百万の契約

青いピアノ

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第5章 契約と誓約の戦

第289話 綾香対モン

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「あっ!」

アラナが思わず声を上げる。

隣のセナが慌てて振り向き、「どうしたの?」と問う。

アラナは涙をにじませながら、彼女にぎゅっと抱きついた。

「……よかった。もう大丈夫。きっと、大丈夫……」

その表情には安堵が広がり、震える声が確信へと変わっていく。

一方その頃、戦場の中心では――

「……オオカミ?何なんだお前は……」

モンが困惑を隠さず、大剣を構える。

「オオカミ知らないの?ガオガオ…ひひひ」

その背後で、二人のハイエナの獣人も互いに顔を見合わせ、不安げに身じろぎした。

「とにかく……敵なんだな!」

モンの剣が光り、空気を裂く。

だが綾香はしなやかに身を翻し、刃を紙一重で避けると、逆に鋭い蹴りをモンの顔面に叩き込んだ。

「ぐっ……!」

よろめくモン。

綾香は背後の炎狼たちに軽く視線を向けた。

「――みんなを守ってね」

『もちろんだ』

低い唸り声のような返答が響き、炎狼は一層炎を強めて仲間たちを守る陣を固めた。

「……魔物か?いや、精霊……?」

モンは苛立ちを隠せぬまま、大剣に魔力を流し込む。

刃が引力を帯び、空気が歪む。

引き寄せられる力に、綾香の体が不自然に吸い込まれる。

「捕らえた!」

だが次の瞬間――

「――火射一閃!」

綾香の口から放たれた炎の矢が回転しながら突き進む。

轟音とともに迫るその一撃に、モンは危機を察知し、即座に空間移動で退いた。

炎の矢は背後の石壁を粉砕し、爆炎が辺りを照らした。

モンが転移した先は――支部の方角。

「……やはり、逃げ道を確保するつまりね」

綾香は無表情のまま、足を地に叩きつける。

「――忍法・飛脚」

一瞬で距離を詰め、影のようにモンへ迫る。

「群狼!」

連撃の衝撃波が次々と放たれ、モンは必死に大剣で受け止める。息が詰まる。
しかし次の瞬間、綾香は宙へ軽やかに舞い上がり、背後へ回り込む。
「はっ!」

渾身の蹴りがモンの背を打ち抜き、巨体が地面を削りながら吹き飛んだ。
綾香はふと遠方を見やり、口元を歪める。

「……この方角、さっき仲間を呼んでいた方向」

印を結ぶ。

「――火遁・大炎波!」

地を這うように炎の波が押し寄せ、一本道を飲み込む。
遠方から駆けつけつつあった医療班やモンの仲間たちは、迫り来るその炎の壁に気づいた瞬間、血相を変えた。

「ひ、火だ!退け!退けぇっ!」
「逃げろーッ!」

叫びながら炎波を避け、蜘蛛の子を散らすように退却していった。

こうして、戦場に残されたのは――

燃え立つ炎狼と、忍びの影と、まだ立ち上がろうとするモンだけだった。
モンは立ち上がると、怒りに満ちた瞳を血走らせ、両手で大剣を掲げた。

「雷神の槌ッ!」

天地を裂くような轟音と共に、巨大な雷光が綾香の頭上へ落ちる。しかし綾香は飛脚で地を蹴り、一瞬で間合いを外す。地面に雷が叩きつけられ、爆煙と焦げた匂いが周囲を包んだ。

その煙を裂くように、綾香の短刀が音を立てて迫る。

「ふッ!」

刃はモンの腹部を狙ったが、魔力の膜が衝撃を吸収し、浅い傷しか残らない。

「効かんぞ!」と嘲笑するモン――だが、彼の足元で光が瞬いた。
いつの間にか投げ捨てられていた小さな手裏剣が、突如として人の背丈ほどに巨大化。左脚と脇腹を同時に切り裂いた。

「ぐあっ!?」

さらに散らばっていた小型爆弾が連鎖的に爆ぜ、轟音と爆炎がモンを飲み込む。
炎を割って、綾香は攻撃の手を止めずに前進。

「火遁――火炎!」

炎の奔流が爆煙に重なり、モンをさらに追い詰める。
モンは咆哮し、大剣を雷で覆いながら突進。雷が走る剣閃を、綾香は舞うようにかわし、掌を突き出した。

「――狐狼ッ!」

炸裂する衝撃波。モンの体がのけぞり、血を吐く。

「やめろぉッ!」

二体のハイエナの獣人執行官が援護に入ろうとするが、炎狼が低く唸り声をあげながら飛びかかり、容赦なく妨害する。

好機を逃さず、綾香の掌に紅の焔が集う。

「紅蓮掌ッ!」

ドン!

モンの身体を真紅の炎が貫き、血と火花が散る。

「貴様ァァッ!!」

力を振り絞り、ハイエナの執行官が雷の柱を放つ。それは綾香を直撃し、彼女の体が一瞬よろめく。

「……っ!」

だがすぐに炎狼が吠え、雷を放った執行官を燃え尽きさせた。

「くそガキィィ!」

モンは半ば焼け焦げながらも立ち上がり、全身から雷を放射する。綾香の体は焦げ、呼吸も荒くなる。

「……まだ……倒れない……!」

彼女はふらつきながらも、力を振り絞り、再び掌に紅蓮の炎を集めた。

「――紅蓮掌ッ!!!」

勢いよく叩き込まれた一撃がモンを直撃。
大剣が手から離れ、巨体が炎に包まれて地へと崩れ落ちる。
二体のハイエナは、なおも牙を剥こうとしたが、炎狼が睨みつけると同時に背筋を凍らせた。

「ま、待て……降参だ……!」
「…そう。なら消えて」

恐怖に駆られ、モンの身体を抱え、よろよろと後退する。
綾香の冷たい一瞥に押され、彼らは炎狼を恐れながらその場を去った。
戦場に静寂が訪れる。

「綾香ちゃん!」

駆け寄る足音。息を切らして現れたのはアラナとセナだった。
アラナは安堵に満ちた顔で綾香に抱きつく。

「……よかった。助かった…!」

頬を涙が伝い、震える声が夜気に溶けていった。
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