百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第67話 忍び狩り

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どれくらい時が過ぎたのかわからない。夜の闇はまだ深かった。

息が苦しい。魔力欠乏症だ。魔力を使いすぎた私はもうすぐ死ぬかも知れない。

あの男は、上忍は、どうなったんだろう?私は負けた?

「目を覚ましたか」

「!」

「いやはや、危なかった。お前さんが死んでしまうかと思ったよ。ポーションを一口飲めたんだ。僅かとはいえ、ぎりぎり生きながらえるだろう」

目がよく見えない。口がうまく動かない。声が出ない。体が動かない。かろうじて耳だけが聞こえる。

「私のこと、忍び狩りのこと。そして大火観一族のこと。…いや、忍びのことを全部話そう。それが君の望みだろう。少し長くなるが聞いてくれ。


忍び狩りとは、この世の全ての忍者を消し去ることを目的とした集団。組織ではなく、同じ命《めい》にかられた者たちの総称だ。世界中に蔓延り、いくつかのグループも形成されている。私は"霧の狩り部隊"というグループに所属し、朝霧と隣の少数民族の地に隠れ住む忍び、陽霧《ようむ》一族を狙っている。

忍者を妬み嫌い、狩る勢力ははるか前から存在するが、"忍び狩り"と呼ばれるようになったのは、雫の国の君主が大吉霧《おおよしきり》一族の忍びに裏切られ、殺された二十年近く前に遡る。

忍び狩りのピークは今から十五、六年前と七年前の二回。今は忍びの数が減り、かつてほどの勢いはないがいまだ忍び狩りは世界に数百人いると言われる。

忍び狩りの正体は、主に侍と魔法使いだ。忍者の強さに恐れ慄き、妬み、羨ましがった連中だ。

忍者は侍と違って契約を重視する。契約に従い、情報収集、潜入、暗殺、戦闘、あらゆる任務をこなしてきた。数世紀に渡って。侍よりも多くの技を持ち、魔法使いよりも容易に魔力を扱う忍びたちは、あらゆる任務に優れ、世界中から重宝された。ありとあらゆる仕事が忍びに集中した。それが数百年続いた。すると侍や魔法使いは職を失い、生きる術を失った。

それだけではない。侍は忠誠心が高かった。誓約によっていつまでも主に従えるつもりが、いつの間にか忠誠心の低い、あるいは全く無い忍びに、主たちは頼るようになった。それが侍たちの心を、自尊心というプライドを傷つけた。

あらゆる奇跡を生み、古の時代には神とも悪魔とも言われた魔法使いたちは、急激に富と名声を集めた忍びを恨み、妬んだ。魔法使いたちも過去に虐殺された歴史を持つ。今度は忍びの番だと息巻く者は多い。

それが、忍び狩りの正体。

しかし、世界はそう単純ではない。忍びが勢力を伸ばす中、忍びの中でも対立が生まれた。その例の一つが我が一族、蝦夷無一族とお前の一族、大火観一族だ。我が一族は、様々な忍具を作り扱う武器のスペシャリスト。それなりに力はあった。だが、ある時から任務を達成できない月日が長く続いた。その理由は他でもない、絶対的強者、大火観一族の存在だった。ありとあらゆる任務を邪魔された我が一族はお前さん方に怒り、嫌った。そこでいつしか侍や魔法使いと組んで大火観一族を狩るようになった。

これは特に、雫の国の君主が殺され、忍び狩りと呼ばれ始めた頃に活発になった。あの時は、これまで忍びに対して悪い印象を持たなかった者たちまでもが忍びに怒ったのだ。

我々はかねてから侍や魔法使いと協力関係にあったことから、やつらに力と知恵を貸し、敵対する忍び一族を狩ることにした。我々は忍びの戦い方を知っているからこそ、忍び狩りにも利益をもたらし、我々は生きながらえた。

だが、六年ほど前から忍びの数は激減した。それに伴い、かつて怒り狂った者たちも減少した。それでも忍び狩りは続く。忍びの数が減ると今度は我が一族をも標的にする輩が現れた。当然だ、奴らはもう既に忍びとの戦い方を知っている。我らは用済み、やつらの行く先のない忍びへの鬱憤をはらす以外はな。

そこで我が蝦夷無一族は、離散することにした。一人一人、己の道を生きることにした。ある者は忍びの身分から魔法使いを名乗るようになった。ある者は隠居して山に籠った。ある者は一般人を装い農家に、またある者は山賊になった。今もなお忍びであり続ける者もいると聞くが、もはや何人が生き延び、何人が忍びとして生きているのか検討もつかない。

…私はというと、隠居した。隠居していたの方が正しいか。十五年、十六年ほど前に人間の狂気を見た。それから悩み悩んでいた。族長から一族の離散が言い渡された五年前、私はようやく忍びとして生きることを辞めた。…ちょうどその頃、第三子が生まれてな。子どもたちと妻のために生きようと誓った。二度と戦わないと決め、家族と己に誓った。そして、山で農業を営むことにした。

だが、つい半年前か。霧の狩り部隊の者に見つかった。霧の狩り部隊は比較的新しい。まだ忍びとの戦い方も未熟。そこで私に、家族ごと死ぬか力を貸すかと聞いてきた。選択の余地などなかった。これも我が運命として受け入れた。

それが忍び狩りであり、私である。

…大火観一族は、立派な一族だった。私は若い時に何度か戦ったことがある。恐ろしいほど強くて、おっかなかった。だか、家族想いの一族だった。私らと何ら変わらん、人間だった。私は一族の積年の恨みと父の仇のために戦った。だが、お前さんたちの生き様を見て、少しずつ、何かが違うと思い始めた。しかし、それは…遅すぎたのかもしれんなぁ」

微かにこの男の声が震え、涙ぐむ音が聞こえた。

しばらくすると、彼の声は聞こえなくなった。

朝日と共に目が覚めると、彼は私の横で息絶えていた。口元に微かな笑みを浮かべ、胸に家族の写真を抱えて。
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