われている間に身につけてしまったのだ。 しかし、敵はまだ三十人以上いる。 

百合は「連結する雷の鎖」と唱えると、二人を囲む敵を一斉に雷の鎖で繋げた。 

「な、なんだこれ!?」
 「痛えー!バリバリするー!」

 「こいつら二人とも上位級魔法使いだ!雑魚は引っ込んでろ」と大声をあげて歩み寄るのは二メートルの巨体を持つ大男。

魔力を帯びた大きなハンマーを片手に椿を襲う。

 「押しのける乱風」と唱えると乱れた風が勢いよく大男を軽々と吹き飛ばした。  

「連結する雷の鎖」

百合に迫るのは雑種猫の獣人女。巨大な爪を掲げて襲いかかる。

百合は「雷撃の盾」と唱えるも、猫の獣人は高速で横にそれ、百合の腕に噛みつく。「うっ…!」とうめき声をあげながら、百合は電気をまとい、猫の獣人を引き離した。 

「猫猫回転タックル」 猫の獣人は回転しながら高速で飛ぶと、百合の腹に頭突きした。

百合はその勢いに負けて吹き飛ぶと、コンテナに激突した。 

「あう!」
「百合!」 

椿は立ち上がった大男とまだ対峙していた。

「やっちまえ!ガングリオン!」

周囲から大男への声援があげられる中、椿はハンマーを華麗にかわす。

「こいつ!?準戦闘員の管理官じゃないのかよ!?なんでこんなに身軽なんだ!?」

椿はガングリオンの腹に手を当てると、「蒼き光」と詠唱。

光の光線が男を包み込み、再び吹き飛ばした。 椿は瞬時に「光の柱群」を詠唱。百合の雷の鎖で身動きを取れなくなっていた敵を一掃した。残った敵の歓声は、猫の獣人のミケロッティに向かう。

「やっておしまい!ミケロッティ!」 
「猫猫マキシマムパワー」と叫ぶと、ミケロッティが巨大化。

高層ビルを思わせる彼女は、百合を軽々と蹴りで吹き飛ばした。コンテナ群を越えて遠く吹き飛ばされた百合を見て、椿は怒ると「精霊の怒り」を再び無詠唱で発動。ミケロッティに命中すると、彼女の体がもとの大きさに戻り、倒れ込んだ。 その様子を見て手を上げて降参する敵。

辺りが静かになると、ペッパー商人がピリピリに乗ったまま、地中から姿を現した。  

「す、すごいな…。お前、何者だ?」

椿は短く答える。

「百合を探しに行くので、ここで待っていてください」

椿はストームを呼び、空へと舞い上がる。遠くの丘を越えた先、百合が歩いて戻ってくるのが見えた。衣服は汚れ、口元には血がにじんでいたが、彼女はまっすぐ立っていた。

「百合、大丈夫そうかな?」

「うん……。ごめん、椿。私、油断した」

「いや、大丈夫ならよかった。……強かったね、あの人たち」

「うん……盗賊のような商人たちだったね」

ストームに乗って町へ戻ると、ペッパー商人が黄金芋をコンテナに積み込んでいた。

「よう! 管理官様! おかげで契約が守れそうだ! ありがとよ!」

椿は微笑む。

「今後は可能な限り、下請け業務も機構の契約管理下に入れてください。それなら、こういうときも支援できます」

「そうすることにするよ! あんたにまた頼みたいくらいだな、へへへ」

百合は、その会話を聞きながら、椿の背を見つめた。二年前より遥かに成長した彼の姿に、どこか誇らしげな微笑みを浮かべていた。
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