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第1章 契約と秩序
第12話 毒蛇の足跡
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宿場を後にした椿と綾香は、次の目的地である霜雪町へと足を踏み入れた。途中で出会った人懐っこい三メートルほどの、白く輝く獅子のような魔物、白銀大獅子《シルバー・マウンテン・キャット》のおかげでわずか一日で到着した。
椿はお礼に肉を渡し、白銀大獅子《シルバー・マウンテン・キャット》と別れた。
――かつては年中、純白の雪原が広がり、その美しさで知られていたこの町も、今では荒廃の影が色濃く漂っている。
雪はほんの少し地面に残る程度で、かつての輝きは失われ、汚れた地面が目立つようになっていた。この変化は、ここ数年の近隣地域での大規模な紛争が原因だ。度重なる火災が温暖化を引き起こし、雪が溶け、町全体が淀んだ空気に包まれるようになった。
古びた建物が並び、風に揺れる看板の軋む音が寂しさを増幅させる。人身売買が横行し、通りには疲れ果てた顔の者や、狂気に満ちた目つきの輩がうろつき、椿を遠目からじっと見つめていた。
契約管理官たちは、理解のない者達からは嫌われやすい。だから椿は気にもとめていなかった。
二人は町の中心にある酒場、白猫《ホワイト・キャット》にたどり着いた。外観は煤けた木造で、窓ガラスにはひびが入り、緑色の扉も色褪せている。だが、中に入ると意外にも賑わっていた。酒を飲む者、賭け事に興じる者、何かを囁き合う怪しげな影。椿と綾香が扉を開くと、視線が集まった。
カウンターに立つのは、酒場の店主であり情報屋の女、マキだった。30代半ばほどの気の強そうな女性で、鋭い目つきと引き締まった体つきが印象的だ。短く切り揃えた赤髪に、左耳には小さな銀のピアス。右腕には革の籠手を着け、腰には短剣を下げている。彼女はカウンターを拭きながら、近づいてきた椿と綾香を一瞥した。
「新顔だな。何か用か?」
マキの声は低く、どこか挑戦的だった。
椿は落ち着いた口調で切り出した。
「契約管理官機構、|《コード・レジストリ》所属の椿だ。霜雪町で『屋毒』の足跡を追ってる。情報が欲しい」
椿は舐められないよう、強気な態度で声をかけた。
マキの手が一瞬止まり、椿をじっと見つめた後、小さく鼻を鳴らした。
「屋毒…ねぇ……。まあ、座れよ。酒でも出す」
「あ、いや、酒は……」
「なんだぁ?飲めないのか…。なら、水だな」
彼女は椿と綾香にカウンターの席を勧め、木製の杯に水を注いだ。
綾香は少し警戒しながらも席に着き、椿は静かに話を切り出した。
「屋毒がこの町で活動してたって噂を聞いた」
マキは杯を置くと、腕を組んで目を細めた。
「…褒美は?」
「…銀貨五枚」
「少ないね、十枚だ。契約書は交わさない。今すぐよこしな」
椿は丈夫そうな布袋から銀貨十枚を差し出した。
酒場の一角で酒を飲んでいた男が小さく咳き込み、別の客がちらりとマキを見た。だが、マキは表情を変えず、銀貨を握る手にわずかに力を込めただけだった。
「屋毒、ねぇ……。そいつはこの辺のチンピラのボスみたいなもんだ。この町にゃ、そんな輩がうろついてる」
彼女は肩をすくめ、笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。
綾香が眉を寄せ、口を開きかけたが、椿が手で制した。
「そいつ自身はここにはいないのか?」
「さあねえ、何年も見てないね」
「なら、そのチンピラの居場所は? 何か知ってるはずだ」
マキは一瞬黙り、カウンターに肘をついて身を乗り出した。
「町外れの廃墟に、怪しい連中がたむろしてるって噂だ。行ってみりゃ何か分かるかもな。……ただし、気をつけな。何かがあっても私は知らないよ」
彼女はそう言い、意味深に目を細めた。
椿は頷き、綾香を促して酒場を後にした。扉が閉まる音を聞きながら、マキはカウンターに視線を落とした。右腕の籠手の下で、彼女の肌に刻まれた印が、ほんの一瞬、疼いた。
酒場を出た椿は、足を止めて深く息を吐いた。肩の力が抜けた瞬間、彼の手がわずかに震えていたのを、綾香は見逃さなかった。
椿はすぐに目を鋭くして呟いた、「よし、行こう」と、綾香の視線を受け止めた。
町外れへ向かう道は、かつての職人町の面影をわずかに残していた。崩れた工房の壁には、霞山の魔鉄で作られた刃物が残り、倒れた木材の山は、かつて日常の道具や武器を形作った名残だった。
椿と綾香は言葉少なに進んだ。綾香の目は、道端でうずくまる人々の姿を捉えるたびに曇った。ある男の腕には、奇妙な痣のような契約印らしきものがちらりと見えたが、彼は慌てて袖で隠した。
「あれは……」
綾香が呟くと、椿は首を振った。
「分からない。急ごう」
廃墟に近づくと、空気がさらに重くなった。折れた柱と崩れた壁の間から、金属を叩く音と呻き声が漏れてくる。椿が物陰から様子を窺うと、ぼろをまとった人々が魔鉄を打ち、武器の形に整えている姿が見えた。彼らの腕や首には、赤黒い印が刻まれ、監視する男たちの目は冷たかった。
「奴隷……」
綾香の声が震えた。椿が彼女の肩を押さえた。
「まだ動くな。あの印……何か変だ。様子を見る」
その時、監視役と思われる一人の男が叫んだ。
「作業を止めるな! 契約を破る気か!」
なにやら作業を止めて膝をついた女。印が光ると同時に苦痛に顔を歪めた。椿と綾香は息を呑み、互いに顔を見合わせた。
廃墟の奥から、別の男が現れた。革のコートをまとい、色濃く伸びた黒い髭、腰にはムチ、手には奇妙な刻印器らしき魔具を持っている。
「さっさと数を揃えろ。注文が遅れると、てめえらの命がねえぞ」
彼の声は低く、どこか楽しげだった。
椿の目が鋭くなり、綾香の手が震えた。廃墟の闇は、町の秘密を隠しているようだった。
椿はお礼に肉を渡し、白銀大獅子《シルバー・マウンテン・キャット》と別れた。
――かつては年中、純白の雪原が広がり、その美しさで知られていたこの町も、今では荒廃の影が色濃く漂っている。
雪はほんの少し地面に残る程度で、かつての輝きは失われ、汚れた地面が目立つようになっていた。この変化は、ここ数年の近隣地域での大規模な紛争が原因だ。度重なる火災が温暖化を引き起こし、雪が溶け、町全体が淀んだ空気に包まれるようになった。
古びた建物が並び、風に揺れる看板の軋む音が寂しさを増幅させる。人身売買が横行し、通りには疲れ果てた顔の者や、狂気に満ちた目つきの輩がうろつき、椿を遠目からじっと見つめていた。
契約管理官たちは、理解のない者達からは嫌われやすい。だから椿は気にもとめていなかった。
二人は町の中心にある酒場、白猫《ホワイト・キャット》にたどり着いた。外観は煤けた木造で、窓ガラスにはひびが入り、緑色の扉も色褪せている。だが、中に入ると意外にも賑わっていた。酒を飲む者、賭け事に興じる者、何かを囁き合う怪しげな影。椿と綾香が扉を開くと、視線が集まった。
カウンターに立つのは、酒場の店主であり情報屋の女、マキだった。30代半ばほどの気の強そうな女性で、鋭い目つきと引き締まった体つきが印象的だ。短く切り揃えた赤髪に、左耳には小さな銀のピアス。右腕には革の籠手を着け、腰には短剣を下げている。彼女はカウンターを拭きながら、近づいてきた椿と綾香を一瞥した。
「新顔だな。何か用か?」
マキの声は低く、どこか挑戦的だった。
椿は落ち着いた口調で切り出した。
「契約管理官機構、|《コード・レジストリ》所属の椿だ。霜雪町で『屋毒』の足跡を追ってる。情報が欲しい」
椿は舐められないよう、強気な態度で声をかけた。
マキの手が一瞬止まり、椿をじっと見つめた後、小さく鼻を鳴らした。
「屋毒…ねぇ……。まあ、座れよ。酒でも出す」
「あ、いや、酒は……」
「なんだぁ?飲めないのか…。なら、水だな」
彼女は椿と綾香にカウンターの席を勧め、木製の杯に水を注いだ。
綾香は少し警戒しながらも席に着き、椿は静かに話を切り出した。
「屋毒がこの町で活動してたって噂を聞いた」
マキは杯を置くと、腕を組んで目を細めた。
「…褒美は?」
「…銀貨五枚」
「少ないね、十枚だ。契約書は交わさない。今すぐよこしな」
椿は丈夫そうな布袋から銀貨十枚を差し出した。
酒場の一角で酒を飲んでいた男が小さく咳き込み、別の客がちらりとマキを見た。だが、マキは表情を変えず、銀貨を握る手にわずかに力を込めただけだった。
「屋毒、ねぇ……。そいつはこの辺のチンピラのボスみたいなもんだ。この町にゃ、そんな輩がうろついてる」
彼女は肩をすくめ、笑みを浮かべたが、その目は笑っていなかった。
綾香が眉を寄せ、口を開きかけたが、椿が手で制した。
「そいつ自身はここにはいないのか?」
「さあねえ、何年も見てないね」
「なら、そのチンピラの居場所は? 何か知ってるはずだ」
マキは一瞬黙り、カウンターに肘をついて身を乗り出した。
「町外れの廃墟に、怪しい連中がたむろしてるって噂だ。行ってみりゃ何か分かるかもな。……ただし、気をつけな。何かがあっても私は知らないよ」
彼女はそう言い、意味深に目を細めた。
椿は頷き、綾香を促して酒場を後にした。扉が閉まる音を聞きながら、マキはカウンターに視線を落とした。右腕の籠手の下で、彼女の肌に刻まれた印が、ほんの一瞬、疼いた。
酒場を出た椿は、足を止めて深く息を吐いた。肩の力が抜けた瞬間、彼の手がわずかに震えていたのを、綾香は見逃さなかった。
椿はすぐに目を鋭くして呟いた、「よし、行こう」と、綾香の視線を受け止めた。
町外れへ向かう道は、かつての職人町の面影をわずかに残していた。崩れた工房の壁には、霞山の魔鉄で作られた刃物が残り、倒れた木材の山は、かつて日常の道具や武器を形作った名残だった。
椿と綾香は言葉少なに進んだ。綾香の目は、道端でうずくまる人々の姿を捉えるたびに曇った。ある男の腕には、奇妙な痣のような契約印らしきものがちらりと見えたが、彼は慌てて袖で隠した。
「あれは……」
綾香が呟くと、椿は首を振った。
「分からない。急ごう」
廃墟に近づくと、空気がさらに重くなった。折れた柱と崩れた壁の間から、金属を叩く音と呻き声が漏れてくる。椿が物陰から様子を窺うと、ぼろをまとった人々が魔鉄を打ち、武器の形に整えている姿が見えた。彼らの腕や首には、赤黒い印が刻まれ、監視する男たちの目は冷たかった。
「奴隷……」
綾香の声が震えた。椿が彼女の肩を押さえた。
「まだ動くな。あの印……何か変だ。様子を見る」
その時、監視役と思われる一人の男が叫んだ。
「作業を止めるな! 契約を破る気か!」
なにやら作業を止めて膝をついた女。印が光ると同時に苦痛に顔を歪めた。椿と綾香は息を呑み、互いに顔を見合わせた。
廃墟の奥から、別の男が現れた。革のコートをまとい、色濃く伸びた黒い髭、腰にはムチ、手には奇妙な刻印器らしき魔具を持っている。
「さっさと数を揃えろ。注文が遅れると、てめえらの命がねえぞ」
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